その手を、もう離さない


恋人になった翌日。

神城美都は、自分が思っていた以上に単純な人間だったらしい。

昨日までと何も変わっていないはずなのだ。

朝起きて、制服に着替えて、学校へ行く。

授業を受けて、友達と話して、一日を過ごす。

やることは今までと同じ。

周りから見てもきっと何も変わっていない。

それなのに、胸の奥だけが落ち着かなかった。

原因は分かっている。

橘翡翠。

自分の恋人。

その言葉を思い浮かべただけで、未だに心臓が変な音を立てる。

我ながら重症だと思う。

昨日だってそうだった。

家に帰ってから何度もスマホを開いた。

特に用事があったわけじゃない。

連絡を取りたいわけでもなかった。

ただ、トーク画面を見てしまうのだ。

最後に送られてきたメッセージ。

昨日の通話履歴。

そんなものを眺めては閉じて、また開いて。

まるで初めて恋をした中学生みたいだと、自分でも思った。

けれど止められなかった。

好きな人と両想いになった。

その事実が嬉しかった。

思っていた以上に。

想像していた以上に。

胸が満たされていた。

だからだろうか。

教室に入った瞬間、無意識に翡翠を探してしまったのも。

授業中、ふと顔を上げた時に真っ先に窓際へ視線が向いてしまったのも。

気付けば目で追っていた。

友達と話している姿。

笑っている顔。

ノートを書く横顔。

どれも見慣れているはずなのに、今日は少し違って見える。

好きだからだろうか。

それとも恋人になったからだろうか。

たぶん、その両方だ。

付き合う前から翡翠のことは見ていた。

でも今思えば、あの頃は必死に誤魔化していた。

好きじゃないふりをして。

気になっていないふりをして。

ただの友達だと言い聞かせて。

そうしなければ、自分の気持ちに飲み込まれそうだったから。

けれど今は違う。

もう誤魔化さなくていい。

好きだと思っていい。

隣にいたいと思っていい。

会いたいと思っていい。

そう考えた瞬間、胸の奥がじわりと温かくなった。

たぶん自分は思っていたよりずっと――翡翠のことが好きだったのだ。