私、間中未央。中学2年生。
いま、人生で一、二を争うピンチの真っただ中。
何が起きてるのかって?
それは……。
「ここ、どこ〜!?」
……絶賛迷子中なこと、デス。
自慢じゃないけど、私は自他ともに認める方向オンチ。
地図とにらめっこして、よし、こっちだ! って進み出す。
自信を持ってずんずん進んでいくけれど、実はこれが正反対。
引き返してきた他のみんなにあわてて回収されることなんて、何度あったか覚えてないくらい。
ほら、自分の行きたい方向と地図って、一致してないことが多いでしょ?
だから、合わせようと地図をぐるぐる回してみるんだけど、そうするとここで難問が降ってくる。
書いてある文字が、逆さになってて読めないっ!
ぐにゅんって体をひねって読もうとしても、残念なことにうまくいかない。
こういう時だけ、ろくろ首になれないかなーって思う。ずっとはイヤだけど。
ま、私は人間なので、文字が読めるように地図の向きを直す。だけど、そうすると現実と地図がそっぽを向いて大げんか。
……そんなこんなで、初めての場所では必ず迷子になると決まっているのだ!
エラそうに言うなって?
私だってこんなのエラくないってわかってるけど、ここまで来ると堂々と胸を張って旗でも振りたくなるのだ。
「やあやあ我こそは、間中未央! 迷子のエキスパート、間中未央、ここにあり!
頭が高い、控えおろ〜う!」
……なんちゃって。
「って、現実逃避してる場合じゃなかった!」
がばっと地図を開き直す。
きょろきょろと辺りを見渡した。
私は今、風見市駅のロータリーにいる。
ロータリーの真ん中には、季節の花が咲く花壇。
電車が到着するたびに人がたくさんホームへ降りてきて、あちらこちらへと目的地に向かっていく。
改めて行き交う人を眺めてみる。
スーツ姿のお姉さん、大学生っぽいお兄さん、ハイキングにでも行きそうなおじいちゃんとおばあちゃん……。
いいなあ。みんな、行きたい場所に行けて。
私もこの波に乗ればたどり着けるかな……なんて妄想してみるけど、前にそれをやったら、全っ然知らないところでひとりぼっちになったから、二度とやらないと決めている。
めざせ、流されない自分。
ふふ、数々の迷子エピソードを乗り越えて、私も成長したってものよ……。
じーんと成長を噛みしめて、もう一度地図を見る。
……うん、わからない。
ここ、どこ?
ここがロータリーなのはわかる。
でも、ここからどっちの道を進めばいいか、さっぱりだ。
ええと、そもそも私、どこへ行くつもりなんだっけ?
話を少しさかのぼる。
そうそう。私はお父さんの仕事の都合で、この風見市に引越しをしてきたのだ。
そして今日は、いよいよやってきた新学期の初日だ。
ここから私の新しい毎日がはじまる、特別な日。
「こんな大切な日に、道に迷って遅刻したらどうしよう!」
数々の迷子伝説を築き上げてきた私だもの、絶対に迷う自信がある。
「できればついて行ってあげたいけど……ごめんね、お父さんもお母さんも仕事があるから」
う。そう言われてしまうとわがままも言えない。
お仕事は大事だもの。
だけど、お母さんはそんな私の不安をよーくわかっていたみたい。
私のスマホに地図アプリを入れてくれたのだ。
「目的地を風見中にしておいたの。現在地と連動して道案内してくれるから大丈夫よ」
これなら絶対、大丈夫!
初めての場所だってへっちゃらよ!
私だって中学生になったんだし、そろそろ親離れしなきゃだよね。
そんな強気なノリで、行ってきますと家を出たのが今朝の話。
目的地の風見中学校は、風見市駅のロータリーから徒歩10分だ。
つまり、ここから10分歩けば華麗に到着! と、なるはずなのだけど。
……かるーく20分は、ここでうんうん唸ってる気がする……。
改めて地図アプリを見てみる。
風見中までの道順は赤く塗られていて、この通りに進めば着くはずなのだ。
……なのに!
「一歩目がどっちなのか、全然わかんないよお」
ロータリーから伸びる道路は左右に一本ずつ。
どちらかは正解で、どちらかは不正解。
ここまでは合ってる! はず。
問題は、この赤い道が左右どちらを示しているのか、だ。
この地図の通りに見るなら右?
でも、地図ではロータリーの後ろに線路が書いてあるけど、この景色だと私の前に線路があるんだよね……。
ってことは左?
「北へ100m、直進」
アプリの表記をもう一度読む。
アプリの中では、人のマークが赤い道へ向けて歩きだそうとしている。
私はどっちに行けばいいかわからないのに!
北ってどっち?
お日さまが昇るのは東、沈むのは西。
そんなのわかってる。
じゃあ、北は? ついでに南は?
ぱっと空を見上げてみる。
花壇の真ん中に建っている、細くて背の高いモニュメントが見えた。登り棒みたい。
そのてっぺんには、それぞればらばらな方へ向かう、カラフルに色分けされた4つの矢印と、なぜかニワトリ。
「……ニワトリって飛べないよね。なんで上にあるんだろ」
だめだ、いろんなことが全然わかんない。
キャパオーバーになりかけて、ずうんと頭が下を向く。
はっ、だめだめ!
下を見も答えは書いてない!
落ち着いて、ゆっくり考えてみよう。
そうだ、深呼吸。息をゆっくり吸って、それよりもっとゆっくり吐き出して……。
すう、はああ。すう、はああ……。
そこでピンとひらめいた。深呼吸すごい。
私はわからなくても、他の人ならわかるかもしれない!
そこで、さっき眺めていた大人のひとたちの流れを思い出す。
「そうか、自分がわからない時は大人に聞いてみれば……!」
ぱっと目を開ける。
優しそうなひとが歩いていますように!
「って、誰もいないし!」
ラッシュがひと段落ついたのか、さっきまでにぎやかだったロータリーはしーんと静まり返っていた。
優しそうなひとどころか猫すら歩いていないし、何かをついばんでいたすずめまで飛んでいってしまった。
「しまった……」
遥か彼方に飛んで行ったすずめを見上げてぼうぜんとする。
待って、駅には他にも人がいるはず!
そう、駅員さんだ。
「え、駅員さーん!」
くるりと振り向いて駅の階段を駆け上がる。
だけど、駅員室と書かれた窓にはカーテンがかけられていて、人の気配がしない。
貼り紙には「当駅はリモート対応のみとなります。ご用の方はインターフォンを押してください」と書いてある。
隣には受話器が置いてあるだけだ。これで離れた場所にいる駅員さんと会話するんだろうけど……。
うっ、ハードル高い。
それに、どっちに行けばいいですか?と駅員さんに聞けたとしても、アプリと同じ説明をされたら、結局ふりだしに戻ってしまう。
「こ、このままじゃ永遠に学校に着けないかも……」
考えないようにしていた最悪の事態が迫ってきた。
ぶるっと体が震える。
まさか転校初日に遅刻……どころか、駅から一歩も動けずにゲームオーバー!?
先生に呆れられて、クラスメイトには笑われて、お父さんに怒られて、お母さんを悲しませてしまうイメージが、ジェット機並みのスピードで頭の中を駆け抜ける。
「…………そ、そんなのやだあああっ!!」
もうダメだ!
パニックになって駅の階段を駆け下りる。
涙がにじんでるせいで、階段がうまく見えない。
なのに足は止まらなくて、でも段差はぼやけて――。
「あっ!」
あと数段、のところで足が空を蹴った。
しまった!
踏み外した。
一瞬、ふわりと体が浮かぶ。
でも、次の瞬間、ジェットコースターみたいに、ずどんと視界が真っ暗になった。
どうしよう。
引越しそうそう、階段から落ちるなんてツイてない。
けがして入学手続きが遅れて、クラスになかなかなじめなかったら最悪だ。
「……ねえ」
迷ってパニックになって階段から落ちた、なんて恥ずかしくてお父さんとお母さんには言えないよ。
「ねえってば」
あれ、そういえば私、階段から落ちたんだよね?
なのに地面は冷たくないし固くないし……むしろなんだか、やわらかい?
そうだ、そもそもどこも痛くない!?
「そろそろ、どいてくれると嬉しいんだけど」
真下から男の子の声がした。
固くつぶっていた目を開ける。
「遅いよ」
「え!?」
がばっと体を起こす。
私を見上げているのは、不機嫌そうな男の子。
黒い前髪がさらりと揺れて、きりりとした瞳と目が合った。
星空みたいな、キラキラした瞳。
「いつまで俺をクッション代わりにするつもり?」
はあ、とため息混じりに言われて、ハッと気がついた。
わ、私……この子を下敷きにしちゃってる!?
「わ、わわ」
下りなきゃ!
慌てて体をずらそうとするけれど、パニックの上にパニックが重なって動けない。
パンケーキの三段重ねレベルの驚きだ。
それでも腕を突っ張って飛び跳ねようとするけれど――勢い余って、後ろにそっくり返る。
「きゃあ!」
「危ない!」
バランスをとろうと、ぶんぶん回した腕はとことん空振った。
だけど最後のひと振りは、しっかりキャッチされたみたい。
ぐいっと腕を引き寄せられて、背中が反る。
さっきとは逆に、男の子を見上げる体勢だ。
「ふらふら揺れて危なっかしすぎ。まるで風見鶏だ」
風見鶏?
ってなんだろう。
ここは風見市……だよね。鳥は飛んで行ったばっかりだよ?
「あ……ありがとう、助けてくれて」
「別に。わんわん泣きながら空から落ちてきたから、墜落するニワトリかと思っただけ」
「んなっ……!」
泣いてたの見られてた!
っていうか人をニワトリに例えるってどういうセンスしてるわけ!?
慌てて目をゴシゴシこする。
泣いてたなんてなかったことにしないと!
「ねえ、いつまでそこに座ってんの」
上から声が降ってくると思ったら、もう彼は立ち上がっていた。ズボンについたホコリをぱんぱんと手で払っている。
「わ、悪かったわね。今立つもん」
よいしょ、と立ち上がろうとしたけど……あれ?
「ひ、膝に力が入らない?」
そこで、はあーという深いため息が聞こえた。
うっ、聞こえてるってわかっててやってるな。これ。
「手」
「手?」
見上げると、手が差し出されていた。
掴まれ、ということだろうか。
ちょっとためらって、ポケットから引っ張り出したタオルハンカチで手を拭く。
それから男の子の手を掴んだ。
「わ……っ」
ぐい、と強い力で引っ張り上げられる。
ふわりと体が浮いたようだった。
さっき、あんなに立ち上がれなかったのが嘘みたいに、地に足が着いた。
初めて同じ高さで目線があう。
この子、同い年くらいなのかな?
「……私、間中未央。あなたは?」
男の子は、ちょっとびっくりしたように目を丸くする。けれどすぐに眉間に力を入れて、不敵に笑った。
「北斗雪弥」
その時、さあっと冷たい風が吹いた。
髪を押さえながらその風の行く先を見てみると、ロータリーにあったニワトリのモニュメントがくるくる回っている。
やがてそれは、4つある矢印のうち、黒く塗られた矢印を向いて止まった。
「風見中の羅針盤……の北だね」
「羅針盤?」
「生徒会の別名なんだ。俺たち、ちょっと特別でね」
羅針盤? 特別ってどういうこと?
「じゃ、行こうか」
「へ?」
「へ、じゃなくてさ。その格好、こんなところでゆっくり話してる場合じゃないんじゃない?」
さらっと話題を変えられて、ムッとしていた気持ちごと風にさらわれてしまう。
自分の格好を見てみる。着ているのはもちろん風見中の制服だ。
ギンガムチェックの可愛いリボンはひと目見て気に入った。それに、色がいかにも女子!な赤じゃなくてグリーンなのもポイントが高い。
ん。ちょっと待てよ。
目の前の北斗くんが着ているの……もしかして、私と同じ学校の制服?
ブレザーにネクタイ。しかもこのグリーンのチェック……これ、男子の制服だよね?
「わ、私、風見中学校の転校生なの。引っ越してきたばかりだから道がわからなくて。あの……もしかして、あなたのその制服って、ひょっとして」
「あたり。生徒会を代表して迎えにきたんだ。さあ行くよ、迷子の転校生さん」
そう言って北斗くんは、不敵に笑った。
「駅から北に10分って……北口から行けばよかったんだ」
「当然でしょ。フツー南に北口作らないし」
う、返す言葉もない。
はいそうです。私は南口でうろうろしていた迷子のエキスパートです……。
北口と大きく書かれた看板をぼうぜんと見上げる。
最初から答えは目の前にあったなんて……。
北ってどっち、を繰り返していたあの時間はいったい……!
心の中でじたばたしていると、北斗くんはスタスタと北口に向かって歩き出してしまう。
その時、ちょうど電車がホームに着いたみたい。改札を抜けたひとたちで賑やかになってきた。
「うわわ」
早足で北斗くんを追いかけるけれど、人混みの勢いに呑まれてしまった。
「すみません、通して……っ」
北斗くん、待って!
そう叫びたいけど、初対面の男の子に頼るのがなんだか恥ずかしい。
……でも、そんなこと言ってる場合じゃないかも!?
ちょこんと見えていた北斗くんの後頭部が、人混みに紛れて見えなくなる。
さっと血の気が引いた。
ここではぐれちゃったら、今度こそ終わりだああっ!!
最悪の想像で頭が真っ白になる。
どくんどくんと心臓がうるさく鳴って、伸ばした手が冷たくなって――。
「ったく、ほんと危なっかしいやつ」
だけど、一瞬で顔が熱くなった。
北斗くんが、手を繋いでくれたのだ。
「行くよ」
「え……う、うんっ」
ぎゅう、と手を握り返す。
手汗がやばいかもしれないけど、今はスルーして欲しい!
そのままふたりで階段を降り切る頃には、人混みはまた落ち着いて静かな駅に戻っていた。
「ふう。通勤ラッシュは大変だ。足踏まれたりしてない?」
「ううん、大丈夫」
ぶんぶんと首を横に振る。
ラッキーなことに、あれだけの人混みを通り抜けたのに足も踏まれてないし、髪型だってひどく崩れてない。
崩れて……ないよねっ?
リュックから鏡を取り出そうとして、北斗くんに手を掴まれたままなことを思い出した。
「なに、どっか痛いの?」
「う、ううんっ! 大丈夫だってば!」
あ、あれ? 北斗くん、なんか優しい?
そっけなかったかと思えば優しいような気がする……。
北斗くんって、どんな性格なわけ?
「そ。じゃあ行くよ」
そう言って、手を離してくれるのかと思いきや……北斗くんはしっかりと手を繋ぎ直した。
「う、わっ!」
「ねえ、さっきからホント、何なワケ?」
北斗くんの声がちょっとイラついてる。ごめんね、自分でも挙動不審な自覚はある!
だけど、まさか手を繋いだままなんて!
このまま学校に行くつもりなの?
「そ、その、手っ!」
「手……? ああ、これか。離したらはぐれる。そしたら迷うだろ」
……おっしゃる通りです。
北斗くんは何も気にしてないみたい。これじゃあ、私だけが意識してるみたいで恥ずかしすぎるよ〜!
北斗くんに手を引かれたまま、北口から出る。
ここにもロータリーがあって、確かにアプリの地図が言ってることは合っていた。
風見市駅ロータリーから北へ徒歩10分。
……北ね。うん、北の方角に北口があるよね。
もはやうんうん唸っていたあの数十分が、何年も前のことに思えてきた。
北斗くんに連れられて、信号を渡るとコンビニがある。その隣にはお花屋さん。
「わあ、きれーい」
これはバラかな? こっちはガーベラ? 色とりどりですっごくキレイ!
思わず立ち止まりかける。伸びきった腕を北斗くんに引っ張られて我に返った。
「……」
無言の視線が痛い。
「ご、ごめんね……」
心の中でお花に手を振って歩き出す。
駅前の商店街って、なんだかわくわくしちゃうんだもの!
その後も、いかにも老舗って感じの和菓子屋さんに、動物病院、文房具屋さん。
ちょっと待って、目がいくつあっても足りないよ〜!
「ねえ」
何度目かに立ち止まりかけた時、北斗くんがとんとんと自分の腕時計を指さした。
「転校初日から遅刻なんてマンガのヒロインを気取りたいなら、食パンでもくわえて走れば?」
……はっ!
ま、まずい。
せっかくの新生活なのに、初日から先生に大目玉喰らうなんて絶対イヤ! お母さんに知られたら終わりだ!
「ご、ごごご、ごめんねっっ! さあ行こう、走って行こう、学校はこっちかなっ?」
だっと駆け出そうとした瞬間、腕どころか首根っこを掴まれて止められた。
「はあ……。逆だよ」
「ごめんなさぁぁぁい」
もういっそこのやりとりがマンガみたいだなって思ったけど、そんな冗談を言ってる余裕があるわけもなく……。
「つ、ついた……」
あれからまっすぐ前だけを見て歩いていたら、わりと簡単に到着したのだ。
私、どれだけ寄り道好きなんだろう。
そんな自分への反省はさておき……風見中学校、存在してた……!
どおん、と重厚な校舎が校門の向こうにそびえ立っている。学校を見てこんなに嬉しくなるのも初めてかもしれない。
あ、でも喜ぶのはまだ早い! 慌てて北斗くんの腕時計を覗き込む。
「北斗くんっ、今、何時!?」
目を大きく開いて詰め寄る私とは裏腹に、北斗くんは涼しい顔して文字盤を見せてきた。
「約束の時間、10分前」
「ふわあ」
驚きと喜びと疲れが全部混じった声しか出なかった。
良かった、遅刻はまぬがれた……!
今頃になって心臓がばくばく鳴り始めた。
ありがとうって言いたいのに、心臓が体から脱走しそうでそれどころじゃない。
「じゃ、次は職員室へ案内するから」
そう淡々と言って北斗くんが歩きだそうとしたので、さすがに申し訳なくなって引き止める。
「い、いやいやいや、職員室くらい自分で行けるから……それに北斗くんが遅れちゃうよ? 付き合わせちゃってごめんね」
深呼吸を繰り返していたら、ようやく言葉が交わせるようになってきた。
「何言ってんのさ。あんたを案内するのが俺の予定」
「……え?」
それって、どういうこと?
ぽかんと口を開けて固まった。
そこに数人の男の子たちの声が聞こえてくる。
「おーい、雪弥! 腕章、忘れてるぞ。まったく、気をつけたまえよ」
「北斗くん……いつもひとりで行動するの、かっこいいけど……ちょっと……困ります……」
「おやおや? 可愛い女の子、発見ーっ! クールな雪弥くんも隅に置けないじゃないかっ」
ぶんっと何かが風を切る音。
青空の下で逆光になって、よく見えない。
けれどそれは、吸い込まれるように北斗くんの手元に落ちてくる。
「サンキュ」
ぱしっと乾いた音を立てて、北斗くんは見事にキャッチした。
す、すごい。私だったらオーライって言いながら落とすに違いない。
「それ、なあに?」
「ん」
北斗くんは、私に見せるように、くるりと広げてから腕に巻いた。
黄色い布に黒い糸で何かが刺繍されている。腕章だった。
「東西南北……?」
見間違いでなければ、そう書いてある。
普通、こういうのって当番とか委員会とか、そういうのが書いてあるよね?
「そ。ようこそ風見中学校へ。転校生の間中未央さん。風見中の羅針盤――いわゆる生徒会が歓迎するよ」
改まった口調と聞きなれない名前に、目をぱちくりさせる。
すると、さっき北斗くんに腕章を投げた男の子たちが合流してきた。
「おや、彼女が転校生だね。お初にお目にかかる! 僕は東朝日。見ての通り生徒会長さ」
青いフレームの眼鏡をきらりと輝かせたのは、ハツラツとした男の子。
「ボ、ボクは……西園寺夕輝……よろしく、です」
消え入りそうな声でお辞儀をした、儚げな子がそれに続く。
「へえ、近くで見たらますます可愛い子じゃないか。はじめまして、レディ。オレは南雲飛鳥。好きに呼んでくれて構わないよ」
大人っぽい流し目で微笑んだ男の子は、こちらに向けてウィンクを飛ばしてきた。
「風見中の東西南北が揃い踏み、か。これは、目が回ること間違いなしだね」
クールにそう言ってのけた北斗くんが、口の端をニッとつり上げて笑った。
東西南北?
羅針盤?
もう今から目が回りそうなんですけど〜!?
いま、人生で一、二を争うピンチの真っただ中。
何が起きてるのかって?
それは……。
「ここ、どこ〜!?」
……絶賛迷子中なこと、デス。
自慢じゃないけど、私は自他ともに認める方向オンチ。
地図とにらめっこして、よし、こっちだ! って進み出す。
自信を持ってずんずん進んでいくけれど、実はこれが正反対。
引き返してきた他のみんなにあわてて回収されることなんて、何度あったか覚えてないくらい。
ほら、自分の行きたい方向と地図って、一致してないことが多いでしょ?
だから、合わせようと地図をぐるぐる回してみるんだけど、そうするとここで難問が降ってくる。
書いてある文字が、逆さになってて読めないっ!
ぐにゅんって体をひねって読もうとしても、残念なことにうまくいかない。
こういう時だけ、ろくろ首になれないかなーって思う。ずっとはイヤだけど。
ま、私は人間なので、文字が読めるように地図の向きを直す。だけど、そうすると現実と地図がそっぽを向いて大げんか。
……そんなこんなで、初めての場所では必ず迷子になると決まっているのだ!
エラそうに言うなって?
私だってこんなのエラくないってわかってるけど、ここまで来ると堂々と胸を張って旗でも振りたくなるのだ。
「やあやあ我こそは、間中未央! 迷子のエキスパート、間中未央、ここにあり!
頭が高い、控えおろ〜う!」
……なんちゃって。
「って、現実逃避してる場合じゃなかった!」
がばっと地図を開き直す。
きょろきょろと辺りを見渡した。
私は今、風見市駅のロータリーにいる。
ロータリーの真ん中には、季節の花が咲く花壇。
電車が到着するたびに人がたくさんホームへ降りてきて、あちらこちらへと目的地に向かっていく。
改めて行き交う人を眺めてみる。
スーツ姿のお姉さん、大学生っぽいお兄さん、ハイキングにでも行きそうなおじいちゃんとおばあちゃん……。
いいなあ。みんな、行きたい場所に行けて。
私もこの波に乗ればたどり着けるかな……なんて妄想してみるけど、前にそれをやったら、全っ然知らないところでひとりぼっちになったから、二度とやらないと決めている。
めざせ、流されない自分。
ふふ、数々の迷子エピソードを乗り越えて、私も成長したってものよ……。
じーんと成長を噛みしめて、もう一度地図を見る。
……うん、わからない。
ここ、どこ?
ここがロータリーなのはわかる。
でも、ここからどっちの道を進めばいいか、さっぱりだ。
ええと、そもそも私、どこへ行くつもりなんだっけ?
話を少しさかのぼる。
そうそう。私はお父さんの仕事の都合で、この風見市に引越しをしてきたのだ。
そして今日は、いよいよやってきた新学期の初日だ。
ここから私の新しい毎日がはじまる、特別な日。
「こんな大切な日に、道に迷って遅刻したらどうしよう!」
数々の迷子伝説を築き上げてきた私だもの、絶対に迷う自信がある。
「できればついて行ってあげたいけど……ごめんね、お父さんもお母さんも仕事があるから」
う。そう言われてしまうとわがままも言えない。
お仕事は大事だもの。
だけど、お母さんはそんな私の不安をよーくわかっていたみたい。
私のスマホに地図アプリを入れてくれたのだ。
「目的地を風見中にしておいたの。現在地と連動して道案内してくれるから大丈夫よ」
これなら絶対、大丈夫!
初めての場所だってへっちゃらよ!
私だって中学生になったんだし、そろそろ親離れしなきゃだよね。
そんな強気なノリで、行ってきますと家を出たのが今朝の話。
目的地の風見中学校は、風見市駅のロータリーから徒歩10分だ。
つまり、ここから10分歩けば華麗に到着! と、なるはずなのだけど。
……かるーく20分は、ここでうんうん唸ってる気がする……。
改めて地図アプリを見てみる。
風見中までの道順は赤く塗られていて、この通りに進めば着くはずなのだ。
……なのに!
「一歩目がどっちなのか、全然わかんないよお」
ロータリーから伸びる道路は左右に一本ずつ。
どちらかは正解で、どちらかは不正解。
ここまでは合ってる! はず。
問題は、この赤い道が左右どちらを示しているのか、だ。
この地図の通りに見るなら右?
でも、地図ではロータリーの後ろに線路が書いてあるけど、この景色だと私の前に線路があるんだよね……。
ってことは左?
「北へ100m、直進」
アプリの表記をもう一度読む。
アプリの中では、人のマークが赤い道へ向けて歩きだそうとしている。
私はどっちに行けばいいかわからないのに!
北ってどっち?
お日さまが昇るのは東、沈むのは西。
そんなのわかってる。
じゃあ、北は? ついでに南は?
ぱっと空を見上げてみる。
花壇の真ん中に建っている、細くて背の高いモニュメントが見えた。登り棒みたい。
そのてっぺんには、それぞればらばらな方へ向かう、カラフルに色分けされた4つの矢印と、なぜかニワトリ。
「……ニワトリって飛べないよね。なんで上にあるんだろ」
だめだ、いろんなことが全然わかんない。
キャパオーバーになりかけて、ずうんと頭が下を向く。
はっ、だめだめ!
下を見も答えは書いてない!
落ち着いて、ゆっくり考えてみよう。
そうだ、深呼吸。息をゆっくり吸って、それよりもっとゆっくり吐き出して……。
すう、はああ。すう、はああ……。
そこでピンとひらめいた。深呼吸すごい。
私はわからなくても、他の人ならわかるかもしれない!
そこで、さっき眺めていた大人のひとたちの流れを思い出す。
「そうか、自分がわからない時は大人に聞いてみれば……!」
ぱっと目を開ける。
優しそうなひとが歩いていますように!
「って、誰もいないし!」
ラッシュがひと段落ついたのか、さっきまでにぎやかだったロータリーはしーんと静まり返っていた。
優しそうなひとどころか猫すら歩いていないし、何かをついばんでいたすずめまで飛んでいってしまった。
「しまった……」
遥か彼方に飛んで行ったすずめを見上げてぼうぜんとする。
待って、駅には他にも人がいるはず!
そう、駅員さんだ。
「え、駅員さーん!」
くるりと振り向いて駅の階段を駆け上がる。
だけど、駅員室と書かれた窓にはカーテンがかけられていて、人の気配がしない。
貼り紙には「当駅はリモート対応のみとなります。ご用の方はインターフォンを押してください」と書いてある。
隣には受話器が置いてあるだけだ。これで離れた場所にいる駅員さんと会話するんだろうけど……。
うっ、ハードル高い。
それに、どっちに行けばいいですか?と駅員さんに聞けたとしても、アプリと同じ説明をされたら、結局ふりだしに戻ってしまう。
「こ、このままじゃ永遠に学校に着けないかも……」
考えないようにしていた最悪の事態が迫ってきた。
ぶるっと体が震える。
まさか転校初日に遅刻……どころか、駅から一歩も動けずにゲームオーバー!?
先生に呆れられて、クラスメイトには笑われて、お父さんに怒られて、お母さんを悲しませてしまうイメージが、ジェット機並みのスピードで頭の中を駆け抜ける。
「…………そ、そんなのやだあああっ!!」
もうダメだ!
パニックになって駅の階段を駆け下りる。
涙がにじんでるせいで、階段がうまく見えない。
なのに足は止まらなくて、でも段差はぼやけて――。
「あっ!」
あと数段、のところで足が空を蹴った。
しまった!
踏み外した。
一瞬、ふわりと体が浮かぶ。
でも、次の瞬間、ジェットコースターみたいに、ずどんと視界が真っ暗になった。
どうしよう。
引越しそうそう、階段から落ちるなんてツイてない。
けがして入学手続きが遅れて、クラスになかなかなじめなかったら最悪だ。
「……ねえ」
迷ってパニックになって階段から落ちた、なんて恥ずかしくてお父さんとお母さんには言えないよ。
「ねえってば」
あれ、そういえば私、階段から落ちたんだよね?
なのに地面は冷たくないし固くないし……むしろなんだか、やわらかい?
そうだ、そもそもどこも痛くない!?
「そろそろ、どいてくれると嬉しいんだけど」
真下から男の子の声がした。
固くつぶっていた目を開ける。
「遅いよ」
「え!?」
がばっと体を起こす。
私を見上げているのは、不機嫌そうな男の子。
黒い前髪がさらりと揺れて、きりりとした瞳と目が合った。
星空みたいな、キラキラした瞳。
「いつまで俺をクッション代わりにするつもり?」
はあ、とため息混じりに言われて、ハッと気がついた。
わ、私……この子を下敷きにしちゃってる!?
「わ、わわ」
下りなきゃ!
慌てて体をずらそうとするけれど、パニックの上にパニックが重なって動けない。
パンケーキの三段重ねレベルの驚きだ。
それでも腕を突っ張って飛び跳ねようとするけれど――勢い余って、後ろにそっくり返る。
「きゃあ!」
「危ない!」
バランスをとろうと、ぶんぶん回した腕はとことん空振った。
だけど最後のひと振りは、しっかりキャッチされたみたい。
ぐいっと腕を引き寄せられて、背中が反る。
さっきとは逆に、男の子を見上げる体勢だ。
「ふらふら揺れて危なっかしすぎ。まるで風見鶏だ」
風見鶏?
ってなんだろう。
ここは風見市……だよね。鳥は飛んで行ったばっかりだよ?
「あ……ありがとう、助けてくれて」
「別に。わんわん泣きながら空から落ちてきたから、墜落するニワトリかと思っただけ」
「んなっ……!」
泣いてたの見られてた!
っていうか人をニワトリに例えるってどういうセンスしてるわけ!?
慌てて目をゴシゴシこする。
泣いてたなんてなかったことにしないと!
「ねえ、いつまでそこに座ってんの」
上から声が降ってくると思ったら、もう彼は立ち上がっていた。ズボンについたホコリをぱんぱんと手で払っている。
「わ、悪かったわね。今立つもん」
よいしょ、と立ち上がろうとしたけど……あれ?
「ひ、膝に力が入らない?」
そこで、はあーという深いため息が聞こえた。
うっ、聞こえてるってわかっててやってるな。これ。
「手」
「手?」
見上げると、手が差し出されていた。
掴まれ、ということだろうか。
ちょっとためらって、ポケットから引っ張り出したタオルハンカチで手を拭く。
それから男の子の手を掴んだ。
「わ……っ」
ぐい、と強い力で引っ張り上げられる。
ふわりと体が浮いたようだった。
さっき、あんなに立ち上がれなかったのが嘘みたいに、地に足が着いた。
初めて同じ高さで目線があう。
この子、同い年くらいなのかな?
「……私、間中未央。あなたは?」
男の子は、ちょっとびっくりしたように目を丸くする。けれどすぐに眉間に力を入れて、不敵に笑った。
「北斗雪弥」
その時、さあっと冷たい風が吹いた。
髪を押さえながらその風の行く先を見てみると、ロータリーにあったニワトリのモニュメントがくるくる回っている。
やがてそれは、4つある矢印のうち、黒く塗られた矢印を向いて止まった。
「風見中の羅針盤……の北だね」
「羅針盤?」
「生徒会の別名なんだ。俺たち、ちょっと特別でね」
羅針盤? 特別ってどういうこと?
「じゃ、行こうか」
「へ?」
「へ、じゃなくてさ。その格好、こんなところでゆっくり話してる場合じゃないんじゃない?」
さらっと話題を変えられて、ムッとしていた気持ちごと風にさらわれてしまう。
自分の格好を見てみる。着ているのはもちろん風見中の制服だ。
ギンガムチェックの可愛いリボンはひと目見て気に入った。それに、色がいかにも女子!な赤じゃなくてグリーンなのもポイントが高い。
ん。ちょっと待てよ。
目の前の北斗くんが着ているの……もしかして、私と同じ学校の制服?
ブレザーにネクタイ。しかもこのグリーンのチェック……これ、男子の制服だよね?
「わ、私、風見中学校の転校生なの。引っ越してきたばかりだから道がわからなくて。あの……もしかして、あなたのその制服って、ひょっとして」
「あたり。生徒会を代表して迎えにきたんだ。さあ行くよ、迷子の転校生さん」
そう言って北斗くんは、不敵に笑った。
「駅から北に10分って……北口から行けばよかったんだ」
「当然でしょ。フツー南に北口作らないし」
う、返す言葉もない。
はいそうです。私は南口でうろうろしていた迷子のエキスパートです……。
北口と大きく書かれた看板をぼうぜんと見上げる。
最初から答えは目の前にあったなんて……。
北ってどっち、を繰り返していたあの時間はいったい……!
心の中でじたばたしていると、北斗くんはスタスタと北口に向かって歩き出してしまう。
その時、ちょうど電車がホームに着いたみたい。改札を抜けたひとたちで賑やかになってきた。
「うわわ」
早足で北斗くんを追いかけるけれど、人混みの勢いに呑まれてしまった。
「すみません、通して……っ」
北斗くん、待って!
そう叫びたいけど、初対面の男の子に頼るのがなんだか恥ずかしい。
……でも、そんなこと言ってる場合じゃないかも!?
ちょこんと見えていた北斗くんの後頭部が、人混みに紛れて見えなくなる。
さっと血の気が引いた。
ここではぐれちゃったら、今度こそ終わりだああっ!!
最悪の想像で頭が真っ白になる。
どくんどくんと心臓がうるさく鳴って、伸ばした手が冷たくなって――。
「ったく、ほんと危なっかしいやつ」
だけど、一瞬で顔が熱くなった。
北斗くんが、手を繋いでくれたのだ。
「行くよ」
「え……う、うんっ」
ぎゅう、と手を握り返す。
手汗がやばいかもしれないけど、今はスルーして欲しい!
そのままふたりで階段を降り切る頃には、人混みはまた落ち着いて静かな駅に戻っていた。
「ふう。通勤ラッシュは大変だ。足踏まれたりしてない?」
「ううん、大丈夫」
ぶんぶんと首を横に振る。
ラッキーなことに、あれだけの人混みを通り抜けたのに足も踏まれてないし、髪型だってひどく崩れてない。
崩れて……ないよねっ?
リュックから鏡を取り出そうとして、北斗くんに手を掴まれたままなことを思い出した。
「なに、どっか痛いの?」
「う、ううんっ! 大丈夫だってば!」
あ、あれ? 北斗くん、なんか優しい?
そっけなかったかと思えば優しいような気がする……。
北斗くんって、どんな性格なわけ?
「そ。じゃあ行くよ」
そう言って、手を離してくれるのかと思いきや……北斗くんはしっかりと手を繋ぎ直した。
「う、わっ!」
「ねえ、さっきからホント、何なワケ?」
北斗くんの声がちょっとイラついてる。ごめんね、自分でも挙動不審な自覚はある!
だけど、まさか手を繋いだままなんて!
このまま学校に行くつもりなの?
「そ、その、手っ!」
「手……? ああ、これか。離したらはぐれる。そしたら迷うだろ」
……おっしゃる通りです。
北斗くんは何も気にしてないみたい。これじゃあ、私だけが意識してるみたいで恥ずかしすぎるよ〜!
北斗くんに手を引かれたまま、北口から出る。
ここにもロータリーがあって、確かにアプリの地図が言ってることは合っていた。
風見市駅ロータリーから北へ徒歩10分。
……北ね。うん、北の方角に北口があるよね。
もはやうんうん唸っていたあの数十分が、何年も前のことに思えてきた。
北斗くんに連れられて、信号を渡るとコンビニがある。その隣にはお花屋さん。
「わあ、きれーい」
これはバラかな? こっちはガーベラ? 色とりどりですっごくキレイ!
思わず立ち止まりかける。伸びきった腕を北斗くんに引っ張られて我に返った。
「……」
無言の視線が痛い。
「ご、ごめんね……」
心の中でお花に手を振って歩き出す。
駅前の商店街って、なんだかわくわくしちゃうんだもの!
その後も、いかにも老舗って感じの和菓子屋さんに、動物病院、文房具屋さん。
ちょっと待って、目がいくつあっても足りないよ〜!
「ねえ」
何度目かに立ち止まりかけた時、北斗くんがとんとんと自分の腕時計を指さした。
「転校初日から遅刻なんてマンガのヒロインを気取りたいなら、食パンでもくわえて走れば?」
……はっ!
ま、まずい。
せっかくの新生活なのに、初日から先生に大目玉喰らうなんて絶対イヤ! お母さんに知られたら終わりだ!
「ご、ごごご、ごめんねっっ! さあ行こう、走って行こう、学校はこっちかなっ?」
だっと駆け出そうとした瞬間、腕どころか首根っこを掴まれて止められた。
「はあ……。逆だよ」
「ごめんなさぁぁぁい」
もういっそこのやりとりがマンガみたいだなって思ったけど、そんな冗談を言ってる余裕があるわけもなく……。
「つ、ついた……」
あれからまっすぐ前だけを見て歩いていたら、わりと簡単に到着したのだ。
私、どれだけ寄り道好きなんだろう。
そんな自分への反省はさておき……風見中学校、存在してた……!
どおん、と重厚な校舎が校門の向こうにそびえ立っている。学校を見てこんなに嬉しくなるのも初めてかもしれない。
あ、でも喜ぶのはまだ早い! 慌てて北斗くんの腕時計を覗き込む。
「北斗くんっ、今、何時!?」
目を大きく開いて詰め寄る私とは裏腹に、北斗くんは涼しい顔して文字盤を見せてきた。
「約束の時間、10分前」
「ふわあ」
驚きと喜びと疲れが全部混じった声しか出なかった。
良かった、遅刻はまぬがれた……!
今頃になって心臓がばくばく鳴り始めた。
ありがとうって言いたいのに、心臓が体から脱走しそうでそれどころじゃない。
「じゃ、次は職員室へ案内するから」
そう淡々と言って北斗くんが歩きだそうとしたので、さすがに申し訳なくなって引き止める。
「い、いやいやいや、職員室くらい自分で行けるから……それに北斗くんが遅れちゃうよ? 付き合わせちゃってごめんね」
深呼吸を繰り返していたら、ようやく言葉が交わせるようになってきた。
「何言ってんのさ。あんたを案内するのが俺の予定」
「……え?」
それって、どういうこと?
ぽかんと口を開けて固まった。
そこに数人の男の子たちの声が聞こえてくる。
「おーい、雪弥! 腕章、忘れてるぞ。まったく、気をつけたまえよ」
「北斗くん……いつもひとりで行動するの、かっこいいけど……ちょっと……困ります……」
「おやおや? 可愛い女の子、発見ーっ! クールな雪弥くんも隅に置けないじゃないかっ」
ぶんっと何かが風を切る音。
青空の下で逆光になって、よく見えない。
けれどそれは、吸い込まれるように北斗くんの手元に落ちてくる。
「サンキュ」
ぱしっと乾いた音を立てて、北斗くんは見事にキャッチした。
す、すごい。私だったらオーライって言いながら落とすに違いない。
「それ、なあに?」
「ん」
北斗くんは、私に見せるように、くるりと広げてから腕に巻いた。
黄色い布に黒い糸で何かが刺繍されている。腕章だった。
「東西南北……?」
見間違いでなければ、そう書いてある。
普通、こういうのって当番とか委員会とか、そういうのが書いてあるよね?
「そ。ようこそ風見中学校へ。転校生の間中未央さん。風見中の羅針盤――いわゆる生徒会が歓迎するよ」
改まった口調と聞きなれない名前に、目をぱちくりさせる。
すると、さっき北斗くんに腕章を投げた男の子たちが合流してきた。
「おや、彼女が転校生だね。お初にお目にかかる! 僕は東朝日。見ての通り生徒会長さ」
青いフレームの眼鏡をきらりと輝かせたのは、ハツラツとした男の子。
「ボ、ボクは……西園寺夕輝……よろしく、です」
消え入りそうな声でお辞儀をした、儚げな子がそれに続く。
「へえ、近くで見たらますます可愛い子じゃないか。はじめまして、レディ。オレは南雲飛鳥。好きに呼んでくれて構わないよ」
大人っぽい流し目で微笑んだ男の子は、こちらに向けてウィンクを飛ばしてきた。
「風見中の東西南北が揃い踏み、か。これは、目が回ること間違いなしだね」
クールにそう言ってのけた北斗くんが、口の端をニッとつり上げて笑った。
東西南北?
羅針盤?
もう今から目が回りそうなんですけど〜!?



