ちぃちゃんの絆創膏

 コロナが流行り出した。
 24時間営業のお店も、20時には閉めてしまうほど、厳しくなった。
 どんどん潰れていくお店…。
 そんな時、ちぃちゃんが、コロナになった。
 高熱が出て、しゃべれるような状態じゃなかった。
 それでも、ちぃちゃんは、入院せず、自宅療養していた。
 ちぃちゃんは、約1週間くらい高熱にうなされた。
 みんながかかっていく中、あたしだけ、ピンピンしていた。
 でも、デイサービス2日目にして、父がコロナで倒れたので、早退させたれた。
 帰ると、みんなで、近くの病院に検査しに行った。
 すると、あたしだけ微熱という結果に…。
 一応、コロナ検査したけど、微熱だし。と言うことで、銀行に行ったり、解熱剤をもらいに病院に行ったりした。
 次の日、結果が出て、あたしもコロナだった。
 コロナと分かっても、微熱でこんなもんなのか?と思っていたら、高熱が出て、何も出来なくなって、トイレにすら行けなかった。
 息もしづらく…。
 救急車を求めても、コロナ患者が増えたせいもあって、受け入れ拒否…。
 救急車さえ来てくれない…。
 息苦しさが増し、父が救急車を呼んだ。
 何とか1台来てくれて、救急で病院に…。
 検査結果が出るまで待って、検査結果が出た。
 なんと、コロナ肺炎…。
 即入院。
 初めの何日かは、どうにもできなくて、オムツ生活の上、交換してもらうにも、ジェスチャーで伝えた。
 ご飯が運ばれてきても、食べる気力がなくて、ゼリーだけ食べたりしていた。
 髪を洗ってもらうのも寝たままでしてもらった。
 入院してから1度も自分で起き上がることができず、歩くこともできなかった。
 入院10日目にして、退院が決まったが、歩けない、起き上がれない。
 何とか起き上がって、立ったけど、どう立っているのかも、ちゃんと立ててるのかも分からなかった。
 感覚がなかったから。
 それでも何とかタクシーに乗った。
 リハビリの病院に代わると、聞かされていたけど、どこの病院かまでは、教えてもらえなかった。
 着いてビックリ!
 なんと、精神科の病院だった。
 「(いやいや。)
(退院してから、2週間も経ってないんですけど?)
(しかも、精神病院ですよね?)
(リハビリは?)」
 あたしは、軽くパニック…。
 でも、そのまま、入院の手続きを母がして、看護師さんに連れられて、いつもの病棟へ…。
 「(マジか!!)
(見送り付きで、みんなに送ってもらったのに…。)
(まさかの出戻り…。)」
 トイレは、個室に置いてくれた。
 TVもあった。
 リハビリを精神科ですることになるとは、思ってもみなかったけど、気の知れた看護師さんばかりだったから、気兼ねはしなかった。
 ここの看護師さんのほとんどに、あだ名をつけていた、あたし。
 その中のお母ちゃんがスパルタで、ジュースを看護ステーションに置いて、取りにこさす。と言う、ハードなリハビリだった。
 そのおかげもあって、すぐに歩けるようになった。
 歩けるようになったら、即退院させられた。
 実家に帰り、自分の部屋で眠っていると、姪っ子が来た。
 コロナは完治していたので、姪っ子と遊んであげた。
 その夜。
 珍しいことに、この時間…夜の19時過ぎに姪っ子が来た。
 「遊ぼ。」
「いいよ。」
 昼の続きをして遊んだ。
 遊んでいると、弟たちが買い物から帰って来た。
 弟達は、姪っ子が起きて泣いていると思っていて、嫁に愚痴をこぼした。
 姪っ子は、あたしの部屋から出たことがバレないように出て、親を驚かせていた。
 姪っ子は、あたしと遊んだ。といえば怒られるので、祖母…つまり、あたしの母と遊んだことにした。
 弟とは、実家に出戻ってから仲が悪くなった。
 実家に帰ってくるなら、土下座が当たり前だと。
 離婚して、実家に戻ることは、よくある話しだったので、何故、土下座まで?と思った。
 弟の暴挙に父も母も何も言えず、土下座させられ、実家に居させてください。と懇願させられた。
 更に、戸の開け方、歩き方まで文句言われ、肩身の狭い思いをしていた。
 そんなことがあってから、鬱が酷くなり、ODの回数は、数えきれないほどし、入院もして、息子の学校行事にも行けなかった。
 息子は、あたしに育ててもらってない。と思い込んでいるけど、それだけ、この家族といることが苦痛で、死にたかった。
 ちぃちゃんは、そのことを知っていた。
 だから、家から連れ出してくれた。
 そんな時、おばあちゃんが亡くなった。
 おばあちゃんは、あたしの味方をしてくれ、口癖は、遥を大切にしなさい。だった。
 おばあちゃんは、認知症になって、介護をしていたのは、母とあたしだったので、弟家族のことを忘れ、親戚と家族で覚えているのは、自分の娘達と、あたしと、あたしの息子だけで、お葬式も泣いたのは、あたしと、あたしの息子だけだった。
 (詳しくは、おばあちゃんの金木犀を読んでください。)
 おばあちゃんが亡くなった時、あたしは、父に殺されかけ、コルセットをして参加していた。
 コルセットのことを聞かれると、母が交通事故に遭って…。と嘘をついた。
 おばあちゃんが亡くなってから、これは、もうこの家にいなくていい。自由にしなさい。と言う意味だと思って、家を出る覚悟をした。
 まず、担当だったホストに連絡をとって、家を見つけてもらった。
 それから、年金だけでやっていけるように、交渉してくれ、1人暮らしを始めた。
 母達にその話しをしたら、父も母も大喜び。
 「(あー…そんなにいらない人だったんだ…。)」
 と改めて思った。
 1人暮らしを始めてから、ちぃちゃんも泊まるようになっていた。
 2人暮らしが始まり、楽しく過ごしていたけど、入院したことにより、自宅が父と母にバレた。
 バレたことに恐怖し、引っ越した。
 1年暮らしたとこで、バレて、また、引っ越した。
 今のとこはバレてない。
 立地のいいとこに住んでいるので、ちぃちゃんもよく泊まりに来ていた。
 あたしは、ODしたことにより、訪問看護師がつくことになった。
 どんな人が来るか不安だったけど、優しくて、楽しい人だったので安心した。
 訪問看護師さんは、薬の管理をしてくれるので、OD出来ない…。
 更に、血圧、体温、血中濃度などを調べてくれた。
 話しも聞いてくれ、何でも話すようになった。
 ちぃちゃんも、訪問看護師さんを探し始めた。
 ちぃちゃんの家族は、病気を理解してくれてると思ったけど、違ったみたいで、弟さんに冷たく、あしらわれていた。
 ちぃちゃんも1人暮らしする決意をした。
 ちぃちゃんの1人暮らしが始まっても、あたしのとこに泊まりに来た。
 引っ越したことにより、訪問看護師さんの指示書が変わるらしく、新しく先生に書いてもらった。
 それを、訪問看護師さんに渡し、そこから、訪問看護師の上司が聞き取りに来て、訪問看護師さんが入ることになった。