春がつれてきたきみは・・・


そこへ電車が入ってきた。

突風が私の髪をメチャクチャに掻き回す。

車内に乗り込んで窓からホームを見た。

森田先生がまだ泣いていた。

電車がゆっくり動き出すと、なぜだか森田先生が深々と頭を下げた。

何?あれ。

手を振るでもなく、涙を拭くでもなく、無理に笑うでもなく、膝に額がつくくらいに頭を下げている。

そして電車は加速して森田先生の姿もホームにいる人たちも全てが後ろに遠ざかっていった。

座席はボックス席。

流れる車窓を見ていたらちょっとだけ涙が滲んだ。

向かいに座っていたおばあさんがミカンをひとつ差し出した。

未来があるっていいねえ、と笑った。

西へ向かう電車は空いていた。東へ向かう電車はギュウギュウ詰めだったのに。

そう思うとひとりぼっちになったみたいで余計に悲しくなった。

まだ目指す場所に着いてもいないのに、もうホームシックみたいだ。

引き返そうかな、とふと思ったけど、生憎私は父に似ている。

困っている人には惜しみなくこの手を差し伸べる。

田代家の娘は田代家の家訓にはいつでも忠実なのだ。

ポシェットの中を弄り、スマホを取り出した。

スマホの画面に1枚の写真が張りついていた。

夕べ、父から受け取った古い写真だ。

どこか知らない駅。
ホームのベンチで父が見知らぬ少年の肩を抱いている。

父は今より少し若い。笑っている。いつものように豪快に。

少年は中学生ぐらい。まったくの無表情。

色白で鼻筋の通った美少年。少し長い前髪から覗く目は琥珀色なのに色を感じられない。

よく見ると、少年の目に人の姿が映っている。
でも、大人なのか子供なのか男なのか女なのかわからない。

きっとその写真を撮った人が写り込んでいるんだろう。

そしてこの少年を今から私が救いに行く。
いや、もう少年ではないからこんな写真を持たされても何の役にも立たないけれど。

電車は2回乗り換えた。

そして3時間半かかって、やっとその駅に着いた。