【長編版】おしえて方角男子!方向オンチの明日はどっち!?

 ある日の学年集会でのことだ。
 講堂に集まったみんなの前に、社会科の先生が立った。
 
「さて、今年度の社会科では大規模なフィールドワークに挑戦してもらいます!」
 
 フィールドワーク?
 それってなんだろう。
 突然そう言われても、何をすればいいんだかよくわからない。
 他の子は知ってるのかな?
 きょろきょろと周りを見渡していると、私と同じで知らないみたいだ。近くの子とひそひそ話している子が多い。
 隣の佳奈ちゃんをちらりと見る。
 
「フィールドワークって、この学校でよくやるの?」
「ううん……はじめて聞く。研究? って意味らしいけど」
「研究? なんか大学生みたい。レポートとか出すのかな。ちょっとかっこいいかも!」
 
 内容がわからないのにうきうきしてしまう。響きだけで大人な感じがするんだもの。
 すると先生がぱんぱんと手を叩いた。
 
「はいはい、おしゃべりはそこまで! 詳しく説明します。フィールドワークとは、教室だけで勉強するのではなくて、実際に調査する対象を観察したりインタビューしたりして、自分の五感で体験したことをまとめることです」
 
 その説明に、一部からはめんどくさいーとかよくわかんないーとか聞こえてきていたけど、私はそうは思わなかった。
 面白そうかも!
 たとえば、お花について調べる時に教科書だけでおしべやめしべについて覚えるんじゃなくて、直接お花を見て、触って確認するってことだよね。
 暗記は苦手だけど、このやり方なら楽しく覚えられそうだ。
 じゃあ、何について調べるのかな?
 先生はみんなの反応を順番に見ながら口を開く。
 
「テーマは自由! ただし、範囲は学校付近の半径5kmまで。5人1組のチームを作って調査してください」

 またどよめきが上がった。
 
 じ、自由!? いちばん難しいやつだ。
 夏休みの自由研究でも、自由だからこそ何をやるのか決めるところから大変なんだもの。
 うーん、ここは一緒にチームを組む子と、知恵を出し合って乗り切るしかなさそう。
 5人1組か……。
 真っ先に思い浮かんだのは、羅針盤のみんな。彼ら4人に私を入れれば5人だ。
 でも、同じクラスなのは北斗くんだけ。
 北斗くんは、女子とはあんまり話さないタイプだからなあ……いつもみたいに佳奈ちゃんやこころちゃんと組もうかな。
 いろいろと作戦を練っていると、誰かが挙手をした。
 
「質問でーす。さっき、大規模って言ってましたけど、何が大規模なんですか?」
 
 そうだった。よく覚えてるなあ。
 感心していると、先生が答える。
 
「それは今日のこの場が答えです。普通はクラスごとに行う授業ですが、今回に限り、クラスの垣根を取り払って、学年全体で取り組むことになりました!」
「えっ」
 
 それって、もしかして!
 
「いつも組むひと以外とも交流して、新しいことに挑戦してみましょう。まずは5人1組のグループを作ってください。決まったらリーダーがこの用紙にメンバーの名前を書いて、提出してください」
 
 先生が用紙をひらひらと振っているけど、もうみんなはそれどころじゃなかった。
 違うクラスの仲良しを探して組みに行ったり、声をかけあったりしている。
 体育の授業で2人1組になるのとは違うから、メンバーを決めるまでが時間かかりそうだ。
 
 そうと決まったらどうしよう。
 クラスの垣根を超えた5人1組か。
 それなら……。
 男子の列から北斗くんを探す。声をかけようとした私より一瞬早く、北斗くんがくるりと振り向いた。

「間中。俺らと組もう」
「えっ、俺らって……」
 
 北斗くんの答えが同じものでありますように!
 そんな思いで聞いてみると、北斗くんは何を今更といった風に頷いた。
 
「羅針盤に決まってるでしょ」
 
 北斗くんって、もしかしてエスパー!?
 私とまったく同じこと考えてたなんて!
 
「い、いいの? 私、お邪魔虫じゃない?」
「いいから誘ってる。それに、間中が邪魔なんて思うわけないだろ」
 
 真っ直ぐな目で伝えてくれた北斗くんに、胸がいっぱいになる。
 うわあ、どうしよう、嬉しい……!
 
「ほら、その代表があそこにいる」
 
 北斗くんが隣のクラスの列に顔を向ける。
 つられて見てみると、飛鳥くんが大きく腕を振っていた。
 
「みーおちゃん! オレと組も〜!」
「飛鳥くん!」
 
 大声で名前を呼ばれるのは恥ずかしいけど、でも何だか嬉しくもある。
 くすぐったい気持ちが、胸の奥でぴょこぴょこ飛び跳ねてる。
 小さく手を振り返すと、投げキッスが送られてきた。
 広範囲ファンサに、周りの女子が黄色い悲鳴をあげて倒れていく。
 か、過激だなあ、飛鳥くん。
 
「あれ、黙らせるためにも間中は参加必須だから。いいよね」
「う、うん!?」
 
 戸惑いながらも頷くと、北斗くんは飛鳥くんの投げキッス第2弾を丸めてポイしていた。
 さすが北斗くん、扱いが慣れていて雑だ。
 もうみんながクラスの列から離れて自由に移動していたので、ふたりして飛鳥くんのところへ移動する。
 
 ……知ってるよ。
 わざとぶっきらぼうに「参加必須」なんて強引に私を連れていってるけど、これって北斗くんの照れ隠しだよね。
 私がひとりにならないように、気を使ってくれてるんだよね。
 
 北斗くんたら、やっぱり優しいんだから!
 
 講堂は一気にごった返していた。
 みんな、それぞれグループを作るために大騒ぎだ。私たちみたいにあっさり決まるのは少数派みたい。

「未央ちゃーん、会いたかった!」
「きゃあっ」
 
 人の波をかきわけてやってきた飛鳥くんにいきなり抱きしめられる。もう、スキンシップ好きなんだから!
 
「おいおい、時と場所を選びたまえよ」
「あ、飛鳥くんは情熱的ですから……あ、あはは」
 
 呆れ顔の東くんと西園寺くんも合流して、これで5人組の結成だ。
 
「クラスが離れているのに、こうして未央ちゃんと組んで勉強できるなんて、夢みたいだよ。未央ちゃんはオレの幸運の女神様なんだね」
「い、いや、神様はこれを決めた先生だと思うんだけど……」
 
 私が先生に頼んで決めてもらったわけではないのに。
 そう言ったのに、飛鳥くんは納得してくれないみたい。
 
「まったく、つくづく未央ちゃんは謙虚だ。ますます女神様にふさわしい。あ、それともエンジェルの方がいいかな?」
「ふ、普通の人間でお願い!」
 
 危ない危ない。このまま飛鳥くんの流れにまかせていたら、私ったら羽が生えてどこかに飛んでいってしまいそう。
 ん? 待てよ。そうしたら空から道を見下ろせるから、迷わなくなるかも! それなら翼の1枚や2枚、あったほうが便利かもしれない。
 
「またバカなこと考えてるでしょ」
 
 ぽこんと生徒手帳の表紙で肩を叩かれる。こんなことしてくるのはもちろん北斗くんだ。
 
「もう! せっかく迷子脱出の1歩になる名案が浮かんだのに」
「迷子になるたびに空を飛んでたら、いつか飛行機とぶつかるよ」
「な、なんでわかったの!? やっぱり北斗くんはエスパーなの!?」
「顔に出てる。飛行機にぶつかるたびに間中を回収するのもめんどくさいから、おとなしく俺に地上で誘導されてて」
 
 そう言って北斗くんは生徒手帳を胸ポケットにしまう。そして私を後ろから抱き込んだ。

「えっ……!?」

 ほ、北斗くんまでこんなことするなんて!?
 どういう風の吹き回し!?
 
「おい、未央ちゃんを離せよ」
「そっちが離せば?」
 
 口を尖らせる飛鳥くんと、クールに見据える北斗くん。
 その間に挟まれた私……というこの状況。なぜ!?
 
「おやおや、これは大変だ」
 
 東くんが眉を八の字にしている。困った顔してないで助けて!
 
「な、なんだか注目されてませんか……?」
 
 西園寺くんがおどおどと見渡しているのにつられて周りを見てみると、男子も女子も、なんとなくこっちを見ている。
 
「三角関係?」
「あれ、生徒会チームだよな」
「真ん中の子、誰だろう?」
「きゃああっ、イケメンに取り合われてうらやましーい!」
 
 わっわっ、みんなグループ結成に戻って! 私たちのために話し合いを中断させないで!
 そんな思いも露知らず、私たちを取り囲むひそひそ話のボリュームは大きくなっていく。

「あたし、南雲くん派!」
「お子様ねえ、北斗くんの魅力に気づかないなんて」
「なんですってえ!? そっちこそ南雲くんの何がわかるっていうのよ!」

 うわわ、一部の女子の間で大変なことになってる。
 推しは布教するもの。争う種じゃないよ!
 こういう時にぴったりのセリフといえば「私のために争わないでーっ!」だよね。
 人生で一度は言ってみたいセリフだけど、残念なことに今はそれどころじゃないのだ。

「あ、飛鳥くん、北斗くん! そろそろ話し合いに戻ろ……?」
 
 私を後ろから抱きしめてる北斗くんの腕と、私の手を握ったままの飛鳥くんの手をぺちぺちと叩いてふたりを見上げる。
 するとふたりは――なぜか、顔を赤くしていた。
 
「……っ、未央ちゃん、上目遣い反則っ」
「ちょっと待って、勘弁して……」
 
 ふたりの気が逸れてようやく解放される。そこに、西園寺くんがとととっと割って入って助けてくれた。
 
「間中さん、こっちです」
 
 手招きされて西園寺くんの後ろに回り込む。
 こうして見ると、西園寺くんたら私よりちょっと背が高いだけなのにたくましい背中をしていた。やっぱり男の子なんだ。
 
「ありがとう、西園寺くん」
「い、いえ……あの、ボク、その……あのふたりよりは背が低いし、声も小さいですけど……」
 
 ん? 西園寺くん、なにやらモジモジしている。
 声がどんどん小さくなっていって聞き取れなくなってきたので、耳に手を添えて顔を寄せた。
 
「なあに?」
「……わあっ!」
 
 そこで西園寺くんの言葉が止まってしまった。
 どうしたんだろう?
 首を傾げた時に私と西園寺くんの髪の毛が重なりあう。
 
「う、わ」
「ひゃあ」
 
 ち、近い!  髪が触れるくらい近くってことは、顔も触れる寸前じゃない!
 お互いそっくり返って離れたところで、東くんがにっこり笑顔に青筋マークを浮かべていた。

 「そろそろ話し合いする気、起きたかい?」
 
 ついでに北斗くんと飛鳥くんもジト目でこっちを見ている。
 
「な、なによっ! 私、何かした!?」
 
 そうほっぺを膨らませるも、西園寺くんが耳までリンゴ色に染まっている。
 うーん、これは私が何かしでかしたってこと?
 西園寺くんとの距離の近さを思い出す。
 した……したか。そうだね……。反省します。
 
「はいはい、そろそろ本題に入るよ」
 
 東くんがぱんぱんと軽く手を叩く。
 すると、私たちはもちろんだけど、こちらを興味しんしんで見つめていた子たちまでもがそれぞれのグループでまとまり始めた。
 
「す、すごい。これが生徒会長の力!」
「お褒めに預かり光栄だね。そんな褒め上手の間中さん、何かフィールドワークでやってみたいこと、知りたいことはあるかな?」
 
 わ、単刀直入だ。
 
「え、ええと……」
 
 どうしよう。そう言われてもすぐには思いつかないよ。
 頬に指をあてて瞬きを何度も繰り返しながら、頭の中を高速スピンさせて考える。
 遊園地のコーヒーカップなら吹き飛ばされそうだ。
 ええと、そうだ。自分だけで考えていても答えが出ない時は周りに耳を傾けてみよう。迷子になった時によく使う手だ。
 
 きょろきょろと見渡してみると……あ!
 こころちゃんがいた。
 もう5人グループは組めたみたいで、話し合いをしている。
 私が見ているのに気づいたのか、こころちゃんと目が合った。手を振ってこちらに来てくれる。
 
「こころちゃんのグループは何をするの?」
 
 すると、こころちゃんは両手で口を隠して「うっふふ」とほほえんだ。どことなく影のある笑い方だ。
 
「実はね、マンガのネタ探しがてら、風見市の七不思議について調べるつもりなの」
「え、えええ、七不思議!?」
 
 それって怖いやつじゃん!
 ひょええと固まっていると、こころちゃんの隣にいた女子が、メガネをかちゃっとあげて胸を張る。
 
「いいえ、七不思議なんて少なすぎるわ。野望は大きく百物語よ!」
「ひゃ、百物語!?」
 
 一気に増えた!
 
「それはいいわ! 少女よ、野望を抱け! ねえ、間中さんも不思議な話を小耳に挟んだらぜひ教えてねっ」
「ひゃ、ひゃい……」

 こころちゃんたちの背後に恐ろしいオーラが立ち上っていた気がする。あれがはじけて百物語になるんだ、きっと。
 
「が、がんばってねっ!」
 
 ゆらゆら揺れるおどろおどろしいオーラに飛び上がり、羅針盤に逃げ帰る。
 東くんも一部始終を見ていたらしく、顔が引きつっていた。心なしかメガネがずれてる。

「すさまじいな、彼女たち」
「う、うん。なんていうか……濃い」
 
 テーマはともかく、興味のあることについて深掘りするのは楽しそうだ。
 他にも耳をすませてみると、史跡めぐりをする声や、風見市の花について調べるグループもいるみたい。
 
「まずはみんなが興味のあることを出し合って、その共通点を探ってみない?」
「ああ、それは有効な手だ」
「北斗くんは何について知りたい?」
「俺は……」
 
 北斗くんはそこで考え込むそぶりを見せた。そして何か決めたようにうなずくと、じっと私を見てくる。
 
「……ええと?」
 
 何かしゃべって。そんな思いで北斗くんを見つめ返す。
 これじゃわけもわからず見つめあってて間が持たない。
 にらめっこしてるみたいになって、笑う前にリタイアして他の子を見た。
 
 ……ん?
 あれ。飛鳥くんも西園寺くんも、そして東くんも……私を見てる。どうしたっていうの?
 
「な、何かな? 知りたいこと、決まった?」
 
 順番にみんなを見上げる。
 すると、飛鳥くんがにっこり笑って髪をふぁさりとかきあげた。
 
「そりゃあ、未央ちゃんについてもっと知りたいに決まってるよね」
「も、もう! 飛鳥くんたら冗談ばっかり……ねえ、西園寺くん」
 
 西園寺くんなら、いつもみたいにちょこんと頷いてくれるはず。
 だけど、西園寺くんはじーっと私を見つめるままだ。
 
「ボ、ボクも……間中さんのこと、知りたい、です」
 
 語尾まではっきりと聞こえた。
 いつもふにゃりと消え去りそうな声が、心なしか凛と響く。
 
「さ、西園寺くん……」
 
 びっくりしているのは、私だけじゃなかったみたい。
 
「す、すごいな夕輝。最近ぐいぐいいくじゃないか。まるで別人だよ」
 
 東くんが目を丸くしていた。
 
「うんうん。それに最近、なんだか明るくなったよね」
 
 飛鳥くんも腕を組んでお兄さんみたいに頷いている。

「口数も増えた。コミュニケーションが取りやすくなって、いい傾向なんじゃない?」
 
 ……それ、確かに褒め言葉だけど、北斗くんには言われたくないだろうな!?
 代わる代わる褒められてちょっと慌てていた西園寺くんだけど、ふるふると首を振って前を向く。
 
「ま、間中さんも……ボクの変化、いいと思います、か?」
「う、うん! もちろん! 話しやすくなって嬉しいな」

 出会った頃のソーシャルディスタンス全開な西園寺くんを思い出す。あの頃は仲良くなれるか不安だったものね。
 
「良かったあ……」
 
 ふわりと西園寺くんが笑う。
 思わず抱きしめたくなる笑顔だ。
 女子なら抱きしめてる。うん。絶対。
 
「間中さんとたくさんお喋りしたくて……頑張ってます」
「……えっ」
 
 な、なんて健気なことを……っ!
 きゅううんと胸が痛いくらいにときめく。
 笑顔だけでも可愛いのに、そんなに健気なことまで言われたらたまらない。
 今の西園寺くん、漫画みたいに背景にきれいな花がぶわぁっと満開になってるって!
 抱きしめたい気持ちをめいっぱい抑えて、握手にとどめた私を誰か表彰してほしい。
 
「うん、うんっ! いっぱいお話しようねえっ」
「え、えへへ……」
 
 握手しながらぶんぶん上下に手を揺らしていると、飛鳥くんが肘を北斗くんの肩にもたせかけていた。
 
「どうする? 思わぬライバル参戦ってやつ?」
「別にどうもしないけど」
「まったまたあ。実は焦ってんじゃないのか? これはうかうかしてられないな……って」
「まさか。俺は俺のままでいくけどね」
 
 馴れ馴れしい飛鳥くんに対して、北斗くんはいつものクールっぷりを乱さない。
 話してることはよくわからないけど、なんだかんだ言いつつ仲良いよね、あのふたり。
 私まで思考が完璧に脱線していたところで、東くんがおっほんと大げさに咳払いをした。
 
「きみたちが間中さんについて知りたいのはよーくわかった。次は彼女の番だよ。間中さん、何か調べたいこと、やってみたいことはあるかな」
「えっ、ええと……」
 
 しまった。こころちゃんたちの百物語がインパクトありすぎて、自分の意見が吹っ飛んでしまった。
 何か案を出さないと!
 
「……ま、真面目だねえ、東くん」
 
 考える時間を引き伸ばすために、当たり障りのないことを言ってお茶を濁す。
 すると東くんはそれもお見通しらしく、顎に手を当ててくすりと笑った。
 
「生徒会長だしね。皆のお手本になれるように心がけているさ。生徒会長が授業を真面目に受けていないようじゃ、示しがつかないだろ?」
「すごい……」
「すごくなんてないよ。生徒会長として当然のことさ」
 
 自分を律する、ってやつかな。これが生徒会長としての責任を全うすることなんだ……!
 東くん、かっこよすぎる。
 
「で、でもすごいよ。尊敬する。自分で決めたことをちゃんと最後までやり遂げるって大変だもの」
 
 三日坊主なんて言葉があるように、続けていくことって難しくて大変だ。
 自分の中だけで決めたことでもすごいのに、みんなから見られる立場の生徒会長としてがんばるなんて……東くんのほうこそ表彰されるべきだよね。
 
「そうかい? ありがとう」
 
 上品にお礼を言うと、東くんが内緒話でもするように顔を近づけてきた。
 
「ここからは生徒会長としてじゃなくて、僕個人の希望なんだけど」
「う、うん」
 
 そうだ。まだ東くんの希望を聞いてなかった。
 顔が近いのはちょっと恥ずかしいけど、グループメンバーの意見を聞くのは大切なことだから、恥ずかしいのを我慢してそのまま耳を傾ける。
 
「僕としては……間中さんのヒミツ、丸ごと暴きたいかな」
 
 ……え。
 …………え。
 
「…………ええええっ!?」
 
 大きな声出してごめん。恥ずかしさの上限突破。
 真面目な生徒会長の顔の下で、こ、こんなハレンチなことをっっ!?
 私のヒミツを暴きたい……って、私のヒミツってなんだろう?
 寝相がなかなかに豪快だからお腹が冷えないように腹巻して寝てることとか、春菊が嫌いで食べられないとか、そういうこと!?
 そんなのを暴きたいの、東くんっ!?
 東くんは私がうろたえてるのが面白いのか、にこにこしている。侮れない……!
 そして、うろたえてるのは私だけじゃなかった。
 
「お、おい、ここにきて東が本気出してきたぞ!?」
「ゆ、優等生のギャップ萌えってポイント高いです。ボクらも頑張らないと……」
「…………ちょっと、本気出すかも」
 
 あ、北斗くんがたじろいでる。
 そして飛鳥くんと西園寺くんが、手と手を取り合って膝をかたかた震わせてる。
 どうしよう。なんか面白い。
 生徒会メンバーは、羅針盤なんて呼ばれて他の生徒や先生から一目置かれてるけど、こういうところは年相応で可愛いよね。
 そもそも、苗字に東西南北がついてるからそう呼ばれてるだけ、なんて北斗くんは話していたっけ。
 そうだよね、私と同じ普通の中学生だもんね。
 
 羅針盤か……。
 そこで、生徒会室に貼られていた大きな地図が浮かんだ。
 ……そうだ!
 
「私、地図を作りたい!」
 
 ぱあっと頭の中のモヤが晴れたみたいに、やりたいことが目の前に飛び込んできた。
 そうだ、はじめから答えはずっと目の前にあったんだ。
 だって、私も風見中生徒会メンバー……羅針盤の一員なんだもの!
 東西南北を担当する男子4人に、真ん中の女子ひとり。
 これって私たちが地図みたいなものじゃない?
 そうだ、うん、きっとそう!
 
「へえ、面白そうじゃん」

 男子4人は私の唐突すぎるアイディアにびっくりしたみたいだけど、なんだか目がキラキラしてきてもいる。
 
「どんな地図にするか、決まってるの?」
「どんな……って?」
「漠然と地図を作っても、その辺にある道案内の看板と同じになってしまうだろ? たとえばパンやスイーツのおいしいお店を紹介する地図、とか」
「災害があった時のために避難所や危ない場所を教える防災地図、なんてものもある」
「なるほど……」
「せっかくだから、オリジナリティを出したいよね。未央ちゃんならではの地図、なんてどう?」
 
 私ならではの地図?
 私の個性……ううんと、それってどういう……。
 うーんと唸って顔をあげる。北斗くんと目が合った。
 そうだ、はじめての風見市駅で地図が読めなくて泣きそうになっていた時、北斗くんが来てくれた。
 北斗くんは、地図以上に私の導き手だった。
 そんな私が作る地図。それは……。
 
「私みたいに……初めて風見市に来たひとのために、目印とかがいっぱいあってわかりやすい地図がいいな」
 
 そうだ。あの時だって、たとえばポストを右へ曲がる――みたいに、何か目印があれば自信を持って道を歩けた。
 100m直進って書かれていても、メジャーなんて持ってない私にはどのくらいの距離かもわからない。
 もしそれをお店や信号、自販機とかに置き換えられたら、きっとわかりやすくなるはず!
 
「私、今までの迷子の経験をぜーんぶ思い出してそれを解消する地図を作りたい! 過去の自分が欲しかったものを作れば、未来の私の――ううん、未来のみんなの役に立つかも!」
 
 私みたいに地図とにらめっこしてあっちこっちになる人をひとりでも減らせたら……それって幸せなことだよね。
 私の欠点が巡り巡って誰かのためになるなんて、これってすごいことじゃない?
 あ、どうしよう。色々アイディアが出てきて止まらない。世界がきらきら輝いて見える。
 頬が熱い。喉が渇いてる。
 でも、この情熱を止めたくない〜っ!
 無意味にその場でじたばた足踏みをしてしまう。
 
「お、落ち着いてください……!」
 
 西園寺くんがわたわたしてる。いけないいけない、冷静にならなきゃね。
 ふーう、と深呼吸して体の中の熱を冷ます。
 よし、これで大丈夫…………たぶん!
 
「オーバーヒートは落ち着いたかな?」
 
 東くんがふふっと笑う。子どもっぽいところを見られたみたいでちょっと恥ずかしい。
 
「う、うん……ごめんね、はしゃいじゃって」
「そんなことないさ。目がキラキラしていて愛らしかったよ」
「う、わ」
 
 な、なんか東くんキャラ変してない!?
 
「朝日ー、そういう口説き文句はオレの担当だろ」
「別に飛鳥の専売特許じゃないし、僕だっていいだろ? それに、間中さんは嫌がってないみたいだし」
 
 ね? と話を振られる。ここで頷いていいものか悪いものかわからない。
 あうう、と困った顔で北斗くんを見ると、やれやれと大袈裟にため息をつかれた。
 
「迷子のエキスパートが地図を作るなんて、すごいことになりそうだけど……前途多難かな」
「が、がんばるもの! 自分で地図を作れば迷わなくなるかもしれないし!」
 
 そうだ、私は未来の可能性にかける……!
 ぐっと握りこぶしを作ってアピールしたものの、北斗くんはいつものクールさを崩さなかった。
 
「ま、お手並み拝見といこうか」
「そこは頷くところでしょ、北斗くん!」
 
 すかさず突っ込んだ私に北斗くんはつんと目をそらす。
 東くんが苦笑する。
 西園寺くんが困ったようにちょっとはにかむ。
 そんな私たちを飛鳥くんがけらけらと笑い飛ばした。
 うーん、前進あるのみだ!