ゼンとエリシアが去ったあとも、ざわめきはしばらく収まらなかった。
リクは、しばらく言葉が出なかった。
そのとき、ふいにエレンとエレーナがリクの隣に立った。
エレンは立ったまま、エレーナはリクの隣に腰を下ろした。
3人の間に、静かに風が吹いた。
……2人に、どうしても聞きたいことがあった。
「……なあ」
ぽつりと、口を開く。
「聞いてもいいか?」
隣に座るエレーナが、わずかに眉をひそめる。
「……なによ」
少しだけ面倒そうな声だった。
リクは、ほんの一瞬だけ言葉に迷ってから、思い切って口を開いた。
「……なんでエリシア様が女王で、ゼン様は王様じゃないんだ?」
その瞬間、エレーナの目が、わずかに見開かれた。
「……はあ」
次に落ちたのは、呆れたようなため息だった。
「あんた、本当に、何も知らないのね」
呆れながらも、怒っているわけではなく、むしろ、どこか納得したような声音だった。
エレーナは、ゆっくりと腕を組む。
「いいわ。……話してあげる。」
そして一瞬、そばに立つエレンの方に視線を向けた。
「……。」
エレンは何も言わずにうなづいた。
その横顔は、いつもよりも少しだけ大人びて見えた。
「私も直接見たわけじゃないわ。生まれる前の話だもの」
エレーナはエレンの承諾を得ると、再びリクに向き直り、エリシアにそっくりな大きな瞳を揺らした。
「でも、ずっと聞かされてきたの」
誰に、とは言わない。
けれど、すぐに分かった。
侍女たちだろう。
エレーナに仕える話好きの侍女の姿を思い浮かべる。
「そこに、あんたが知りたい答えもあると思うわよ」
エレーナは静かに、言い切り、そして……
「あの日--」
静かに、話し始めた。
--リクは、無意識に息を呑む。
遠くの話のはずなのに、
なぜか、すぐそばで起きているみたいに感じる。
ーーーー
ーー
重い扉の前で、エリシアは一度だけ息を整えた。
「……失礼いたします」
静かに扉を開ける。
中にいたのは、国王と王妃。
そして、もう一人。
宮廷護衛隊総長を退き、本来ここにいるはずのない男--ゼン・クラウディアだった。
その顔ぶれだけで、ただ事ではないと分かる。
「来たか、エリシア」
国王の声は、いつもより少し低かった。
エリシアは一礼し、ゆっくりと顔を上げる。
「お呼びでしょうか」
「……ああ」
短く応じてから、わずかに間が落ちる。
言葉を選んでいるようだった。
その沈黙が、妙に重い。
やがて。
「まずは、伝えねばならぬことがある」
静かに、しかし逃げ場のない声。
「長女アレシアのことだ」
その名に、エリシアの表情がわずかに揺れた。
「結婚し、夫とともに王位継承者として学んでおったが、お前も知っている通り、あれは昔から体が弱かった……。」
そして。
「……容体が、悪化した」
その一言に、空気が止まる。
「これ以上、公務に耐えられる状態ではない」
はっきりと、告げられる現実。
「王妃、そしてアレシアの夫とも協議した結果——」
一拍。
「王位継承権を外し、領地を与えて静養させることとなった。」
それは、決定事項だった。
覆らない。
エリシアは、何も言えない。
ただ、静かにそれを受け止める。
「……」
頭では分かっている。
それが最善だということも。
けれど。
胸の奥が、わずかに軋む。
「あれは、最後まで……王になろうとしておった。」
ぽつりと、国王が零す。
父としての声だった。
エリシアは、ゆっくりと目を伏せる。
「……はい」
それしか言えなかった。
沈黙が落ちる。
そして。
国王は、まっすぐにエリシアを見る。
「次女フレイシアは、すでに他国の王妃だ」
淡々と、状況が並べられていく。
「この国に戻すことはできぬ」
「——ゆえに」
国王は、その言葉の続きをなかなか言い出せないようだった。
今日、自分がここに呼ばれた意味。
すべてが繋がる。
「エリシア」
名を呼ばれる。
「お前に、王位を継ぐ意思はあるか」
その声には、父としての迷いと、国王としての覚悟が混じっていた。
エリシアには、父の気持ちが痛いほど伝わってきた。
部屋の空気が、張り詰める。
誰も、口を開かない。
王妃も。
そして、ゼンも。
ただ、エリシアを見ている。
「……」
心臓の音が、やけに大きく聞こえる。
怖い。
--その感情は、はっきりとあった。
けれど。
「……私は」
唇を開く。
わずかに震える声。
エリシアは、ゆっくりと顔を上げた。


