恋とか、愛とか。

教室の扉が軽くノックされる音がした。
「柚葉、ちょっと」
振り向くと、川口くんが立っていた。
「なに」
「これ」
差し出されたのは、プリントの束だった。
「昨日休んでた分。先生から」
「……あ、ありがと」
受け取る指先が少しだけ触れる。
ほんの一瞬。
なのに、妙に熱が残った。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

次の日の放課後。
柚葉が机を片付けていると、影が落ちた。
「まだ残ってたの」
顔を上げると、また川口くん。
「うん、ちょっとだけ」
「ふーん」
それだけ言って、隣の席に座る。
何をするわけでもないのに、そこにいるだけで落ち着かない。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

帰り道。
偶然、同じ方向になった。
「一緒に帰るの、久しぶりだな」
「そうだっけ」
「そうだよ」
並んで歩く足音が、妙にそろっていく。
沈黙なのに、気まずくない。
むしろ、少しだけ心地いい。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

信号待ち。
風が吹いて、柚葉の髪が揺れた。
「結構前のことだけど……メイド服、似合ってた」
不意に言われて、柚葉は固まる。
「……あれは忘れて」
「なんで」
「恥ずかしいから」
「別にいいと思うけど」
さらっと言われて、心臓が変な音を立てる。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

もうすぐ別れ道。
「じゃあな」
川口くんが先に歩き出す。
――このまま終わる。
そう思った瞬間だった。
「柚葉」
呼ばれて振り返る。
「また明日」
それだけ。
たったそれだけなのに。
胸の奥が、やけにうるさかった。


とん、とん、とん。
気づけば、日常の全部に川口くんが混ざっていく。
話しかけられるたびに、距離が少しずつ近くなるたびに。
柚葉はまだ知らない。
この「とん」は、もう戻れない音だということを。