友達以上恋人未満

「なぁ由良、今日放課後空いてる? 駅前に新しくできたラーメン屋行こーぜ」
昼休み、私の机に当たり前のように腰掛けた楓が、クシャッと人懐っこい笑顔を向けてくる。制服のシャツの袖を無造作にまくりあげた腕が、私のノートのすぐ隣にあった。
「無理。今日は日直の仕事があるから、先帰ってて」
「ちぇー、なんだよ。じゃあ俺、部活終わるまで待ってようか?」
「いいってば。ほら、予鈴鳴るから早く席戻りなさい」
しっしっと手を振ると、楓は「じゃあ明日な!」と笑って自分の席へと戻っていく。その背中を見送りながら、私は小さく息を吐いた。
――これ、付き合ってないんだよね。私ら。
周りのクラスメイトからは「また夫婦漫才やってる」なんてからかわれる。それもそのはず、私と楓は自他ともに認める「一番の親友」だ。高校2年になって同じクラスになってからは、四六時中一緒にいる。
だけど、私と楓の間には、絶対に越えられない透明な壁がある。
それを一番知っているのは、私だ。
だって、中学2年の冬。私は楓に一度、と告白して、そして綺麗にフラれているのだから。
『由良のことは一番大事だけど、付き合うとかは考えられない。……これからも、今まで通りじゃダメかな?』
あのときの楓の困ったような顔と、胸が引きちぎれそうだった痛みは、今でも鮮明に覚えている。
それでも楓を嫌いになれなかった私は、必死に涙を拭いて「今まで通り」を選んだ。気まずさを乗り越え、楓の「一番の女友達」という特等席にしがみついた。二度と「好き」なんて言葉は口にしないと、心に固く鍵をかけて。
この距離なら、ずっと隣にいられる。
そう、思っていたのに。
「……あの、由良ちゃん、ちょっといいかな?」
放課後。クラスメイトが帰り静まり返った教室で、日直の落書きだらけの黒板を消していると、背後から控えめな声がした。
振り返ると、同じクラスの美奈ちゃんが、両手でスカートの裾をぎゅっと握りしめて立っていた。普段は大人しくて、あまり目立たないタイプの女の子だ。
「美奈ちゃん? どうしたの、忘れ物?」
「ううん、違くて……その、由良ちゃんに、どうしてもお話があって……」
美奈ちゃんの顔は、りんごみたいに真っ赤だった。心臓の音がここまで聞こえてきそうなほど、肩が小さく震えている。
その緊張の理由がわからず、私は黒板消しを持ったまま首を傾げた。
美奈ちゃんはゴクリと息を呑むと、意を決したように私を真っ直ぐ見つめ、声を絞り出した。
「私……、楓くんのことが、好きなの!」
「え――」
心臓が、ドクンと嫌な音を立てて跳ねた。
「楓くんと一番仲が良いのは由良ちゃんだから、迷惑かもしれないって思ったんだけど……でも、私じゃ楓くんが何が好きなのか、どうしたら仲良くなれるのか、全然わからなくて……!」
美奈ちゃんは一歩、私に近づくと、私の自由な方の手を両手でぎゅっと包み込んだ。彼女の手は、驚くほど熱くて、震えていた。
「お願い、由良ちゃん! 私の恋、手伝ってくれませんか……!?」
夕方の教室に、美奈ちゃんの必死な声が響く。
私の頭の中は、真っ白になっていた。
一番の女友達。それはつまり、楓のことを誰よりも知っているということ。
そして同時に――他の女の子の恋の相談を、特等席で受け止めなきゃいけないということだ。
「あ、はは……」
乾いた笑いが、喉の奥からこぼれそうになる。
美奈ちゃんの純粋な瞳が、眩しくて、痛い。ここで「嫌だ」なんて言ったら、私がまだ楓を好きなことがバレてしまう。今の「親友」という居場所すら、失ってしまう。
私は引きつりそうな頬を必死に持ち上げて、親友の仮面を被った。
「……うん、いいよ。何でも聞いて」
それが、私の二度目の失恋の、始まりだった。