「想、おはよ!」
朝の教室。
きらきらとした初夏の光を背負って、日葵が僕の席へと駆け寄ってくる。
緩く巻かれた栗色の髪がふわリと揺れて、彼女のお気に入りのシトラスの香水が、僕の鼻腔をくすぐった。
「……おう、日葵。おはよ」
なるべく平然を装って、僕は文庫本から顔を上げる。
心臓がトクン、と大きく跳ねるのを悟られないように、椅子の背もたれに少し体重を預けた。
日葵は僕の幼馴染だ。
昔からずっと近くにいて、彼女の喜怒哀楽を誰よりも見てきた自信がある。
けれど――今の僕には、彼女の隣に立つ資格はない。
「ねえ聞いてよ想、昨日ね……」
嬉しそうにスマートフォンを差し出してくる日葵。
画面に映っているのは、流行りのカフェで撮ったツーショット写真。
日葵の隣で、気だるげに、でも整った顔でピースサインを作っている男。
日葵の彼氏――陽太だ。
「陽太、いっつも無愛想だけど、昨日はこのパフェ一口くれたんだ〜」
「へえ、よかったじゃん」
胸の奥が、ぎゅっと雑巾を絞るように締め付けられる。痛い。
日葵が笑ってくれるのは嬉しい。
彼女の笑顔は、僕にとって何よりの救いだ。
だけど、その笑顔を引き出しているのが僕じゃないという事実が、鋭い針のように胸に突き刺さる。
これが僕の、毎日の『特等席』。
一番近くで彼女の恋バナを聞かされる、残酷で、切ない、届かない場所。
「……あ、陽太だ! 想、また後でね!」
廊下を通りがかった陽太の姿を見つけるや否や、日葵は花が咲いたような笑顔で僕の元を去っていく。
陽太の腕にしがみつく日葵と、心底めんどくさそうに、でも彼女の頭をぽんぽんと叩く陽太。
それを見つめることしかできない僕は、ただ静かに、握りしめた拳をポケットの奥に隠した。
あいつの隣にいるのが、俺だったらいいのに――。
何度思ったか分からない、叶うはずのない願い。
でも、そんな僕たちの関係が、その日の放課後、静かに狂い始める。
「じゃあな、想。また明日」
「おう、気をつけて」
部活帰りの夕暮れ時。
誰もいなくなった渡り廊下を歩いていると、ふと、校舎の裏手につながる階段の踊り場に、見覚えのある人影が見えた。
日葵だった。
いつもならとっくに陽太と帰っているはずの時間なのに、なぜか一人でぽつんと佇んでいる。
「日葵……?」
声をかけると、彼女はびくりと肩を揺らし、ゆっくりと振り返った。
その瞬間、僕は息を呑む。
夕日に照らされた日葵の瞳が、じっと僕を見つめていた。いつも通りの幼馴染としての視線じゃない。
どこか切なげで、揺れ動いていて、僕の心の奥底を見透かそうとするような――そんな強い視線。
「……想」
日葵の声が、かすかに震えている。
いつも僕を見ていたはずの彼女の瞳に、今は、僕だけが映っていた。
「どうしたんだよ、そんなところで。陽太は?」
僕が問いかけると、日葵は一瞬だけ悲しそうに視線を落としたけれど、すぐにまた、まっすぐ僕の目を見つめ直した。
一歩、また一歩と、日葵が僕との距離を詰めてくる。
「……ううん。なんでもないの」
そう言うのに、日葵は僕の目の前で立ち止まり、じっと僕の顔を見つめ続けている。
静まり返った校舎に、僕の心臓の音だけがうるさく響く。
これは一体、どういうことだ……!?
日葵の引き止めようとするような視線に、僕の胸は、これまでとは違う意味で激しく締め付けられ始めていた。
朝の教室。
きらきらとした初夏の光を背負って、日葵が僕の席へと駆け寄ってくる。
緩く巻かれた栗色の髪がふわリと揺れて、彼女のお気に入りのシトラスの香水が、僕の鼻腔をくすぐった。
「……おう、日葵。おはよ」
なるべく平然を装って、僕は文庫本から顔を上げる。
心臓がトクン、と大きく跳ねるのを悟られないように、椅子の背もたれに少し体重を預けた。
日葵は僕の幼馴染だ。
昔からずっと近くにいて、彼女の喜怒哀楽を誰よりも見てきた自信がある。
けれど――今の僕には、彼女の隣に立つ資格はない。
「ねえ聞いてよ想、昨日ね……」
嬉しそうにスマートフォンを差し出してくる日葵。
画面に映っているのは、流行りのカフェで撮ったツーショット写真。
日葵の隣で、気だるげに、でも整った顔でピースサインを作っている男。
日葵の彼氏――陽太だ。
「陽太、いっつも無愛想だけど、昨日はこのパフェ一口くれたんだ〜」
「へえ、よかったじゃん」
胸の奥が、ぎゅっと雑巾を絞るように締め付けられる。痛い。
日葵が笑ってくれるのは嬉しい。
彼女の笑顔は、僕にとって何よりの救いだ。
だけど、その笑顔を引き出しているのが僕じゃないという事実が、鋭い針のように胸に突き刺さる。
これが僕の、毎日の『特等席』。
一番近くで彼女の恋バナを聞かされる、残酷で、切ない、届かない場所。
「……あ、陽太だ! 想、また後でね!」
廊下を通りがかった陽太の姿を見つけるや否や、日葵は花が咲いたような笑顔で僕の元を去っていく。
陽太の腕にしがみつく日葵と、心底めんどくさそうに、でも彼女の頭をぽんぽんと叩く陽太。
それを見つめることしかできない僕は、ただ静かに、握りしめた拳をポケットの奥に隠した。
あいつの隣にいるのが、俺だったらいいのに――。
何度思ったか分からない、叶うはずのない願い。
でも、そんな僕たちの関係が、その日の放課後、静かに狂い始める。
「じゃあな、想。また明日」
「おう、気をつけて」
部活帰りの夕暮れ時。
誰もいなくなった渡り廊下を歩いていると、ふと、校舎の裏手につながる階段の踊り場に、見覚えのある人影が見えた。
日葵だった。
いつもならとっくに陽太と帰っているはずの時間なのに、なぜか一人でぽつんと佇んでいる。
「日葵……?」
声をかけると、彼女はびくりと肩を揺らし、ゆっくりと振り返った。
その瞬間、僕は息を呑む。
夕日に照らされた日葵の瞳が、じっと僕を見つめていた。いつも通りの幼馴染としての視線じゃない。
どこか切なげで、揺れ動いていて、僕の心の奥底を見透かそうとするような――そんな強い視線。
「……想」
日葵の声が、かすかに震えている。
いつも僕を見ていたはずの彼女の瞳に、今は、僕だけが映っていた。
「どうしたんだよ、そんなところで。陽太は?」
僕が問いかけると、日葵は一瞬だけ悲しそうに視線を落としたけれど、すぐにまた、まっすぐ僕の目を見つめ直した。
一歩、また一歩と、日葵が僕との距離を詰めてくる。
「……ううん。なんでもないの」
そう言うのに、日葵は僕の目の前で立ち止まり、じっと僕の顔を見つめ続けている。
静まり返った校舎に、僕の心臓の音だけがうるさく響く。
これは一体、どういうことだ……!?
日葵の引き止めようとするような視線に、僕の胸は、これまでとは違う意味で激しく締め付けられ始めていた。



