討伐任務から王都へ戻って以降、リゼの様子は明らかにおかしかった。
クロードと目を合わせようとしない。
話しかけても、必要最低限の言葉しか返さない。
あの日のリゼの涙を、誰も気づいていなかった。
ただクロードと話していただけに見えたからだ。
けれどリゼは――
弱い自分を見られたことが、どうしても許せなかった。
その距離感に、クロードは次第に苛立ちを募らせていく。
そして一週間が過ぎた頃。
我慢の限界は、あっけなく訪れた。
稽古終わり。
背を向けて立ち去ろうとするリゼの前に、クロードが立ちはだかる。
「なんで避ける。」
「避けてない。」
「避けてるだろ。」
「どいて。」
「理由を言え。」
短い応酬が続く。
そして――
「……っ、あんたといると、私が弱くなる!」
リゼの声が、初めて大きく揺れた。
「私でいられなくなる……!
私は強くいなきゃいけないのに!」
振り払うように手を離そうとした瞬間。
クロードがその手を掴む。
「違うだろ。」
低い声だった。
リゼの動きが止まる。
「強くなきゃいけないって、お前は言う。
でもな、お前の強さは、弱さの上にある。」
「守りたいんじゃない。失うのが怖いだけだ。」
「だから全部、自分で抱え込む。」
一瞬、リゼの目が揺れる。
「……関係ない。」
「関係ある。」
「……っ」
「逃げるな。」
その言葉に、空気が止まった。
少し離れた場所で見ていた団員たちは、何も言えず顔を見合わせるしかなかった。
――――
「総長、少しよろしいでしょうか。」
王宮・宮廷護衛隊本部。
執務室の扉がノックされる。
「どうぞ。」
入ってきたのは、近衛騎士団団長ルシウスだった。
「お前が来るのは珍しいな、ルシウス。」
ゼンは書類から目を上げ、軽く笑う。
ルシウスは室内を確認すると、深く息を吐いた。
「お前の妹と、クロードの件だ。」
「ほう?」
ゼンは少し楽しそうに目を細める。
「クロードは最近ずっと機嫌が悪い。ただでさえ普段から目つきが悪いのに、今じゃビビって団員も近寄れねぇ。
リゼはリゼでクロードと距離を取るくせに、周りには妙に明るい。
そのせいで余計に悪化してる。」
「正直、やりづれぇ。」
ゼンは小さく笑った。
「お前たちには苦労をかけるな。」
「まったくだ。」
軽口のあと、ゼンは静かに書類を置く。
「――わかった。2人を呼んでくれ。」
――――
「お呼びでしょうか。」
執務室に入ってきたリゼとクロードは、互いに一切目を合わせなかった。
「リゼ。髪を切ったのか。似合っているな。」
ゼンの言葉に、リゼはわずかに視線を伏せる。
「本題に入る。」
ゼンは咳払いを一つして、表情を引き締めた。
「お前たちに任務がある。」
「……それは、私たち2人に、ですか?」
リゼが問いかけた瞬間。
「受けます。」
クロードが即答する。
「クロード……!」
「不服か?」
ゼンの声が静かに落ちる。
「兄様、いえ総長。なぜ私たちに――」
「受けます。」
またクロードが被せる。
空気が一瞬で冷える。
「……リゼは?」
「もちろん受けます!」
ゼンは満足そうに頷いた。
「なんで受けたのよ。」
執務室を出た廊下。
「任務を選べるほど偉くなった覚えはない。」
「そういう意味じゃなくて!」
「関係ない。」
クロードはリゼの言葉を遮る。
「お前が何を言っても、俺がお前の近くにいちゃいけない理由にはならない。」
リゼは言葉を失う。
「……なんなのよ。」
――――
その頃、執務室では。
「……リゼに縁談?」
ゼンは書類を見ながら、深くため息をついた。
「父上も、タイミングが良いのか悪いのか……」
――――
今回の任務は、王都近郊の小規模な盗賊団討伐。
近衛騎士団が出るには、あまりにも軽い案件だった。
(……初心に帰れ、ってこと?)
リゼは隣を歩くクロードをちらりと見る。
視線に気づいても、クロードは何も言わない。
街に到着すると、兵士たちが出迎えた。
「国王軍第3近衛騎士団、リゼ・クラウディアとクロード・ルイスです。」
兵士たちの説明を、クロードは静かに聞いていた。
その横顔を、リゼが見つめる。
「お前、さっきから見すぎ。」
「別に。」
そっぽを向くクロード。
兵士が拠点へ案内し始めると、クロードが先に歩き出した。
「……前に俺が言ったことは、深く考えるな。」
「……え?」
足が止まる。
「背中は俺が見る。お前は前だけ見ろ。」
少し間を置いて、クロードは続ける。
「……俺には、弱さを見せてもいい。」
「私は弱くない。」
「そういう話じゃない。」
クロードの言葉が、過去の記憶を呼び起こす。
――お前の強さは、弱さの上にある。
リゼの胸の奥が、じわりと熱くなる。
気づけば、彼の背中を軽く叩いていた。
「いってぇな。」
「寂しそうな背中してたから。」
小さく笑うリゼ。
クロードも、わずかに口元を緩める。
周囲の兵士たちは、意味がわからず顔を見合わせた。
その後の盗賊団討伐は、瞬く間に終わった。
帰路。
「私、ずっと一人で強いと思ってたわけじゃない。」
「でも、あんたがいると……もっと強くなれる気がする。」
クロードは少し笑った。
「今気づいたのか。」
「遅いな。」
風が、二人の間を抜けていく。
――だが、その静けさは長く続かない。
新たな波が、すぐそこまで迫っていた。


