【長編版】おしえて方角男子!方向オンチの明日はどっち!?

 フィールドワーク当日。
 集合場所は学校の正門だ。
 学年のみんなが一気に動くから、待ち合わせひとつとっても結構大変。
 みんなをちゃんと見つけられるかな。
 わいわいがやがやとおしゃべりしてる生徒たちは、ひとつの大きなかたまりに見える。なんだか羊みたいだなあ……。
 額に手をかざして、ぴょんぴょん背伸びしながらみんなを探す。
 
「ほーくとくん、どーこかなっ」
「ここ」
「うわああっ!?」
 
 び、びっくりした! まさか真後ろにいると思わなかったよ!
 
「あ、相変わらず神出鬼没だね……」
「最初からここにいたけど。むしろ今まで気づかなかったほうがすごいよ」
「いやあ、それほどでも」
「褒めてない」
 
 さらりと私のボケを真正面から打ち消した北斗くんはいつもどおり……ううん、いつも以上にクールさが際立っている。
 その冷ややかな瞳は私をまっすぐ見ていた。

「…………そのカッコ」
「カッコ?」
 
 自分の服装を見てみる。
 校外といえど授業なので、基本的に制服だ。
 とはいえ、グループによってはたくさん歩くし配慮が必要なこともあるので、荷物や服装は自由なところもある。
 かくいう私も、帽子に歩きやすい靴、いろいろメモできるように両手の空くリュックスタイルだ。
 北斗くんの前でくるりと回って確認する。
 ふわりと帽子が浮きかけたので、つばの部分をさっと押さえた。
 
「どうかな?」
「……いいんじゃない」
 
 北斗くんも黒のキャップをかぶっていて、制服姿よりもアクティブに見える。
 
「北斗くんもいいと思う。帽子、似合ってるよ、カッコイイ」
「……ありがと」
 
 北斗くんの耳が赤い。
 キャップで隠れてるけど、なんとなくそんな気がする。
 あれ? もしかして照れてる?
「違うよ」って言われそうだから言わないけど……ふふ、私の目はごまかせないんだよなあ。
 黒のキャップ、お気に入りなのかな。
 お気に入りの小物って褒められたら嬉しいものね。
 
「……なに、にまにましてんの」
「んー? 別になんでもないよっ」
「あっそ」
 
 北斗くんはそれ以上追究してこなかった。さては図星だね?
 
「オレを差し置いてイチャついてるのかい? 寂しいね」
 
 ぽんと肩を叩かれる。
 
「飛鳥くん!」
「おはよ、未央ちゃん」
 
 挨拶がわりのウィンクには慣れたものだ。
 私も真似してウィンクで返す。
 ……両目閉じた気がするけど!
 
「わあお、未央ちゃんのファンサ? ちょっと待って、目に焼き付けたいからもう1回! あっそうだ、動画保存しよう」
 
 飛鳥くんはズボンのポケットからスマホを取り出して構えだす。
 ただのウィンクがどうしてこんなおおごとに……!
 
「朝から何してるんだい、飛鳥」
「お、おはようございます……」
「東くん、西園寺くん! おはようー!」
 
 これで羅針盤が勢揃いだ。
 改めて彼らを順番に見渡す。
 
 マットな素材の臙脂色の大人っぽいタンブラーで、水分補給はばっちりな飛鳥くん。
 白いスニーカーが爽やかな西園寺くん。
 青のリュックが大人っぽくスタイリッシュな東くん。
 
 ……羅針盤隊、レベル高いな。いろいろと。
 自分のスタイルと比較する。私、離れて歩いた方がいいかも?
 後ずさりかけた私を下から覗き込んできたのは西園寺くんだ。ちょこんと首を傾げている。
 
「間中さん、大丈夫です……? お水、飲みますか」
「だ、大丈夫! 心配かけてごめんね」
 
 あぶないあぶない。西園寺くんは気遣いの塊だから、余計な心配をかけてしまう。
 雲が晴れて日差しが降り注いできた。絶好のフィールドワーク日和だ。
 手をかざして空を見る。
 ちなみに日焼け止めは塗ってきたし、リュックの中にも入ってる。こまめに塗り直さないとね。

「ふふっ」
「ん?」
 
 西園寺くんがくすりと笑う。珍しいな。
 
「あ、す、すみません……間中さんの影、風見鶏みたいで」
「へっ?」
 
 風見鶏って……あの、駅にあった方角の鳥?
 自分の影を見てみる。
 長く伸びた影の、ちょうど頭のところ。額に手をかざしていたから、突き出た指がちょうどニワトリのトサカみたいになっていた。
 
「あはは、ほんとだ。面白い」
「風見鶏の間中さん。今、自分が向いているのはどの方角か……わかります、か?」
「どの……って?」
 
 西園寺くんの抜き打ちテストだ。
 ええっと、どういうことだろう?
 固まっていると、西園寺くんは太陽と影、そして腕時計を交互に指さした。
 
 ……そっか!
 太陽は東から上る。それを受けて影ができるのは西だ。
 そして私は自分の影を見ていたのだから……。
 
「西だ!」
「正解です!」
 
 ぱちぱちと拍手してくれる西園寺くんと一緒にぴょんと跳ねる。
 
「やった!嬉しいね」
「ボクも嬉しいです。間中さんがボクの方を向いてくれてるなんて……」
「そっか。西園寺くんは西、だもんね」
「はい」
 
 にこにこと笑う西園寺くんが、拍手を止めて私の手をきゅっと握った。

「間中さんが、ずーっとボクを見ていてくれたらいいのに……」
 
 西園寺くんが目を伏せる。そう切なげにこぼした声音はどこか寂しそうで、ひとりにしちゃいけない気持ちだ。
 
「さ、西園寺くん……」
「間中さん……」
 
 どうしよう。目を離せない。
 すると——別方向から視線を感じた。
 
「ん?」
 
 じーっと、穴が開きそうなほどに熱烈な視線。
 
「夕輝ったら朝から絶好調だな」
「オレだって夕輝のこと、ずううっと見ててやるぜ」
「そろそろ出発の時間なんだけど」
 
 東くん、飛鳥くん、北斗くんだ。
 
「ひゃあっ」
「ご、ごめんなさい……!」
 
 びっくりしてとびのけば、西園寺くんの手はぱっと振りほどけた。
 
「あう……」
 
 しょんぼりする西園寺くん。頭を撫でたくなる可愛さだ。ワンちゃんみたいな垂れ耳の幻覚が見える。
 
「太陽で方角を知る……いい勉強だね」
 
 東くんが東側の地平線を指さした。
 
「朝、低い位置にある太陽による影は長い。そこからどんどん上っていくにつれて影は短くなる」
 
 東くんの指が真上にくる。
 確かに、真上から照らされたら影はほとんど見えなくなるよね。
 
「そこから西に沈むにつれて低くなるから、また影は伸びていくんだ」

 解説する東くんの指も弧を描いて沈んでいった。
 
「影の長さで方角や時間がわかるってこと?」
「そういうこと。キャンプとかで役に立つかな」
「す、すごい。地図がなくてもなんとかなるかも……!」
「それ、今から地図作りに行くやつの言うセリフ?」
「はっ」
 
 慌てて口を手で覆う。北斗くんの視線が痛い。
 
「あはは……」
「念のため言っておくけど、ひとりで迷子になったらその場で待機。影ができる場所を探してうろうろしないように」
「えっ、なんで!?」
 
 せっかく迷子脱却方法を手に入れたと思ったのに!
「ここから北に100m」って書いてあったら今のを活かせるのに!
 ぷう、と頬を膨らませて詰め寄ると、北斗くんは片手で両側のほっぺをがしっと潰してきた。
 待って、これ絶対変顔になってる!
 
「迷子になった時は、無闇に動かず助けを待つ。体力温存が第一だ。あちこち歩き回って転んだり事故にあったら大変だろ」
「そ、それはそうだけど……自分でもできることはしたいというか」
「それが待つことだから。生兵法は怪我の元って言うだろ?」
「なまびょ……?」
 
 早口言葉かな? あれは生麦生米生卵か。
 
「中途半端な知識で動くと、かえって危ないよってこと。まさしく北斗が言いたいことだね」
 
 東くんの補足に北斗くんが頷く。
 うう、悔しいけどふたりの言う通りか……。
 しょんぼりと肩を丸めてうつむいてしまう。地面に映る影は長い。
 すると、帽子のつばを持たれて顔をあげさせられた。
 北斗くんだ。でも、逆光で表情がよくわからない。
 
「迷子の間中を見つけるのは俺だから。俺から逃げないで待ってて」
「……え」
 
 それって、どういう意味?
 聞き返そうとすると、北斗くんは帽子のつばをぐいっと下げてしまった。
 
「わっ」
「そろそろ出発するよ。先生に出発届出してくる」
 
 そうだ。学年全体の授業だから、グループごとに出発と帰還をきちんと知らせないといけないのだ。
 北斗くんは学年主任の先生のところへ向かってしまった。足が早いし、人混みに紛れてすぐに見えなくなってしまう。
 
「北斗くん……」
「待っていれば大丈夫。さっき雪弥に言われたばっかりだろ?」
 
 そう言って私の後ろで口笛を吹いたのは飛鳥くんだった。
 
「まさかあんな熱烈な告白が聞けるとはなー。未央ちゃんに出会ってからアイツ、どんどんアツくなってくみたい」
「こっ、告白?」
 
 ちょっと待って、それってどういうこと!
 聞き返した声がひっくり返ったけど、飛鳥くんは気にもとめずに「違うの?」と聞いてきた。
 うう、質問に質問で返さないでよ……。
 
「ち、違うよ……きっと」
「ふうん? まあ未央ちゃんがそういうことにしたいならそうしておこうか。それにしてもあのツンドラ雪弥がねえ」
「ツンドラ? ツンデレじゃなくて?」
 
 言い間違いかな?と思ったけど、飛鳥くんは人差し指をぴんと立てて左右に振った。
 
「ちっちっち。ツンドラ気候。草も生えない永久凍土のこと。北斗ったらそのくらいクールなやつだったんだよ」
「へええ……」
 
 頭の中でペンギンが凍りつくイメージが浮かんだ。ツンドラ気候にペンギンがいるのかは知らない。
 確かに、出会ったころの北斗くんは私の事ニワトリ呼ばわりしたり、かなり失礼な発言も多かったっけ。
 でも……今は。
 
 ——俺から逃げないで。
 
 北斗くんの言葉が耳でまだ響いている。
 なんだか耳がまだ熱い。
 
「……アツい、よね。冷たいのに熱くて……ドライアイスみたい」
「ははっ、なるほどドライアイスか。ねえ未央ちゃん、ドライアイスって氷じゃないって知ってた?」
「えっ、違うの?」
 
 アイスっていうのに、氷じゃないの?
 
「うん。正体は二酸化炭素を凍らせた塊。だから触ると火傷するって言うけど、あれは正確には凍傷なんだって」
「へええ……」
「ま、火傷だろうと凍傷だろうと危ないから、触る時は手袋が必要って話なんだけど……どうやら未央ちゃんは、アイツに触れても大丈夫みたいだね」
「えっ? だって北斗くんは人間だし……」
 
 ドライアイスみたい、とは言ったけど物のたとえだ。北斗くんからドライアイスみたいに白い煙がぷしゃあああと出てたら困る。
 それを言うと、飛鳥くんはけらけら笑った。
 
 届けを提出してきた北斗くんも戻ってきて、私たち、羅針盤も出発だ。
 東くんが、ポケットから小さな丸い小物入れみたいなものを取り出して蓋を開ける。

「これは羅針盤だよ。ほら、この赤い矢印が北」
 
 実物を見るのは初めてだ。ええと、これが北なら私たちがこれから進む道は……。
 
「……南東?」
「あたり! さあ、出発だ」
 
 風見中を中心とした半径5km以内を歩いて地図を作る計画だ。
 そこで最初の目印として決めたのが……。
 
「図書館!」
 
 地図で予習した通り、信号を渡った向かいにある図書館だ。地図記号は開いた本。
 場所も地図記号もわかりやすくていいスタートが切れる。
 さっそく白地図にチェックを入れて書き込もうとしたのだけど……。
 
「んんっ?」
 
 机がないから書きにくい!
 地図を小さく折りたたんで厚みを作るけど、うっかり鉛筆で刺しちゃいそうだな……。
 
「あ、あのっ、僕、こういうの持ってきました。使ってください!」
 
 西園寺くんが地図の下に敷いてくれたのは硬めのボードだった。土台ができて書きやすくなる。
 
「わ、ありがとう」
「これ、紙を挟むクリップもついているので……」
 
 ぱちんとクリップで地図を挟む。これで風に飛ばされる心配もなさそうだ。

「こんなこともあろうかと、用意してきたので……役に立って良かったです」
 
 西園寺くんがはにかむ。
 いやいやこんなこともあろうかと、ってアニメとかで天才博士がお助けアイテムを出してくれる時の定番セリフだよね。
 西園寺くん……ただものではない。

 図書館の次は、同じ道路沿いにある病院だ。
 
「ええと、病院の地図記号は十字を囲んで……と」
 
 図書館を目印にすれば簡単に見つかる。
 白地図に書き込んでから、その立派な建物を見上げた。
 白い壁が清潔そうな病院だ。
 でも殺風景にならないようにその周りはぐるりと花壇に囲まれている。
 色とりどりの小さな花が可愛くて、病院だと知っているのに和んでしまう。
 
「ええと、名前は……西園寺医院」
 
 西園寺?
 くるっと振り向くと、西園寺くんが照れくさそうに肩をすぼめていた。
 
「ここって、まさか」
「我が家……です」
 
 ……え。えええっ!?
 
「さ、西園寺くん、お医者さんなの!?」
「ち、違います! 医者は母です。ボクは中学生ですっ」
「そりゃそうでしょ」
 
 ぼそっと北斗くんが突っ込んだ。
 飛鳥くんがお腹を抱えて笑ってる。
 そっか。ここは西園寺くんのお家なのか。
 
「いいなあ……」
「そ、そうですか……? みんな、お医者さんのうちっていいねって言いますけど、僕にはあまりピンと来なくて」
「そうそう、将来は継ぐの?とか、よく言われてるよな」
 
 飛鳥くんが隣でうんうん頷いてる。
 でも、私の羨ましいポイントはそこではなくて。
 
「いや、学校がこんなに近いと、迷わなくていいなあって思っただけなんだけど……」
「……へ?」
 
 西園寺くんが目を丸くした。
 
「いいな、って、場所が……ですか?」
「うん。だってうっかりお寝坊しても巻き返せそうじゃない? うちは遠いから、目覚まし時計を3個鳴らしてるんだよ」
 
 朝はお母さんもお父さんもバタバタしてるから、洗面所だって争奪戦だし。ゴミ出しの当番もあるし。
 
「遠いとね……大変なんだよ」
 
 毎朝のドタバタ騒ぎを噛み締める。
 時間に余裕をもって早起きすればいいだろうというのはナシだ。それができたら苦労はしてない。
 
「……あははっ」
 
 え、これ誰の笑い声?
 西園寺くんが笑っていた。
 いつもの遠慮がちなはにかみではなくて、けらけらと屈託なく笑っている。

「お、おい、夕輝?」
 
 東くんたちまでびっくりしている。こんなふうに西園寺くんが笑うのは初めてなのだろうか。
 
「はは……っ、すみません、笑ったりして……でも、間中さん、ありがとうございます……ふふっ」
「……え、私?」
「間中さんのおかげ……です。ボク、医者のお家ってことで将来は継ぐのとか、お金もちだね、とか変なやっかみを受けることが多くて……正直困ってたんです」
「そうなんだ……」
 
 悩みっていろいろだ。
 私の悩みは自分のことだから自分で解決できるけど、お家のことじゃそうもいかないものね。
 
「でも、間中さんが学校に近いから羨ましいって言ってくれて……えっ、そっち? って思ったら笑っちゃいました。肩の力が抜けた気分です。そういう羨ましがり方も……あるんですね」
「そ、それは良かった……ね?」
 
 私の迷子っぷりや朝のドタバタが西園寺くんの役に立つとは。
 西園寺くんが自分の家を——西園寺医院をじっと見上げる。
 
「ここに住んでて良かったって、はじめて思ったかもです。間中さん、ありがとう」
 
 西園寺くんの顔が明るい。
 それだけでまあいっか! と笑い飛ばしたくなる私は単純なのかな?

 
 次に地図に記すためにやってきたのは消防署だ。
 地図記号はY……じゃなくてさすまた。昔の火消し道具だ。
 
「わあ……っ」
 
 入口に待機している消防車のものものしさに圧倒される。
 まじまじと見たことなかったかもしれない。
 すごいなあ……。
 ぽかんと口を開けて眺めていると、東くんに声をかけられた。
 
「間中さん、おいで」
 
 手招きされて小走りで駆け寄る。
 東くんは消防署の隣にある資料館の前に立っていた。
 
「どうしたの?」
「参考になると思って」
 
 東くんが資料館の入口を指す。
 
「あ!」
 
 入口に展示されていたのはさすまただった。
 下に説明も書かれている。
 
「江戸時代、火消しはこれを用いて建物を打ち壊し、類焼を防いでいました……予習したとおりだ」
「昨日は文字だけの説明だけだったから……こうして現物を見るとわかりやすいだろ?」
「うん! 教えてくれてありがとう」
 
 さすまたをじーっと見ていると、だんだん地図記号に見えてくるから不思議だ。
 これを使って火のついた建物を壊していたのか。
 
「うーん……」
「どうしたんだい?」
「いや……昔の人って怪力だったのかなって。だってこれを振り回して家を壊してたんでしょ? 私じゃ壊せそうにないよ」
 
 むっと腕に力を入れて力こぶを作ってみる。
 すると東くんはぷっとふきだした。
 
「昔の家は今みたいに耐震住宅じゃないからね。特に家が密集している地域は壊すことを前提として作っていたから、大人が数人でかかれば壊せる造りになっていたんだ」
「そっか……それでもすごい」
 
 さすまたの上には法被が展示されていた。
 裾がぼろぼろなのは焦げたり、引っ掛けて破けたりしたからなのだろうか。
 
「これを着て、火事に立ち向かっていたんだね。ヒーローみたい」
「火事と喧嘩は江戸の華って言い回しがあるように、江戸時代のひとたちも火消しをヒーローだと思っていたのかもね」
 
 東くんの説明を聴きながら想像してみると、昔と今が重なる気がする。
 
「今は消防車とかポンプがあって、技術は進歩してるけど、火事に立ち向かう勇気とか、それを応援する気持ちって変わらないんだね」
「……!」
 
 東くんが、ちょっとびっくりしたような顔をした。
 私、なにかおかしなこと言ったかな?
 
「……間中さんって……素敵な感性の持ち主だね」
「そ、そう?」
 
 これ、褒め言葉だよね?
 
「えへへ……生徒会長の東くんに褒められるなんて、いいのかな」
「もちろん。誰だって褒められたら嬉しいだろ?」
「うわ、大人だあ……ほんとに同い年?」
「同い年だよ。やっぱり面白いね」
「それなら……東くんもすごい! えらい!」
「……へっ?」
 
 東くんがきょとんと目を丸くした。あ、なんだか幼く見える。
 
「物知りで優しくて、親切で……なのに偉ぶらないところ、すごいと思う。あっ、あともちろん勉強家なところも」
 
 指を折って東くんの褒めポイントを並べていく。
 
「ち、ちょ、間中さんっ」
「えっ……ご、ごめん、嫌だった? とんちんかんなこと言ってた?」
 
 しまった。褒めたつもりだったんだけどなあ。
 でも、自分が言われて嬉しいからって、相手もそうだとは限らないよね。
 だけど、東くんは片手で顔を覆って軽く首を横に振った。
 あれ、耳が赤い?
 
「い、いや……その……ええと、うん、大丈夫」
 
 東くんはくるりと後ろを向いて深呼吸を繰り返す。
 やがてもう一度こっちを向いた時には、顔の赤さは少し引いていた。
 
「東くん?」
 
 東くんは眼鏡をくいっとかけ直すと、軽く咳払いをする。
 
「さあ、次に行こうか」
「へっ?」
 
 な、なんだったの、今の。
 周りを見ると、展示を見たり説明プレートの内容を書き写していた他のメンバーもあっけにとられているようだった。
 
「あんな東くん……初めて見ます」
「ひゅーう♪ 未央ちゃんたら、罪なレディだね」
「またライバルが増えた……」
「え、え? 3人ともわかってる感じ?」
「間中はわからなくていいから。さ、次行くよ」
「ちょ、私だけ仲間はずれしないでよー」

 前を行く男子たちに小走りでついて行くと、大きな道路からひとつ曲がって、車の交通量がぐっと減った。
 
「待ってーっ」
 
 北斗くんが信号で止まって何か書いている。その間に追いつくと、北斗くんは上を指さした。
 
「ん?」
「曲がる目印。こういうの地図に書いておくとわかりやすいでしょ」
 
 そこには「風見中前」という看板が書かれていた。
 
「なるほど。さすが北斗くん」
「ここからは通学路から外れるから、迷子にならないように」
「うっ」
 
 そうだった。大通りは大きな建物も多いしわかりやすい。
 だけど、ここからは未知の領域だ。道路ひとつ渡っただけで空気も違うような……。
 
「……ん?」
 
 くん、と鼻をひくつかせる。
 
「なに、警察犬みたいに正しい道を匂いで見つけるの?」
「そんなわけないでしょ……北斗くんも感じない? これって」
 
 くんくん。うん、やっぱり間違いじゃない。
 
「はあ? 俺は犬じゃない……って」
 
 そこで北斗くんも私が言いたいことがわかったらしい。
 ふたりでせーので言ってみる。

「「甘い匂いがする」」
 
 やっぱり!
 
「そうだ、近くに果樹園があるんだ」
「果樹園! 行ってみたーい!」
 
 頭の中にフルーツたっぷりのパフェや、映え〜な断面図のフルーツサンドが浮かぶ。
 学校の近くにそんな美味しいスポットがあるなんて!
 
「こっちかな?」
 
 くんくん、きょろきょろ。
 いい香りの方を探して……こっちだ!
 
「北斗くん、こっちだよ、さあ行こうっ」
 
 るんるん気分で一歩を踏み出そうとすると、襟首をぐいっと掴まれた。
 
「うわ……っと、とと!」
 
 後ろにこけそうになって慌てていると、目の前を自転車がすーっと通過していった。
 
 ……あ。やば。北斗くんがひき止めてくれなかったらぶつかってたかも。
 そーっと振り向くと、北斗くんはジト目でこちらを見てきた。
 
「……なんか言うことあるよね」
「……ごめんなさい、ありがとう」
「……ん。フィールドワーク中にけがなんてしたら、先生にも他の生徒にも迷惑だし」
「う……」
 
 またやってしまった。
 行きたい道が見つかると周りが見えなくなってしまうの、私の悪い癖だなあ。
 しゅんと俯いてしまうと、北斗くんが地図を差し出していた。
 
「落ち込んでる暇があったら、果樹園の地図記号、覚えなよ」
「……ん」
 
 地図を受け取って場所を確かめる。
 ええと、ここが図書館で、消防署で……。
 
「うーんと……これ?」
 
 〇の上に縦の棒がささってるマークを見つけた。
 どことなくリンゴに似ているから果樹園っぽいんだけど……。
 
「どれどれ……そう、あたり」
 
 当たってた。それは嬉しいけど……。
 
「なに、まだ落ち込んでる?」
「うん……ごめん」
 
 ふう、とため息が聞こえた。ああ、困らせちゃってる……!
 
「ほ、北斗く、ごめ……」
「俺の言い方もキツかった。ごめん」
 
 北斗くんがぺこっと頭を下げた。
 びっくりする。
 
「な、なんで北斗くんが謝るのっ、私がちゃんとまわりを見てなかったからだよ」
「いや、先生に迷惑だなんて、冷たい言い方だったかなと思って。ほんとはただ、間中が心配だっただけだし」
「……北斗くん、なんでそんなに優しいの」
「はあ? 別に優しくないし。ていうかキツいこと言った相手に優しいとか言う?」
「だ、だって心配してくれてたんでしょ? それなら……」
 
 そこで北斗くんはくしゃくしゃと頭を掻き回した。
 
「あーもう、この話ここで終わり! ほら、果樹園行くんでしょ」
 
 北斗くんはずいっと地図を押しつけてくる。
 これってどう見ても照れ隠し……だよね?
 
「ふふっ」
「なに笑ってんの」
「ごめんごめん。北斗くんが可愛くって」
 
 そう言うと、北斗くんはあからさまにげんなりした顔をした。あ、男の子に可愛いはだめか。
 
「……追加で問題」

 びしっと地図を突きつけられる。
 北斗くんが指さしたのは、果樹園の地図記号の隣にある「v」のマークだった。
 
「この地図記号を答えよ」
「え、えええ!?」
 
 ノーヒントで!? レベルが一気に上がりすぎだよ!
 慌てる私をニヒルな笑みで見下ろす北斗くんは、ちっとも可愛くなかった。
 
「もう、北斗くんの意地悪!」 
「可愛いとか言うから。で、答えは? 5、4、3……」
「えっ、タイムリミットあるの? 待って待って」
 
 地図にめりこむ勢いでマークを見つめる。
 うーんと……地図記号ってわりと見たままのことが多いんだよね。図書館なんてそのまま本だし。
 よく見るとvがたくさん並んでる。しかもその範囲は広い。
 果樹園の隣にたくさんある……そしてこの見た目……vがたくさん集まってwに見えるところもある。ネットスラングのwwwって草だよね。
 
「草生える……草? ええと、広いところにたくさん生えてる……あっ、畑?」
 
 北斗くんを見ると、じーっと無表情で私を見ている。
 にらめっこなら負けないんだから! そんな思いで負けじと見つめ返していると、ふっと口元が緩んだ。
 
「ピンポーン」
「やった!」
 
 ぴょんとその場でジャンプする。すると飛鳥くんたちがそれを聞きつけてやってきた。
 
「なになに、また未央ちゃん正解したの?」
「すごいです……!」
「勘が鋭いのかな?」
「いやあ、そんな……わかりやすいものが多いからだよ」
「そうそう。すぐにわかってもらえないと通じないからね」
 
 褒めてくれるかと思いきや、このクールなひと言! まったく、北斗くんったら一筋縄じゃいかないんだから!
 
「北斗くんは地図記号を見習ったほうがいいかもね」
「はあ? なにそれ、どういうこと」
「わかりやすいのが一番ってこと!」

 キツいこと言うかと思えばそれは優しさの裏返しだったり、でも褒めるとそっぽ向いちゃう……。
 もう、北斗くんのこと考えてるだけで、あっちはふらふらこっちへふらふら。頭の中が迷子になりそう!

 そうしてたどり着いた果樹園は、ちょうど収穫作業の真っ最中だった。
 
「へえ、風見中の。フィールドワーク? 今は楽しそうなことやってるんだね」
 
 見学させてくれたおじさんも風見中の卒業生だったなんて、すごい偶然だ。
 
「ふうん、お嬢ちゃんは転校生なのか。少しは慣れたかい?」
「はい。みんなのおかげで、少しずつ」
 
 周りの4人をくるりと見渡すと、彼らはなんだか気恥しそうにちょっと目を泳がせていた。
 
「ああ、兄ちゃんは西園寺さんの息子さんだね」
「は、はい……」
 
 突然呼ばれた西園寺くんかぴくりと跳ねる。
 
「俺のうちは一家揃ってかかりつけ医だよ。いつもありがとう」
「は……はいっ」
 
 西園寺くんの顔がぱあっと明るくなった。なんかいいな、こういうの。
 するとおじさんはもぎたてのリンゴを5つ、こちらに差し出した。
 
「持っていきな」
「えっ! そんな、お金払いますよ」
 
 こんなに大きくて真っ赤なリンゴ、ただでもらっちゃうなんて!
 だけどおじさんは首を横に振る。
 
「西園寺さんへのお礼と、お嬢ちゃんの引越し祝いってことならどうだい?」
「えっ……と」
 
 西園寺くんと顔を見合わせる。
 それなら、いいのかな?
 
「じゃあ……ありがたく」
「おう、風見市で元気に青春するんだぞー」
 
 渡されたリンゴはずっしり重くてすべすべしてて……おじさんの心みたいにあったかかった。

「なんかいいね、こういうの」
「……はい」
 
 道すがら、西園寺くんは両手でリンゴを大切そうに抱きしめていた。
 それを反対隣で見ていた東くんも優しそうな目をしている。
 
「せっかくリンゴも頂いたし、そろそろお昼も近いし……公園で休憩しようか」
「うん、そうしよう!」
 
 さっそく白地図で公園の地図記号を探す。
 どういうマークだろう。
 すべり台とか? それとも公園には緑が多いから木のマークかな。
 
「ベンチとかも可能性あるよね……あれ?」
 
 おかしいな。全然見当たらない。
 
「うーんと……あっ!」
「見つかった?」
 
 北斗くんも覗き込んでくる。私は見つけたものを指さした。
 
「ここに風見公園って書いてあるだけ……公園の地図記号ってないのかな?」
「それはこの広さが関係しているね」
 
 すかさず疑問に答えてくれたのは東くんだった。
 
「広さが?」
「そう。地図記号の役割を思い出してみたまえよ」
「役割……って、文字だけに頼らず、建物や土地の意味を伝えることだよね。小さな地図に学校とか警察署とか、全部書いていたらスペースが足りなくなっちゃうから」
「うん。わかりやすさが一番だ。だからこそなんだよ。この広さを見たまえ」
 
 東くんが指で大きくぐるりと風見公園の周りをなぞる。
 
「広い……ね」
「そう。これだけ広ければ、文字を書いても伝わるだろう?」
「……あ!」
 
 その言葉にピンときた。
 
「文字で書くのが一番わかりやすいってことか! 伝わらなきゃ意味がないもんね」
「そういうこと。さあ、地図記号の謎も解けたことだし、さっそく風見公園でお昼にしようか」
「うん!」

 学んだことを余白にメモしてペンをしまう。
 すると、北斗くんがなにやら考え込んでいるのが目についた。
 口もとに手を当ててぶつぶつ呟いている。
 
「……伝わらなきゃ意味がない、か」
 「どうしたの?」
 
 声をかけると、北斗くんはちょっとびっくりしたようにこちらを見た。

「……別に。公園、行こうか」

 そうしてたどり着いた風見公園は、緑がいっぱいの広ーい公園だった。
 
「あれは……樹齢300年を超える杉の木、だそうです」
 
 西園寺くんが指さした先には、太い幹の木があった。5人が両手を伸ばしてやっと届きそうなほどに太い。
 
「300年前……っていうと?」
「江戸時代だね」
「火消しが活躍してた江戸時代か……」

 ゆっくりと木のまわりを歩いてみる。
 そうすると反対側からまわっていた飛鳥くんと鉢合わせて飛び上がった。
 
「わあっ」
「ははっ、驚いた?」
「もう、びっくりしたんだからね」
「ごめんごめん。怒った未央ちゃんも可愛いなあ」
「またそんなこと言って……」
 
 飛鳥くんの口説き文句にもすっかり慣れてしまった。
 彼のファンが聞いたら怒られそうだなあ。
 
「ほら、遊んでないでご飯食べよう」
 
 北斗くんが木陰にレジャーシートを広げている。
 私も飛鳥くんと一緒に支度を手伝うことにした。

「いただきます!」

 おむすびをぱくっとひとくち。
 鮭のおにぎり、どうして家で食べるより美味しく感じるんだろう……!
 
「わ、未央ちゃんのお弁当おいしそう!」

 ひょいと覗き込んできた飛鳥くんはカツサンドをぱくついていた。
 慌てて飛鳥くんからお弁当を隠す。
 
「え、なんで隠すの?」
「だ、だって卵焼き焦げちゃってるし……ウィンナー、タコさんにできなかったし」
 
 実を言うとおにぎりも三角じゃないんだよね。丸でもないし、なんかいびつ。
 
 「それって、間中の手作りってこと?」
 
 ごっくんとミートボールを飲み込んだ北斗くんに聞かれて、恥ずかしながら頷いた。
 
「えーっ、自分で作ったの?おうちのひとじゃなくて?」
「う、うん……。お父さんもお母さんも働いてて忙しいから……」
 
 飛鳥くんのバスケットには断面の綺麗なサンドイッチがたくさん詰められているし、西園寺くんなんて、お重箱みたいな豪華なお弁当箱だ。
 そんなお弁当と比べられるのが恥ずかしくって、なんとなく手で隠してしまう。
 
「すごいじゃん」

 北斗くんがさらりと言った。
 
「弁当、俺らは作ってもらったけど、間中は早起きして自分で作ったんだろ? 自分のこと自分でできるってすごいと思うけど」
「え……だって、形とか変だし、焦げてるし」
「それだって、間中ががんばった証だろ。挑戦しなきゃ失敗もできないし。何事も経験ってやつなんじゃないの」
 
 ……!
 びっくりしていると、東くんもそれに頷いている。
 
「誰かと比べてがっかりする必要なんてないさ。そのお弁当、間中さんにとって世界でひとつのお弁当だよね」
「う、うん」
「僕のお弁当は母さんが作ってくれたものだけど、これだって僕にとってはオンリーワンだし……それぞれをおいしく食べることが一番なんじゃないかな」
 
 東くんが見せてくれたのは、俵型の一口サイズのおにぎりがきれいに詰められた幕の内弁当だ。
 煮物や焼き魚がとってもおいしそう。
 
「そうそう。ちなみにオレのは姉ちゃんが自分のついでに作ってくれた弁当ね。これはこれでウマいよ」
 
 飛鳥くんがちょいちょいと指さしたところは、食パンの耳が隙間に詰め込まれていて、お姉さんの遊び心がうかがえた。
 
「だからさ、間中が恥ずかしがる必要なんて、ないってこと」
 
 北斗くんのそっけない言葉が、雪溶け水みたいにじんと心に染み渡る。
 うわ、どうしよう。これ、涙腺に来るかも……!
 ここで泣いちゃったら余計に心配させるし、何より恥ずかしいし……っ!
 
「あ、あ、りがとうっ! いただきまーすっ」
 
 なんとかそれだけ言って、おにぎりにかぶりついた。鮭の塩気が鼻につんとくる。
 
「はは、何回いただきます言うわけ?」
「いいじゃないか、減るものでなし」
「その分、感謝の気持ちが湧いてくるみたいです……!」
「んじゃ、俺らもっ」
 
 飛鳥くんが、ぱんっと勢いよく手を打ち鳴らした。
 
「いただきまーす!」
 
 みんな、それぞれにお弁当をほおばっている。
 そんな中でも私を見つめる視線があったかい気がしたけれど、顔をあげると泣いてしまいそうで……。
 でも、みんなと一緒に食べたお弁当は、特別な味がした。

 
 ごはんを食べてしばらく休んだ後は、学校への帰り道がてら地図を再確認することになった。
 行きとは違う道を通って歩いていると、風見市駅にたどり着く。
 
 ……そうだ、北斗くんの出会いは、ここだっけ。
 立ち止まってロータリーを見渡すと、あのニワトリが今日も変わらずに街を見下ろしていた。
 
「そういえば、風見鶏……だっけ。なんで飛べないニワトリが上にいるの?」
 
 前を歩く北斗くんに聞いてみると、北斗くんはニワトリを見上げた。
 
「あれはただのニワトリじゃないよ。風の吹く方角を示す鳥。ニワトリなのは確か魔除けだったかな……まあとにかく、風が吹くたびにくるくる回って忙しい鳥だね」
 
 そこで北斗くんは私をじっと見た。
 
「な、なに」
「……まるで間中みたいだ」
「わ、私が? 風見鶏?」
 
 ここに引っ越してきてから何度そう言われただろうか。
 風が吹いてふらふらするほど体重は軽くないと思うけどな?
 
「危なっかしくて目が離せなくて……」
 
 あ、そういう意味ね。
 
「それは、私の好奇心が旺盛だからですっ! いろんな方向に興味が向くの!」
 
 短所も言い換えれば長所!
 仁王立ちしてふんっとアピールすると、北斗くんはちょっと呆れたジト目になった。
 
「ほら、そういうとこ。それも含めてだけど……見てないと、なんか落ち着かないよね」
「……え」
 
 その時、ふわっと風が強く吹いた。
 カラカラカラと音を立てて風見鶏が回ってる。
 ぼさぼさになりそうな髪を押さえて風見鶏を見上げていると、それは黒い矢印を向いて止まった。
 
「あの風は……どこから吹いているの?」
 
 北斗くんも前髪を直しながら風見鶏を見上げる。そして口の端をきゅっと上げて笑った。
 
「北だよ。ちょうど俺と間中みたいだね」
 
 北斗くんの手が私の肩に触れる。
 
「北斗くん……?」
「間中も、俺のことだけ見てる?」
 
 どっくん。心臓が大きく跳ねた。
 真正面から北斗くんの視線を感じる。
 え、えっと、これって……!
 
「おーい、駅の地図記号、チェックしたまえよ!」
 
 東くんの呼びかけで、はっと北斗くんが手を離した。

「……っ、行くよ」
 
 北斗くんはずんずんと歩き出してしまった。
 でも後ろから見える耳は赤くって……。
 
 い、今の……どういう意味〜!?

 
 そんなこんなで学校についた時は空があかね色に染まる頃だった。
 帰ってきた届けを先生に提出したら解散だ。
 
「提出してきたよ。みんな、今日はお疲れ様」
 
 東くんが戻ってきた。みんなでお互いをねぎらいあう。
 
「いやー、楽しかった!」
「素敵な思い出になりました……!」
「ま、良かったんじゃない」
「ふふっ、みんなありがとうっ」
 
 ぺこりと頭を下げる。
 
「どうしたんだい、改まって」
「ええと……その、私、転校してから初めてのグループ活動だったじゃない? 組む人いなかったらどうしようとか、いろいろ不安だったんだよね」
 
 今頃になって落ち着かなくなって、両手の指をつんつん突っつきあって苦笑いする。
 
「みんなが仲間に入れてくれたおかげでなんとかなった! ほんとにありがとうっ」
 
 初日なんて、学校にたどり着かないかもってパニックになりかけてたもんね。
 あれからそんなに日にちは経ってないけど、クラスにも馴染めて、こうして楽しく中学生ライフをエンジョイしてるのって、ほんとに奇跡だと思う。
 
「だから、これからもよろしく……ってこと!」
 
 えいや!の勢いで言ってしまう。
 ああ、こういうのクサイかなあ。でも、お礼ってちゃんと言っておかなきゃだし……!
 そんな思いがもんもんとしていると、頭をぽんと撫でられた。
 
「はは、未央ちゃん、まじめだよね」
「飛鳥くん!」
 
 そっか。そうだよね。みんなは、こういうのクサイって笑うタイプじゃなかった。
 隣で西園寺くんが私よりも深々とお辞儀をしてくれる。体、柔らかいな!

 「こちらこそ、よろしくです……」
 
 そして東くんがメガネをチャッとかけ直した。
 
「これからも、何かあったら遠慮なく言ってくれたまえ」
 
 そして北斗くんに向き直る。
 北斗くんは……じっとこちらを見ていた。
 な、何か言ってよ〜!
 
「あ……あはは、こういうの、なんか照れるよねえ」
 
 無言の間が怖くて無意味に笑ってしまう。
 
 どうしよう。もし、よろしくなんてされないよ、なんて言われたら。
 北斗くんに、限ってそれはないと思うけども!
 でも、私の一方通行かもしれないじゃない!
 乾いた笑い声も消えかかった時に……北斗くんがぽつりと口を開いた。
 
「いいんじゃないの。いただきますと一緒じゃない?」
「……へ?」
「何回言ってもいいんだしさ。伝えたいってそういうことでしょ」
 
 ……ずるい。
 北斗くんたら、ここでお昼ご飯のあのエピソードを持ってくるなんてずるいっっ!
 あっ、マズイ。鼻の頭がつんとくる。
 ああもう、こうなりゃヤケだーっ!
 
「あ!」
 
 大きな声で空を指さした。
 みんなの視線が一気にそっちへ向く。
 あっち向いてホイで大成功した気分だ。
 正直いって、考えなしの行動だったけど……。
 
「わあっ」
 
 西園寺くんが声を上げた。
 それもそのはず、ちょうど夕日が沈むところだったのだ。
 みかんみたいな色の太陽が、ゆっくり山すそに隠れていく。
 世界がオレンジ色で溢れていくみたい。
 
「太陽が沈んでいくってことは……あっちが西だね」
 
 太陽を指させば、北斗くんも頷いてくれた。
 
「そうだね。ほら、足元の影も長く伸びてる」
「わ、ホントだ」
 
 ひょいと片足を上げてみると、黒い影が私の足の長さの何倍にもなって同じ動きをしていた。
 
「うーん、このくらい美脚ならモデルになれそう」
「夕暮れ限定のモデルなんて聞いたことないけど」
「ミステリアスでいいじゃない!」
 
 まったく……北斗くんたら実は優しいのに、こういうところで乙女心をわかってないんだから!
 ぷうと頬を膨らませつつも夕焼けを見つめる。
 今日一日、がんばったご褒美みたいに輝いていた。