【長編版】おしえて方角男子!方向オンチの明日はどっち!?

 さっそく今日の放課後、生徒会室に集まった私たちはそれぞれの席についていた。
 机をぐるりと囲んで、ペンやメモなどの筆記用具を準備していると、東くんが大きめの紙を持ってきた。
 
「お待たせ。風見市のホームページから白地図をプリントしてきたよ」
「さっすが朝日。仕事が早い! これを元にして作っていけば参考になるな」
「ありがとう〜、ずいぶん大きいね」
「いろいろ書き込みやすいように最大サイズでプリントしてきたからね」
 
 さすが東くん。いろいろ考えてくれていてすごいなあ。
 ぶわり、と大きな音を立てて机に広げられた地図を覗き込む。
 
「わあ……っ」
「まずは風見中を探そう」
「そうだね。そこを中心にして、付近の地図を作るのが良さそうだ」
 
 みんなして無言になりつつ、じーっと風見中を探す。
 
 ……ええと
 …………ええと。
 
「ど、どこ……?」
 
 地図を上下左右にスキャンする勢いで目を動かす。
 なのに風見中の文字が見つからないっ!
 せっかく東くんが大きくプリントしてくれたのに、文字が見つからないよ〜!
 
「ここだよ」
 
 一番早く見つけたのは北斗くんだった。
 
「は、早い! こんな小さな文字ばっかりなのによく読めるね?」
「文字じゃなくて地図記号を探したから」
「地図記号?」
 
 あ、聞いたことあるかも。
 建物とかマークで表すんだっけ?
 そうだ、確か学校を表す記号は……。
 
「文、っていうマークを探せばいいんだよね?」
「そう」
 
 改めて地図を見てみる。
 
「あっ、ここにもあるよ」
 
 私が指さした先を見て、北斗くんは「それは高校」とあっさり言った。
 
「え、中学と高校って違うの?」
「あ、あの……」
 
 そこでおずおずと挙手したのは西園寺くんだ。
 
「小・中学校は文のマークで……高校は文をマルで囲ってあります……」
「え、そうなの?」
「はい……なので、間中さんが見つけたのは高校です。ここは……風見高校ですね」
「へええ……区別があるんだね」
 
 勉強になったことをノートにメモしていると、東くんが顎に手を当ててふーむと頷いた。
 
「いっそ、地図記号の勉強もしながら地図を作ってみるのはどうだい?」
「あ、それいいかも!」
 
 地図が作れて勉強にもなるなんて、一石二鳥ってやつだよね。
 
 すると、東くんは自分のリュックから社会科で使う地図帳を取り出した。
 表紙の裏に折りこんであるものを広げてみせる。
 そこにずらりと並んでいたのは、地図記号の一覧表だった。
 マルに四角に三角形。傍線、点線、波線まで……。
 ありとあらゆる図形のオンパレードだ。
 目がチカチカしてきそう。
 
「う……うわあ。こんなにあるの!?」
「まるで暗号だ」
「なんか宝の地図みたいだ。ワクワクしちゃうね」
「全部でいくつあるんでしょうか……」
「確か100は超えてると……ああ、ここに書いてある。132種類だって」
「132種類〜!?」
 
 あ。だめだ。暗記苦手。
 覚えられる気がしない。
 早くも白旗を上げて降参しそうになる。
 こんなに覚えないと地図が読めないし書けないなんて……!
 
「まあまあ。確かに100種類は多い。でも、よく使うものに絞ればぐっと数は減るし、それにもう学校については2種類覚えているだろ? 確実に理解は進んでいるじゃないか」
「……うん」
 
 東くんの言う通りだ。
 一気にすべてを覚えてしまおうとするから大変なんだ。必要なものだけにしぼって、ひとつずつ覚えていけばいいよね。
 テストの解き方と同じだ。
 テスト用紙の全体にとらわれてしまうと、あれもこれもと頭がとっちらかってしまって、一問も進めなくなってしまう。
 まずは一問ずつ問題を読んで、解けるものから始めればいい。
 ……うん、これならなんとかなるかも。
 
「ありがとう、東くん。ちょっと落ち着いたよ」
「どういたしまして。まずはこの地図でもよく見るものから覚えていこう」
 
 改めて一覧表に目を通す。
 
「よく見るもの……ってたとえばどういうものかな」
「日常生活で必要なものって考えはどうだい? まずは毎日登校する学校。俺と未央ちゃんが出会った場所だね」
「う、うん」
 
 飛鳥くんが指で風見中をくるりと囲む。その囲んだ形はどう見ても丸じゃなくてハートだった。
 
「じゃ、学校の周りからチェックしよっか」
 
 北斗くんに言われて、またもやスキャンモード発動だ。目を皿のようにしてじーっと眺める。
 
「あ。本のマークがある」
 
 風見中の隣。道路を渡った向かいに図書館があるのだ。
 
「これってどう見ても図書館じゃない?」
「あたり。ま、このくらいは間中でもわかるか」
「でもは! 余計!」

 もう、北斗くんたらひと言多いんだから!
 
「え、ええと……これでまた1個覚えられました……ね。間中さん、すごいです」
 
 控えめな音で拍手してくれた西園寺くんの優しさがじーんと心に染みた。
 アメとムチってこういうことなのかも。
 
「直球でわかりやすいものというと……これはどうかな」
 
 飛鳥くんが指さしたのは、横一直線に二本の平行線とそれを支えるような縦線のマーク。
 
「これ、神社の……ええと、鳥居だ!」
「ピンポーン! ご名答!」
 
 飛鳥くんがパチンと指を鳴らす。やった、またあたりだ!
 
「これは神社の地図記号。未央ちゃんの言う通り、鳥居がモチーフになっているんだ。また一歩前進だね」
「うんっ」
 
 こういうのばっかりならすぐに覚えられそう。
 意外と私、イケるんじゃないの〜?
 
「休んでる暇はないよ。次はこれ」
 
 淡々と北斗くんが指さしたのは、ポストに描かれたマークだ。
 
「ふっふーん、これなら簡単!郵便局!」
「あたり。じゃあこっち」
 
 あれ、ペース早いな? でも負けてられないもんね!
 北斗くんの出した問題を見てみる。
 野球のベースみたいなものの中に十字が描いてあった。
 むむ、一気に難易度が上がった……!
 
「十字……教会?」
「惜しい。じゃあヒント。教会つながりで考えてみて。白衣の天使がいるのは?」
 
 白衣の天使ってナースのことだよね。ナースがいるのは……。
 
「病院だ!」
「あたり。次、このY字は?」
「わ、Y字〜?」

 連続正解してるんだから少しくらい褒めてくれたっていいのに!
 そんな気持ちでじとりと北斗くんをにらむものの、北斗くんは気づいていないらしい。
 仕方ない。ここは私の実力でぎゃふんと言わせてみせようっと。
 気持ちを新たに記号を見る。
 Y字というか、フォークみたいな記号だ。
 
「レストラン……? じゃないよね」
「そうだね、レストランはナイフとフォークのセットだよ」
 
 東くんがレストランの地図記号を見せてくれる。うん、よく見るテーブルセットのマークだ。
 じゃあ、このY字はなんなんだろう?
 うーん、と腕組みをして首をひねる。
 日常生活でY字が必要なことって、あったっけ?
 そこで西園寺くんが、か細い声で「あのっ」と小さく手を挙げた。
 
「えっと……これは昔、使われていた道具なんです。これを使ってお仕事をしているひとたちがいました……」
「これを? 布団叩きみたいに見えるけど……」
 
 そこで、ぷっと北斗くんが噴き出した。
 
「な、なによ~。私がとんちんかんなこと言ってるのがそんなに楽しい?」
 
 そりゃ答えを知っていればこんな問題、おちゃのこさいさいだろうけど!
 だけど、北斗くんは笑いながらも首を振った。
 
「なんだかんだ言って正解に近づいてる。やるじゃん」
「正解に? 布団叩き屋さんなんてお仕事あるの?」
 
 世の中にはいろんなお仕事がある。
 ものを作る人、売る人、直す人……私の知らない仕事の方が多いだろうけど、布団叩きなんてそんなニッチな仕事は聞いたことないよ?
 布団を叩き続けて60年のベテラン……とか、私が知らないだけで実は世の中にわんさかいるのかな?
 
「そうじゃなくて……っふふ、もう、未央ちゃんたらユーモアのセンスまであるなんて最高だよ。物を叩くってのがヒントさ」
 
 北斗くんにつられて飛鳥くんまで笑ってる。
 このふたり、喧嘩もよくするけど笑いのセンスも似てるよね。
 
「物を叩く仕事? 叩かなきゃいけない仕事……」
 
 どんなシチュエーションだろう。
 叩かないと危ないとか?
 
「叩いて壊して止めるんだ。周りにどんどん広がってしまって危ないからね」
 
 そんなに必死なんだ。緊急事態だ。
 
「ん? 緊急事態?」
 
 待てよ。緊急事態ってことは通報するよね。
 広がらないように通報するもの……火事だ!
 
「火事、ってことは消防署だね!」
「正解! 未央ちゃんの推理力は抜群だね。風見中のホームズと呼ぼうか」
 
 ぱちんと指を鳴らした飛鳥くんが褒めてくれる。
 
「そんな。名探偵だなんてガラじゃないよ」
「誰も名探偵だなんて言ってないけど」
 
 ふわふわ浮き上がった気持ちが北斗くんのツッコミでずどんと落ちる。まったくもう!
 そこに東くんがぴんと人差し指を立てて「補足しておくね」と割って入る。
 
「昔は消防車がなかったから、このY字の道具……さすまたで家を叩き壊して、火が燃え広がるのを防いでいたらしいよ」
「叩いて!? ワイルドすぎない!?」
「江戸時代の話だからね。消防士というより火消しだし」
「火消し……」
 
 江戸時代って、ちょんまげを結った侍が歩いていた時代だよね。
 そんな昔のものが今でも記号として残っているのか。
 
「地理なのに歴史の授業受けてる感じがする……」
 
 素直な感想を言うと、東くんは笑った。
 
「はは、同じ社会科だからね」
 
 た、確かに? 地図を作るだけで地理も歴史も勉強できるって、ある意味でとってもお得なのかも?
 
「ふ、古いもの繋がり……警察署の地図記号もそれに近い、です」
 
 そう言って西園寺くんが指さしたのは風見警察署だ。バツ印をマルで囲んである。
 
「丸だかバツだかどっちかにしてほしい……」
「えっと……ただのバツもあって……」
 
 西園寺くんの指が別のところを指さす。そこにはただのバツ印があった。
 
「ええっ、違うの?」
「マルで囲んであるのは警察署……で、囲ってないのが交番とか派出所……です」
「建物がすごいとマルで囲んであるって覚えれば?」
 
 北斗くんのアシストに目からウロコがぽろりと落ちた。
 
「そっか! 交番は小さいしお巡りさんもひとりかふたりくらいしかいないけど、警察署は建物も大っきいし中にはたくさん人がいるよね」
 
 刑事もののドラマでよく見る、ナントカ捜査室とかで活躍する刑事さんはたいてい大きな建物の中にいるものね。
 
「そう。ちなみにこのバツは警棒なんだって」
「けいぼう?」
 
 なんだろ? お巡りさんが持ってるものってたいてい警察手帳だよね。あとパトカーの屋根に乗っける赤いランプ。
 きょとんと首を傾げると、西園寺くんはスマホをさっと操作して画面をこちらに向けてくれた。
 
「こ、これが警棒です……」
 
 見せてくれたのは昔の絵だ。お屋敷の塀の前でちょんまげの侍がふたり、怖い顔して立っている。
 その手には身長くらい長い棒を握りしめていた。
 
「これが警棒?」
「は、はい。ここは奉行所……今で言うお役所です。不審者が入ろうとしたら……この棒で止め、ます」
「あ、ガードマンみたいな?」
「そ、そうです」
 
 今でも警察署の前にはお巡りさんが立っているっけ。
 
「それにしても……こんなに長い棒を持っていたら、悪いひとも忍び込もうなんて気は起きなさそう。アピールするって大事だね」
 
 神社の狛犬みたい。怖い顔でアピールすることで悪いものを怖がらせて追い払うって聞いた。
 この長い棒なら、どこから来ても振り回すだけで悪いひとも逃げ出しそうだ。
 
「そう、アピールは大事だ。そして地図記号は文字に頼らず情報を伝えられるのがいいところでもある」
 
 先生のように重々しく言ったのは飛鳥くんだ。いつのまにか私の隣に座っている。
 ソファに足を組んだ飛鳥くんがぐいっと私の肩を抱き寄せた。
 
「ひゃっ」
「俺と未央ちゃんとの間にも言葉なんていらない……なんて、ロマンチックすぎかな?」
 
 ち、近い、近いよ!飛鳥くん!
 燃えるような瞳が至近距離で私を見つめてる。
 体を押し返そうとしても全然びくともしない。
 ど、どうしよう。北斗くん助け――。
 
「ちなみに」
 
 北斗くんの声だ。
 北斗くんの指が、地図に描かれた青い線をぐーっと上からなぞる。
 うねうねとした青い線に沿って動く指は、私と飛鳥くんの間に割り込んだ。
 
「……ちょっと?」
「この青い線、川だから」
 
 じとりとにらみつけた北斗くんのまなざしに、飛鳥くんは舌を出して降参した。
 私から離れて両手をぱっと上げる。
 た、助かった……!
 
「川だって、未央ちゃん」
「へ?」
 
 し、しまった。何も聞いてなかった!
 慌てて北斗くんの指が示すものを見る。
 青い線は川のように曲線を描いていた。見たまんまでこれまた助かる!
 
「……ええと、川に掛かってるこの記号、ひょっとして橋?」
「どれ?」
 
 私が指さしているものを見ようと北斗くんが身を乗り出す。
 わ、わわ。これも近いよ。
 でも、北斗くんは教えてくれてるだけだし……私の自意識過剰だよね。
 ドキドキしながらも、北斗くんに見やすいように地図を少し回転させる。
 川を跨いでイコールの先端が分かれている記号だ。
 
「そう。橋だよ。教えられる前に気がつくなんてやるじゃん」
 
 北斗くんが素直に褒めてくれるなんて滅多にない。それだけレアなことを私は成し遂げたのだっ!
 
「わーいっ! 知ってる地図記号が増えた!」
 
 ソファの上で小さく体が跳ねる。ゲームならレベルアップとかアイテムゲットとかの音楽が流れる場面だ。
 ふふ、ゲーム感覚で勉強がはかどるなんて、こんなに楽なことはないっ!
 
「間中さん……楽しそう、です」
 
 そう言ってくれる西園寺くんもにこにこしている。
 私の笑顔がパズルゲームみたいに連鎖してるのかな。
 
「うん、知らないことを覚えるって楽しいね。目の前が明るくなるっていうか、世界の見え方が変わる感じ?」
 
 世界は大げさかもしれないけど……でも、そう感じるこの心は嘘じゃない。
 地図記号を学んだことで、由来となる昔のことを知ったり、逆にこの建物はどんな地図記号で表すんだろう? って興味が生まれる。
 今まで通り過ぎていってたものが見えるようになっていく。
 それってなんだかとってもワクワクするんだもの!
 
「フィールドワーク、楽しみだね」
「……間中が言うなら、そうなんじゃない」
 
 つんとそっぽを向いてしまった北斗くんの頬を、飛鳥くんがつつく。
 慌てて止めようとする西園寺くんと、地図に何やら書き込んでいる東くん。
 てんでバラバラな私たちだけど……きっとうまく行く気がする。ううん、うまく行かせるのだ!