二人は、その答えを知っている。
そして、そのきっかけは翌日に訪れた。
午前中は、いつもの訓練だった。
その空気が変わったのは、午後の訓練が始まってすぐのこと。
ざわ、と。
訓練場の空気が、不意に揺れた。
みんなの視線が、一斉に一方向へ流れる。
「……?」
リクも、顔を上げた。
人の間を抜けるようにして、その先を見る。
そして。
「――」
言葉が、出なかった。
そこに立っていたのは、青銀の髪に金色の瞳。
滅多に姿を見せないはずの、
その男の名は――ゼン・ロザリア王配。
ただ立っているだけなのに、空気が変わる。
訓練場の空気が、張り詰める。
「父上……」
隣で、小さくエレンが呟いた。
その声は、いつもの冷静なエレンとは少し違う……わずかに、緊張を帯びていた。
リクは気づく。
エレンの背筋が、すっと伸びたことに。
ほんのわずか。
けれど、確かに。
エレンが、一歩、前に出た。
おそらく、無意識に。
「……」
その動きを、ゼンは見ていた。
ほんの一瞬だけ、視線が交わる。
二人の間に、言葉はなかった。
けれど、それだけで十分だった。
エレンは何も言わずに、ただそこに立っていた。
逃げるでもなく、誇るでもなく。
ただ、向き合うように。
ゼンは、エレンから視線を動かすと、訓練生たちを見渡し、ふ、と優しく笑った。
「……そう、緊張しないでくれ。少し、様子を見に来ただけだ」
ゼンの雰囲気は柔らかいのに、誰も気が抜けなかった。
リクは、無意識に拳を握る。
これが。
エレンが見ている背中か。
「……わ、私とお手合わせ、願えますか」
その時、
訓練生の中でも上級生の若い騎士が、声を上げる。
その声は、少し震えていた。
無理もない。
相手は、あの人だ。
ゼンは、わずかに目を細める。
そして。
「いいだろう」
短く、応じた。
目つきが変わる。
次の瞬間。
――速い。
リクの目では、ほとんど捉えられなかった。
気づいたときには、終わっていた。
地面に膝をつく騎士。
立ったままのゼン。
それだけで、十分だった。
「……まだ、踏み込みが甘いな。」
低い声が落ちる。
静かで、余計な感情はない。
ただ事実だけを置くような声。
リクは、息を呑んだ。
強い。
——そんな言葉じゃ、足りなかった。
「……」
隣で、エレンは何も言わない。
けれど、その目は――
昨日、リクに向けたものと同じだった。
分かっている、という目。
「……っ」
リクはわずかに歯を食いしばる。
悔しいのか、焦っているのか、自分でも分からない。
ただ。あの背中から、目が離せなかった。
そのとき。
ゼンが、ふと視線を外す。
向けた先にいたのは――
「エリシア」
ゼンの空気が、変わる。
さっきまでとは違う。
柔らかく、そして――とても優しい目だった。
「……すぐ戻ると言っただろう。」
少しだけ困ったような声。
エリシアが、呆れたようにため息をついた。
「ゼン。訓練の様子を見るだけだって言ったじゃない。本気で剣を抜かなくても……。」
「私だってたまには剣を抜かないと腕が鈍るだろう。」
「そういう問題ではないのよ」
大丈夫?
そういってエリシアは、先ほどゼンに負けて膝をついた騎士に手を差し出した。
騎士は慌てて立ち上がり、深く頭を下げた。
「し、失礼いたしました!女王陛下にご挨拶申し上げます!」
それにつられるように、周囲の訓練生たちも一斉に頭を下げる。
「いいのよ、それよりごめんなさい。訓練中だったのに中断させてしまって。」
「と、とんでもありません!大変光栄なことであります!」
ふんわりと優しい雰囲気をまとう人形のようなその姿、金色の髪に青い瞳は、エレーナにそっくりで。
リクは、その2人の姿を、不思議そうに見つめる。
隣に立つ夫婦。
当たり前みたいに。
2人の間には、絶対的な信頼と、安心感。
ゼンとエリシアのその姿に、自分の両親の姿が重なった気がした。
「……なんで」
気づけば、また呟いていた。
あんな強さがあって。
あんな危ないことをして。
それでも、止めずに、隣で笑っていられるのか。
その意味が、まだ分からない。
けれど――
昨日までより、ほんの少しだけ。
分かりかけている気がした。


