密かに… そっと…

もうすぐテスト。それが終われば…
夏休み!

学校がお休みでも、体育館にバスケを観に行けなくても…

私にはバイトがある。
詩音くんに会える。

でも、今はそんな気持ちを封印して、テスト勉強に勤しむ。
テスト一週間前からバイトはお休みをもらっている。

(詩音くん不足は、逆にやる気が起きないよー)
なんて嘆いてみても、成績が悪いと恥ずかしい。
詩音くんに万が一ばれたらと思う気持ちを力に、頑張った。

(うん、なんとかなった気がする)

ようやくテストから解放された今日は、午後から夏の大会に向けて、各部活動がスイッチを切り替える。
三年生にとっては最後の大会。

体育館の黄色い声も、さらに熱を帯びている。

三年の春先輩は、みんなの視線を一つに集める、私の隠れ蓑。

先輩が引退してしまったら、ここにいるみんなはどうするんだろう。
いなくなってしまうのだろうか…。

(お願い、みんな、詩音くんのかっこよさに気づかないで…)
と、心の中で密かに願う。

そんな、自分勝手な考えに罪悪感を抱えながら、体育館を出た。

「あっつい…」

太陽が容赦なく照りつけていた。

鬱陶しい湿度で、いつも以上に暑さを感じる夏でも、喫茶 オークはどこか温かい。
エアコンの効いた店内で、冷えたアイスコーヒーを飲むお客さんも、きっとそう感じているだろう。

そんなお店の雰囲気を作っている店長が、声をかけてきた。

「風香ちゃん。夏休みなんだけど、お昼に来てもらえないかな?」

「あれ? 朱美(あけみ)さんはどうしたんですか?」
いつもお昼にバイトに来ている女性だ。

「それが、夏休みは娘さんのところで過ごすって。長くカナダに行くみたいでね。
さすがに一人だとお店を回せなくて」

「それは大変です。大丈夫です。特にやることもないので、何時でも入れますよ」

確かに、お昼は夜よりお客さんも増えそうだ。店長一人では難しいだろう。

「11時から17時まででどうかな?
長いようなら16時でも大丈夫だけど」

「私は平気ですけど、それだと夜はどうするんですか?
店長一人になっちゃいませんか?」

「それは心配しないで。夜は詩音が入ってくれることになってるから」

ドキンッ

(もう、名前を聞くだけでうるさいよ…私の心臓)

「いつも洗い物を手伝ってくれてるだけだから、風香ちゃん、フロアのことを詩音に教えてあげてね」

(えーっ! 私が詩音くんに教えるの? そんなの嬉しすぎるー)

「わ、わかりました」
ギクシャクする声を、なんとか普通っぽく誤魔化しながら返事をした。

次の日。

「なんかさぁ、今日の風香、顔がキモいよ。ずっとニヤニヤしてる。なんかいいことあった?」

「えっ、そう? ニヤニヤしてるかなぁ」と、わざとらしく大袈裟に頬を摘んでみる。

「絶対なんかあったね。教えてよ」

「いひゃ、なんほなひっへ」

「何? 摘んだまんま喋らないの?」

気が緩むと、どんどん口角が上がっていく。

「はい、もう事情聴取です」

友達に教室の隅へ追いやられ、
「言うまで逃さないよ」という強力な目力を向けられる。

私はその眼力に逆らえず、ついに口を割ってしまった。

「あの…… 好きな人がいます……」

「ですよねー。バスケ部の人?」
友達は顎に指を当てると、探偵のように的確に言い当てていく。

「でも、風香が春先輩を好きって、あんまりピンとこないんだよね……。となると、他の人か」

さすが、私の友達。私のことをよくわかっている。

思わず目を泳がせてしまい、あっさりバレた。

「なるほどね。春先輩狙いの人に紛れて、毎日その人を観に行ってるわけだ」

「あの……探偵を本職にした方がいいんじゃないでしょうか……」

「いやいや、風香、わかりやすいから。
でも、ここから先は自分の口で吐いてもらいますよ」

「質問は二つ。
まず、誰か。
そして、なぜニヤけていたのか」

はい、どうぞ。
そう言わんばかりに、左手のひらを上に向ける。
友達は、完全に“聞く側”の姿勢だった。

はぁ。
ため息をついて、観念する。

「一年の、楢崎 詩音くんです。
バイト先で、彼に仕事を教えてあげることになりました……です」

白旗があったら、今ごろ盛大に振っているところだろう。

ふむふむ。

「歳下ね……。なんか、風香っぽいわ。
じゃあ、これから随時報告よろしくね」

これから、私の恋愛話は友達の格好の餌食になるだろう…。

早く、夏休みになれー。