【長編版】おしえて方角男子!方向オンチの明日はどっち!?

 そんなドタバタな初日が終わった夕方。
 私は北斗くんに連れられて生徒会室にやってきていた。
 生徒会室。
 マンガとかだと、選ばれしエリートさんたちの集まる特別な教室だ。
 敏腕生徒会長が好き勝手やってたり、学園のお悩みを解決する何でも屋さんだったり……。
 そんなところ、一生縁がないと思ってた。
 
「お邪魔します!」
 
 北斗くんに手を引かれて一歩中へ。
 まっさきに飛び込んできたのは、壁に貼られた大きな地図だった。
 
「わ……!」
 
 世界地図でも日本地図でもない。たぶん、この風見市の地図だ。
 記号や文字がたくさん書き込まれてる。
 その中でもひときわ目立つのは、右上に大きく書かれた十字マークだった。
 数字の4に棒線を足したみたいな記号。
 これって確か地図につきものの――。
 
「ようこそ、我らが生徒会室へ。改めて、生徒会長の東だよ」
「いらっしゃいませ……です。副会長、西園寺……です」

 生徒会長の東くんと副会長の西園寺くんがそろって歓迎してくれた。

「あー、待って。書記はオレ、南雲飛鳥ね」
「一応、会計。北斗雪弥」

 それに加わったのは飛鳥くんと北斗くんだ。
 このふたり、結構負けず嫌いなのかな?
 ふふっと笑ってしまう。

「じゃあ私も改めて。新しく羅針盤に入りました、間中未央です。よろしくお願いします」

 ぱちぱちと拍手で迎えられてちょっと恥ずかしい。
 
「そんな間中さんにプレゼント。これはメンバーの証、腕章だよ」
 
 東くんに渡されたのは、彼ら4人が身に着けているものと同じ腕章だった。

「わあっ」

 さっそく着けてみる。なんだか、さっきまでとは違う自分になったみたい!

「未央ちゃん、似合ってるよ」
「ひとまず、間中さんの仕事は学校に慣れること。わからないことはなんでも聞いてくれたまえ」
「わかりましたっ!」
 
 びしっと敬礼で答える。
 なりゆきで入った生徒会だけど、やるからにはきちんとしないとね!
 
「さて、初日でいろいろ疲れているだろうけど、軽く校内を案内しようと思ってね」
「わ、ありがとう! 移動教室とかたくさんあるみたいだから、どうしようかと思ってたの」

 東くんってほんとに頼りになるなあ。これが生徒会長の実力ってやつなのかな?

「ああ~、オレが未央ちゃんと同じクラスならつきっきりで案内してあげられたのに……神様ってイジワルだよ」

 よよよ、と俳優さんのように演技しながら嘆いているのは飛鳥くんだ。
 そんな飛鳥くんは隣の2組なんだって。

「おい、雪弥。こうなったらお前が責任もって未央ちゃんを迷子から守るんだぞ! 命を賭して!」
「い、命を!? 大げさすぎるよ! どうしてそんなにスケールの大きな話になるかなあ!?」
「そりゃ、校門から昇降口までの距離で迷子になりかけたらそうなるでしょ」
 
 北斗くんがズバッと正論を突いてきた。うっ、耳が痛い。
 
「あ……あの」

 そこで小さく挙手したのは西園寺くんだ。消え入りそうな声を聞きのがさないように、自然と全員が押し黙る。

「案内……行きましょう。間中さん、疲れているだろうし……」

 さ、西園寺くん、いい子すぎ……!
 
「夕輝の言うとおりだ。さ、出発しよう」

 そうして、私たちは校内ツアーに出発したのであった。


 まあ、学校なんてどこも同じだよね……とか思ってた過去の自分に言ってやりたい。
 全っ然ちがうって!
 
 この風見中学校はこういう普通のクラスがある学級棟と、家庭科室とか音楽室とか、特別教室がある特別教室棟に分かれてる。
 ふたつの棟は十字を書くように組み合わさっているんだって。

「生徒会室はふたつの棟が重なる中央にあるんだ。まずは特別教室棟に行こう。音楽室なんてどう? オレの演奏を聞かせてあげる」
 
 飛鳥くんが自信満々にくるくると人さし指を動かす。さながら指揮者みたいだ。

「待って。ここからなら家庭科室のほうが近いよ」
 
 北斗くんがぴらっと見せたのは学校案内のパンフレットだ。
 渡された校内地図を見てみる。
 
「ええと……」
 
 指で地図を追って家庭科室を探す。
 
「ここだよ」
 
 北斗くんの指が家庭科室を指さす。あ、確かにここから近い。
 
「ほんとだ。ありがと……ってわあ!?」
 
 お礼を言おうとしてびっくりした。か、顔が近い!
 同じ地図をのぞきこんでたら当たり前だけど……ほっぺたが当たりそうな距離なんて、どきどきが止まらないよ!
 
「っお、驚きすぎだし」
 
 クールに口をとがらせる北斗くんだけど、私のどきどきが移ったのか顔が真っ赤だ。
 
「はいはい、おふたりさん。まずは家庭科室ってことでいいかい?」
 
 やれやれとため息をついた飛鳥くんがいなかったら、私たちはずっとここで真っ赤になったまま立ち尽くしていたに違いない。
 
 それからは、前に東くんと西園寺くん。私の隣に飛鳥くん。
 そして3人分くらいの距離を開けて北斗くんが歩くという、ちぐはぐな列で廊下を歩くことになった。
 それぞれの立ち位置が変われども、私の包囲網ができていることに変わりないのが泣けてくる。
 うう、不甲斐ないわが身よ……!
 
「うちの家庭科室は、最新式のオーブンレンジがそろっているんだ。調理実習ではクッキーやマフィンといったお菓子から、グラタンのように手が込んだものも作るんだよ」
「へえ、おいしそう!」
 
 東くんが案内してくれた家庭科室は、ぴかぴかの床に曇りひとつないシンクが並んでいた。まるで鏡みたいに輝いている!
 
「間中さんは、お料理はするのかい?」
「うーんと……」
 
 お母さんとキッチンに立つ時のことを思い出す。
 共働きだから自分でお弁当を作ることもあるけど、いろいろ焦がしたり落っことしたりするほうが多いんだよね……。
 
「食べる方が得意? かも」
 
 正直に言うと、東くんはふふっと口に手を添えて笑った。
 
「おいしく食べられるのは、いいことだね」
 
 お、大人だ……! これが生徒会長の余裕ってやつなのかな?
 
 次に来たのは美術室だ。
 
「ここは美術室……です。今は授業で自画像を描いているので、後ろには描きかけのキャンバスが並んで……ます」
 
 ずらりと並んだ自画像の数々に圧倒される。そっと作品を見てみると、見覚えのある顔がこっちを見つめていた。
 
「え、これ……」
 
 西園寺くんを見る。絵と交互に見てみるとそっくりだ。
 西園寺くんは、恥ずかしそうに微笑んで頷いた。
 
「西園寺くんの作品なの? すごい!」
「そ、そんなことないです……」
 
 西園寺くんはふるふると首を横に振る。
 
「こんなに描けるようになるまでたくさん練習したんだね。その成果が出るってすごいと思う」
 
 感動したままに感想を伝えると、西園寺くんはぱちくりと目を丸くした。
 
「え……」
「だって私、どんなに地図を見ても、方向オンチは治らないまんまだもの。どのくらい迷えば私も地図が読めるようになるかなあ」
「そ、それは……たくさん?」
「そっか……」
 
 だよね。西園寺くんだって1枚や2枚描いたからうまくなったわけじゃないだろうし。こういうのって毎日の積み重ねだよね。
 迷った実績だったら私も負けてないと思うんだけどなあ……。
 しょぼんと肩を落とす私に、そっと西園寺くんが近づいてきた。
 
「で、でも。迷った経験は、無駄にならないと思い……ます。その積み重ねがあるから、迷ったことに気づける……ので」
 
 今度は私がきょとんとする番だった。
 そっか。西園寺くんの絵と同じか。
 目的地と真逆の方向に進んでいったのを気づけるようになったのも、過去に似たような経験があったからだ。
 そう考えれば、数々の方向オンチ伝説も無駄じゃないのかも。
 
「す、すみませんっ、ボク、的外れなことを……」

 近づいてきた時の3倍以上のスピードで西園寺くんが遠ざかっていく。慌てて首を振った。
 
「ううん! ありがとう。元気が出たよ」
 
 力こぶを作ってガッツポーズ。そのポーズでお礼を言えば、西園寺くんも真似してくれた。うっ、かわいい。
 
「み、見たまえ諸君。夕輝が、ガッツポーズを……!?」
「ひゃー、あの内気な西園寺のお坊ちゃんがアクティブなことをっ」
「……レアすぎでしょ」
 
 私たちの様子を見ていた3人が、顔を何やら寄せあって感激しているみたい。
 もしかして私、SSR引いちゃった?

 
 次に案内されたのは音楽室だ。
 おなじみのベートーヴェンやシューベルトの肖像画がずらりと並んでいる。
 
「さてと、次はオレのいいところ、見せたいよね」
 
 軽やかに音楽室の中を進んだ飛鳥くんが、ロッカーから取り出したのはヴァイオリン。
 姿勢よく構える姿は王子様みたい。
 
「えっ、飛鳥くん、ヴァイオリン弾けるの?」
 
 私が聞くと、飛鳥くんは人差し指をぴんと立てて唇に寄せた。
 静かに、の合図だ。
 ぱっと口を手で塞ぐ。すると飛鳥くんはありがとうと言わんばかりにウィンクしてみせた。
 うっ、カッコよすぎる。
 
「またキザなことを……」
 
 はあ、と北斗くんのため息が聞こえる。やっぱり飛鳥くんのこういう仕草ってあるあるなのね。
 そんなため息をかき消すように、飛鳥くんはすっとヴァイオリンのボウを引いた。
 芯の通った音が響く。
 
「うわあ……」
 
 弦楽器の凛とした音色。
 なのにどこかいたずらっぽく聞こえるのは、飛鳥くんが弾いているからだろうか。
 軽くさわりだけ弾いた飛鳥くんがぺこりとお辞儀をする。私は拍手が止まらなかった。
 
「すごい……! すごいよ飛鳥くん!」
「だろう?」
 
 ここで「そんなことないよ」と言わないのが飛鳥くんらしいのかな。
 素直に褒め言葉を受け取るのって、勇気がないとできない気がする。
 
「未央ちゃんに褒められると気持ちいいね。オレの演奏、好き?」
「うん!」
「じゃあ俺のことは好き?」
「う……ん!?」
「ちょっ」
 
 頷く直前で北斗くんががたっと身を乗り出してくれた。おかげで我に返ったわけなのだけど……。
 
「もう! 飛鳥くんたらまたからかって!」
「からかってなんてないさ。とってもマジメな気持ちで質問しただけだよ? ほら、オレの目を見て」
 
 飛鳥くんはじーっと私を見つめてくる。
 うーん……私が名探偵なら目を見ただけで嘘かどうかわかるんだろうけど、残念ながら私は普通の中学生だ。
 じっと飛鳥くんの目を見つめ返す。
 明るいオレンジ色にみえるのは光の加減かな。飛鳥くんにはよく似合ってる。
 だんだんにらめっこしてる気分になってきた。待て待て、初対面のひとに……しかも男子に変顔を見せるわけにはいかないってば!
 
「……ねえ、いつまでやってんの」
 
 北斗くんのツッコミと共に目の前が何かに覆われる。さらっとした布の感触。これは……ハンカチ?

「ちぇ、未央ちゃんと見つめあえるチャンスだったのに」
 
 飛鳥くんの声が遠ざかる。それと合わせて布も取れた。
 顔からすべりおちた布は、やっぱりハンカチだ。深緑色のシンプルなハンカチだけど……これって北斗くんのもの?
 
「ぷはぁっ、ほ、北斗くん!?」
「ほら、次に行くよ。ここにリサイタルを聞きに来たんじゃないだろ?」
 
 つんと顎をあげた北斗くんが音楽室を出ていく。
 
「あ、待ってよ」
 
 早足で追いかけると、北斗くんは立ち止まってちらりとこちらを見た。
 
「は、ハンカチ……これ、北斗くんの? 返すよ」
「あげるよ」
「えっ」
 
 それ以上私が言う前に、北斗くんはスタスタと歩いて行ってしまった。
 
「まったく、今日も雪弥は絶好調だな。未央ちゃん、あれがアイツの通常運転だから気にしないようにね」
「う、うん?」
「そうそう。素直になれなくて意地張っちゃうタイプなんだよ。そこがかわいいんだけどねー」
 
 飛鳥くんが口笛を吹くと、西園寺くんがあわてて顔の前で手をブンブン振った。
 
「き、聞こえちゃいます……!」
 
 そこで前を歩いていた北斗くんは、ぴたりと止まって振り向いた。
 
「もう聞こえてる」
 
 あちゃー、そうだよねえ。
 
「行くよ」
「……うんっ」
 
 たたたと小走りで北斗くんに駆け寄る。隣を歩くと、なんだか空気が和らいだ気がした。

 そのあと、いくつかの特別教室を見てから外に出た。

「プールは温水で、一年中入れる。水深が浅めと深めに分かれているから、実力に合わせて入るんだ。水泳部以外でも使えるから、興味があるなら行ってみて」
「北斗くんは、泳げる?」
「まあ、人並みには」
 
 こ、この答えは! きっと50mくらいスイスイ泳げる人の発言だ。いいなあ。
 
「……間中は?」
「私? 私は25mがやっと……ううん、その前に足が着いちゃって……って!」
 
 答えながらとある重要なことに気がついて、はっと目を見開いた。
 私の並々ならぬ様子に北斗くんもぎよっとする。
 
「え、なに。なんか変なこと聞いた?」
「北斗くん!」
 
 ばっと見上げる。北斗くんは目を丸くしている。

「今、名前呼んでくれたね!」
「……はあ?」
「今、間中って、私のこと呼んでくれた! やっとだよー!」
 
 そう。出会ってから今まで、北斗くんは私の事、「ねえ」とか「あのさ」とかの呼びかけばかりで、全っ然名前を呼んでくれていなかったのだ。
 
「良かったあ……自己紹介し忘れたのかと思っちゃった」
「そんなわけないでしょ。だいたいそっちから言われなくても、先生から紹介あったし」
「ほら! 今、そっちって言った!」
 
 今のは自分史上最速のツッコミだ。北斗くんがぐっと気圧されている。
 
「……東くんたちとは名前を呼びあってるのに、私だけ呼ばれないでのけ者って……ちょっと寂しいよ」
 
 だんだん声が小さくなってうつむいてしまう。
 転校生だからすぐには馴染めないのなんてわかってる。
 だけど、目の前で仲良くされてるのを見せつけられるのも、ちょっと辛い。
 それを正直に言うと、北斗くんは困ったように眉を八の字にした。
 
「…………間中」
 
 えっ、と顔をあげると北斗くんが私をじっと見ていた。すごく真剣なまなざしだ。
 
「間中未央。これからはちゃんと呼ぶから。だから……」
「……だから?」
 
 上目遣いで覗き込むと、北斗くんは耳まで真っ赤になって後ろを向いた。
 
「……っ、それでいいだろ。ほら、次は講堂だよ」
 
 ずんずんと歩いていってしまう。
 
「ま、待って!」
「待たない」
「ま、まさか北斗くんって私のこと……」
 
 そこで北斗くんは足を止めた。
 
「……なに」
「ずっとフルネームで呼ぶつもり!?」
 
 そこで北斗くんはずるりと脱力した。
 なんで?