「……私が、継ぎます」
その声は、思っていたよりもずっと静かで。
それでも張り詰めた部屋に、まっすぐに響いた。
第三王女。
本来、王位からは遠いはずの存在。
それでも――
「他に継ぐべき方がいない以上、国を空位にはできません」
怖くないわけではない。
それでも、逃げる理由にはならなかった。
この国で生まれ、この国で生きてきた。
守られてきたすべてを、知っているから。
「--私は、この国を守りたい。」
その一言に、嘘はなかった。
静寂が落ちる。
その中で、一歩、前に出る影がある。
「……陛下。」
それまで一言も発さず、ただエリシアを見つめていたーー
ゼンだった。
「……アレシア様の容体が戻るまで、私が国王の補佐としてお支えすることも可能です」
その言葉は、誰よりもエリシアを思うが故の、言葉だった。
王になる。
その危険も、重さも、すべて分かっている。
だからこそ--
エリシアは、ゆっくりと首を振る。
「ゼン……それでは、だめなの」
静かに、でもはっきりと。
「これは、私が選ばないといけないことだから」
ゼンの言葉が止まる。
エリシアは一歩だけ、彼に近づいた。
「ずっと、みんなに守ってもらってきたわ」
優しく、でも逃げずに。
「でもね、ゼン」
その名を呼ぶ声は、昔と変わらない。
「今度は、私がこの国を守りたいの」
一瞬だけ、沈黙が落ちる。
その言葉の重さを、誰よりも理解しているのは――彼だった。
「……っ」
何かを言いかけて、飲み込む。
本当は、止めたい。
危険な道だと分かっているから。
それでも。
それでも--
「……そうか。決めたんだな、エリシア。」
絞り出すような声だった。
ゆっくりと、ゼンは一歩下がる。
そして。
膝をついた。
その動きに、国王と王妃が息を呑む。
ゼン・クラウディア--
かつて近衛騎士団を率いた男が、頭を垂れている。
「--ならば、俺は」
低く、揺るがない声。
「あなたの剣となりましょう」
それは、誓いだった。
エリシアの目が、わずかに揺れる。
「……ゼン」
その名を呼ぶ声は、少しだけ震えていた。
けれど、彼は顔を上げない。
「お一人では、立たせません」
静かに、確かに告げる。
「あなたが選んだその道を、隣で支えます」
その言葉に、迷いはなかった。
エリシアは、ゆっくりと息を吸う。
そして。
「――ありがとう」
それだけを、まっすぐに伝えた。
--その日。
第三王女として愛されてきた少女は--
次期国王として、立った。
そしてその隣には――
誰よりも強い“支え”がいた。
ーーー
ーー
「――そしてそのあと、すぐにお兄様が生まれたの」
エレーナは、エレンの方を一瞬だけ見る。
「だからあの人、よく言われてるのよ」
少しだけ、いつもの調子に戻る。
「"新しい王と新しい時代の象徴"だって。」
リクは何も言えなかった。
ただ、その言葉を反芻する。
選んで、
隣に立って、
その先に、続いていくもの。
「……そっか」
小さく、呟く。
胸の奥で、何かが繋がった気がした。
「……まだ続きがあるわよ。」
そう言ってエレーナは一息つくと、リクの目をまっすぐに見た。
「ここからは、あなたにも関係がある話よ。」
そして、再び語り始めた--。
ーーー
ーー
「ゼン、お前がエリシアと結婚し、王配となってくれるのであれば……これほど心強いことはない」
王の声は、重く静かに響いた。
「だが--クラウディア公爵家はどうする。父の跡を継ぐ者が、いなくなるであろう。」
その言葉に、国王の隣にいた王妃も、そしてエリシアも、はっ、としたようにゼンを見た。
しかしゼンは、まっすぐに国王を見て、そして言った。
「……リゼがいます」
はっきりと、そう言った。
国王が、少し驚いたように王妃と目を合わせた。
「あの子は、ずっと戦場に立っていた。だからこそ、まだ政治も、領地のことも何も分からない」
ですが--
ゼンは、静かに、そしてここにはいない妹を思うように、穏やかな口調で続けた。
「それはこれから教えればいい。
父上と--私で」
視線が、まっすぐ前を向く。
「時間はかかるでしょう。ですが、あの子なら大丈夫です。」
一瞬、言葉を区切る。
そして。
「それに--」
わずかに、息を落とした。
「クロードがいます。」
その名に、エリシアの顔に笑顔が戻った。
「……あいつは、不器用ですが…。」
ゼンの、声音が柔らぐ。
「隣に立つことを、知っている男です」
静かに、言い切る。
「きっとリゼを支えてくれる。
……クラウディアの名は、あの二人に託します。」
その言葉に、迷いはなかった。
開け放された窓から、優しい風が、吹き抜けた。
ーーあの日と、同じように。


