「神城くん」
呼ぶ。
返事は少し遅かった。
「……ん」
もう半分寝ている。
翡翠は小さく笑う。
可愛い。
そう思ってしまって。
慌てて首を振る。
好きな人だから。
余計だった。
「もう寝そう?」
優しく聞く。
すると。
少し沈黙。
それから。
掠れた声が聞こえた。
「……ひすい」
「うん」
「どこにも行くな」
翡翠の呼吸が止まる。
寝ぼけている。
完全に。
だからこそ。
本音だった。
「……うん」
翡翠は小さく答えた。
電話の向こう。
もう返事はない。
寝息だけが聞こえる。
眠ったんだ。
安心したように。
子供みたいに。
翡翠はスマホを耳に当てたまま目を閉じる。
そして。
誰にも聞こえない声で呟いた。
「私も行かないよ」
その言葉は。
台風の夜だけじゃなく。
もっとずっと先のことを願っていた。



