「あれ?なんて呼べばいいんですかね?お嬢?」
「学校でそれだと目立っちまうだろ」
「んー。じゃあ、姫…は、違うか。ふみ?」
「ふみさんだろーが!お前、親父に殺されるぞ!」
バチン!という乾いた音と一緒に、桑さんの手が静の頭を容赦なく叩いた。
静の体が前に倒れて、勢いのままゴンッ!と音とともに、机に額をぶつける。
いたいです、とまったく痛そうじゃない声でそう言いながら、静がゆっくり顔を上げた。
「ふみさん、これからよろしくお願いします。ね?」
あのころの私は、静がいなくなってから、世界がぽっかりと穴が空いたみたいに感じていた。
理由なんて分からないのに、ただ一つだけはっきりしていた感情があって、
それを子どもなりに必死に言葉にするなら
―――初恋、だったんだと思う。
届くはずもない、戻ってくるはずもないと思っていたその人が、
今、私の目の前に座っている。



