それから、いくつもの季節が過ぎた。
公爵は、戦わないものだと思っていた。
女は、戦場に立たないものだとも。
それが当たり前だと、信じて疑わなかった。
――けれど。
「“戦う公爵様”って呼ばれてるだろ」
夕暮れに赤く染まった訓練場で、リクはそう言って、使い終えた練習用の剣を腰に収めた。
ずっと気になっていた。
母上に聞いても笑うだけ。
父上に至っては、「そうだな」としか言わない。
だから、この二人なら――きっと答えを知っていると思った。
リクの視線の先にいた二人は、すぐには何も答えなかった。
「……なによ、急に」
少し遅れて、エレーナが口を開く。
呆れたような声だった。
けれど、その視線はわずかにこちらを見ていた。
リクは、目を逸らす。
うまく言葉にできないまま、
それでも、口を開いた。
「……母上ってさ」
ぽつりと、続ける。
「女なのに公爵で、公爵なのに戦いにも行くだろ……?」
それは、幼い頃から見てきた光景だった。
普段の、母親としての姿。
公爵としての姿。
そして――
戦いの気配を感じた瞬間、騎士の目に変わる、その背中。
思い出して、指先に力が入る。
「それって……おかしいのかな、って」
言ったあとで、自分でもわからなくなる。
“おかしい”のか。
じゃあ、“普通”ってなんだ。
沈黙が落ちた。
風が吹く。
隣で、エレンが小さく息を吐いた。
「……あの人だからだろう」
まっすぐに、リクを見る。
リクは顔をしかめた。
「なんだよそれ。それじゃわかんねーよ」
思わず、声が強くなった。
エレンは肩をすくめるだけで、それ以上は何も言わない。
代わりに――
「“普通”じゃないからよ」
静かな声が、横から落ちた。
「エレーナ。その言い方は伯母様に失礼だろ」
リクが言うと、エレーナは視線を向けないまま答える。
「確かに、普通の公爵は前に出ないかもしれない。普通の女は、戦わないかもしれない」
淡々と、続ける。
「でも、あの人は違う」
その目には、はっきりとした尊敬があった。
「誰かに“おかしい”って言われて、やめるような人じゃない」
言い切る。
リクは、何も言えなかった。
知っているからだ。あの人が剣を握るときの、あの顔を――。
「……でも」
それでも、言葉はこぼれる。
「女なんだし、戦いに行くのは危ないだろ」
小さく、絞り出す。
それが一番、言いたかったことだった。
エレーナは、ほんの一瞬だけ目を細めた。
そして――
「確かに危ないわね。……でも、危ないからなに?」
その一言に、言葉が詰まる。
答えられない。
答えが、わからない。
沈黙が落ちる。
風が、また吹いた。
そのとき。
ふと視線を感じて顔を上げると、エレンがこちらを見ていた。
何も言わず、ただ静かに。
「……なんだよ」
ぶっきらぼうに返す。
エレンは、ほんのわずかに目を細めて――
「別に」
それだけ言って、視線を外した。
まるで、「自分で考えろ」と言われたみたいに。
「……っ」
リクは小さく息を詰める。
――わからないから聞いてるんだろ。
その言葉は、口に出さずに飲み込んだ。
ただひとつ、わかったことがある。
――二人は、この答えを知っている。
それだけは、確かだった。


