翌日も、リゼとユリウスは並んで歩いていた。
穏やかな時間。
自然と会話も続く。
だが――
「リゼ。」
背後からの声に、リゼの肩が小さく揺れた。
「稽古の時間だ。」
振り返ると、クロードが立っていた。
不機嫌を隠そうともしない顔。
「……今?」
「今だ。」
「あとで行くわ。」
「今だ。」
ぐい、と腕を引かれる。
「ちょ、クロード……っ、痛いってば!」
その一言で、はっと手を離す。
「……悪い。」
一瞬の沈黙。
「……お前、この縁談受けるのか?」
「……ユリウスは、いい人よ。」
「そういうことじゃない。」
言いかけて、止まる。
「俺が……」
続かない。
「俺が――」
その続きを聞いたら、何かが変わってしまう気がした。
「……私たち、そういうのじゃないでしょう。」
気付いたら、そう言っていた。
クロードの表情が、わずかに崩れる。
「……悪い。」
「どうかしてた。」
「忘れろ。」
背を向けて、去っていく。
その背中を、リゼはただ見ていた。
(……なんで、あんな顔)
――――
戻ってきたリゼを見て、ユリウスは静かに言った。
「彼の言葉の続きを、聞かなくてよかったのですか?」
「……ええ。」
わずかな間。
「では今度、湖へ行きませんか。」
「静かで、いい場所なんです。」
「……ええ。」
その返事は、どこか上の空だった。
――――
別の日。
ユリウスは、少し先を歩くリゼの背中を見つめていた。
「……あの方。」
リゼの足が止まる。
「この間の騎士。」
「あなたが、ずっと目で追っている人」
振り返ったその表情を見て、確信する。
(ああ、やっぱり)
「気づいていないのは、あなただけだ。」
苦笑するユリウスに、リゼは何も言えない。
「僕は考えていました。」
「どうすれば、あなたを幸せにできるのか」
穏やかな声。
「守ることも、支えることもできる。」
「あなたが望むなら、戦場から遠ざけることも。」
そして――
「……僕の国へ来ませんか。」
「戦いのない場所で、生きる道もある。」
その瞬間。
リゼの表情が、変わる。
ほんの、わずかに。
その“揺れ”を見て、ユリウスは理解した。
「……冗談です。」
小さく笑う。
その笑みは、少しだけ寂しかった。
風が吹く。
リゼの髪が揺れる。
その視線の先にいるのは――ここにはいない誰か。
「あなたは、“隣に立つ人”を求めている。」
静かな断言。
「同じ場所で戦い、命を預けられる相手。」
リゼの指先が、わずかに震えた。
「それが、あの方だ。」
否定はなかった。
沈黙。
長い沈黙。
「……参りました。」
ユリウスは、小さく息を吐く。
「僕には、“あなたを守ること”はできても――」
「“あなたと並んで立つこと”はできない。」
一歩、距離を取る。
それだけで、すべてが決まる。
「馬鹿ですね、僕は。」
苦く笑う。
そして、いつもの柔らかな表情に戻る。
「もう十分です。」
まっすぐにリゼを見る。
「どうか、素直になってください。」
それだけ言って、ユリウスは去っていく。
足音が、遠ざかる。
リゼは、動けなかった。
(……同じこと、言ってた)
“背中は俺に任せろ”
胸の奥が、ざわつく。
「……なんなのよ」
小さな声。
“隣に立つ人”
“命を預ける人”
そんなの――
(……決まってる、はずなのに)
どうして、言えない。
どうして、怖い。
――――
ユリウスが縁談の辞退を申し出たのは、そのすぐ後だった。
部屋には、一枚のメモだけが残されていた。
――幸せになってください。彼と。


