密かに… そっと…

詩音くんの合宿まで、あと三日。

それまでは、詩音くんと白田さんのシフトは同じだ。

「詩音くんの学校って、春先輩がいるところなんだね。
私の友達が春先輩を推してて、バスケの試合とか応援に行ってたよ。
詩音くんの学校にも、行ったことある〜」

明るい声で、白田さんが話す。

(……そっか)

(白田さんは、春先輩推しじゃないのか)

ほんの少しだけ、期待していた自分に気づく。

もし――

あの人の方を見てくれていたら。

そうすれば、詩音くんは。

なんて。

そんな都合のいいこと、あるわけないのに。

「お疲れ様でした」

着替えを済ませ、そう声をかける。

二人が楽しそうに話しているのを、横目に見ながら。

(あれ……?)

(なんだか詩音くん、眉間に皺が……)

(それに、さっきからよく太ももを触ってる気がする……)

(もしかして、怪我……?)

バチッ。

こちらを向いた詩音くんと、目が合う。

心臓が、大きく跳ねた。

(やばい……ずっと見てたの、バレた?)

慌てて視線を逸らす。

「お疲れ様でした」

もう一度だけそう言って、店を出た。

外は、進むのも嫌になるくらいの湿気。

太陽は容赦なく、光と熱を肌に刺してくる。

「あっつ……」

思わず漏れた声のあとに、

ぽつりと、本音がこぼれた。

「……大丈夫かな、詩音くん」

――翌日。

「店長、詩音くんって部活で怪我とかしたんですか?
なんだか、太ももを触ってる気がして……」

どうしても気になって、思い切って聞いてみた。

「よく気がついたね」

店長は少し感心したように笑う。

「部活で怪我をしたわけじゃないみたいなんだ。
本人も、痛めた心当たりはないって言っててね。
おそらく――成長痛じゃないかと思ってるんだよ」

「成長痛……?」

思わず聞き返す。

「身長が伸びるときに出る痛み、ってことですか?」

「たぶんね」

(成長痛か……)

少しだけ、ほっとする。

でも――

(無理してないといいけど……)

それからも、詩音くんとはすれ違う毎日が続いた。

私にできるのは、遠くから様子を見て、心配することだけ。

それなのに――

同じ時間に働いている白田さんとの距離は、
どんどん近づいているように見えて、もどかしい。

「もう明日だねー、合宿。
詩音くん、しばらく会えないの寂しいなぁ」

明るくて、甘い声が聞こえてくる。

(あ……そっか。もう合宿か)

「私、一人で大丈夫かなぁ」

少しだけ不安そうに、でもどこか甘えるような声。

「白田さんは、もう一人で大丈夫だよ。よろしくお願いします」

優しく返す詩音くん。

言葉のキャッチボールが、自然に続いていく。

(いいな……)

(自然に話せて)

私は――

その輪の中に、入れないまま。

このまま、詩音くんは合宿に行ってしまう。

何も言えないまま。

何も変えられないまま。

ただ、時間だけが過ぎていく。