「縁談、ですか?」
「ああ。」
ゼンは短く頷いた。
「リゼ、お前に縁談が来ている。受けるかどうかはお前が決めていい。父上からは俺に一任されている。」
盗賊団討伐の翌日。
ようやく落ち着いたと思った矢先の話だった。
相手は、同盟国バスカール王国。
ブラウン侯爵家の嫡男、二十歳。
家柄としては申し分ない。
「……どうする?」
ゼンの問いに、リゼはすぐに答えられなかった。
エリシアが、不安そうにリゼを見る。
「ゼン、それって……断っても大丈夫、ってことよね?」
ゼンは答えず、リゼへ視線を戻す。
そして、わずかに表情を緩めた。
「そう、構えるな。会うだけもいい。断るのは、そのあとでも遅くない。」
少しの沈黙。
「……今日はもういい。エリシア様を部屋までお送りしろ。」
「クロードは残れ。話がある。」
扉が閉まる。
「――お前はどう思う?」
ゼンの問いに、クロードはわずかに視線を落とした。
「……自分が口を出すことではありません。リゼが決めることです。」
その手が、わずかに強く握られる。
言えるはずがなかった。
「そうじゃない。」
ゼンの声が、低く落ちる。
「お前は、それでいいのかと聞いている。」
クロードの呼吸が止まる。
その視線を受けて、悟る。
――この人は、知っている。
「俺をみくびるな。」
ゼンは苦笑した。
「昔から見てるんだ。お前たちのことはな。」
「身分も立場も、今はいい。お前の本音を言え。」
沈黙。
長い、沈黙。
「……総長らしくありませんね。」
ようやく出た言葉は、それだった。
「総長の立場なら、この縁談に反対する理由はないはずです。」
「だから聞いている。」
逃がさない声音。
クロードは、小さく息を吐いた。
「……ずるいですよ。
わかっているなら、聞かないでください。」
その顔を見た瞬間、ゼンは言葉を失った。
泣きそうな顔だった。
「…ゼンさん」
昔の呼び方。
その一言で、すべてが崩れた。
「……悪かった。」
ゼンは額に手を当てた。
苦く、息を吐く。
自分らしくない。
立場を忘れたのは、自分の方だ。
クロードが何を言おうと、この縁談は動く。
それでも――
(……期待したのか)
ゼンの脳裏に、ひとりの少女の笑顔がよぎる。
「下がっていい。明日は非番だろう。」
「……ゆっくり休め。」
クロードが部屋を出たあと。
ゼンは机の上の書類に視線を落とした。
家柄、条件、将来性。
どれを取っても申し分ない。
兄としても、総長としても。
この縁談は――進めるべきだ。
それでも。
「……本当に、それでいいのか。」
小さく、呟く。
答える者はいなかった。


