「エリシア様」
レオンが、名を呼ぶ。
その響きは丁寧で、優しくて、
ちゃんと“自分”を見ている。
それなのに。
ふと、
視線が、逸れた。
意識したわけじゃない。
ただ、自然に。
その先に――
見えてしまったから。
広間の奥。
フラン侯爵の隣で、言葉を交わす一人の男。
(……ゼン)
楽しげに会話をしている。
穏やかに、微笑んで。
その横顔は、いつもと変わらないのに。
どうしてか、遠く感じた。
遠い。
届かない。
――その時。
ふいに、ゼンの視線がこちらを向いた。
一瞬だけ。
ほんの、一瞬だけ。
エリシアと、目が合う。
その瞳が、わずかに揺れた気がした。
けれど次の瞬間には、
何事もなかったように視線を逸らしていた。
(……気のせい?)
そう思うしかなかった。
わかるはずもない。
「エリシア?」
母の声に、はっとする。
「正式な顔合わせの場も、すぐに用意しましょうね」
嬉しそうな声音。
否定する理由なんて、どこにもない。
否定できる立場でもない。
「……はい」
それしか、言えなかった。
その間も、レオンはずっとこちらを見ていた。
焦らず、急かさず。
ただ、静かに待つように。
(……この人は)
きっと、間違いなく、優しくて誠実な人なのだろう。
まっすぐに、自分を見ている。
――それなのに。
どうしても、目が探してしまう。
もう一度。
ほんの一瞬だけでもいいから。
あの人の方を。


