ちぃちゃんが離婚した。
原因は、旦那さんの浮気とDV。
13年間、ちぃちゃんは耐え続けていた。
この話を聞いた時、あたしは、その旦那に殴ろうかと思ったくらいで、離婚を薦めてた。
でも、ちぃちゃんは、子ども達のためと思って頑張って結婚生活を続けていた。
機嫌が悪いと、物を壊したり、畳を傷つけたり、ちぃちゃんに暴力振るったりして、挙句に旦那が稼いだお金は、自分だけが使い、家に入れなかった。
更に、自分のだけで足りなくて、ちぃちゃんのお金にも手をつけていた。
ちぃちゃんが、限界を迎えた頃、硬いもので殴られ、気絶したちぃちゃん…。
それを見たのは、長女だった。
長女は、もう我慢せずに離婚して。と言った。
この言葉に、ちぃちゃんは、離婚を決意した。
離婚したら、子どもは、全員自分のとこにいると思っていた、ちぃちゃんとあたし。
でも、蓋を開けてみると、前の旦那さんの子である、長女だけが、ちぃちゃんが引き取り、その他の子は、自分の子だからと最悪な元旦那が引き取った。
理由は経済的なこと。
「(経済面で言うと、この旦那、お金入れてませんけど?)
(なんなら、お金せびってますけど?)」
と思った。
「(虐待しなきゃいいけど…。)」
あたしは、不安だった。
そんな時、ちぃちゃんのお母さんが、膵臓癌で倒れた。
膵臓癌は、癌の中で、1番見つかりにくい癌。
癌って分かった時は、手遅れな時が多い。
ちぃちゃんのお母さんもそうだった。
あたしは、緩和ケアに入ることを勧めた。
苦しくないように、好きなことをして過ごせるように。
だけど、ちぃちゃんは、自分で介護することを決めた。
想像を絶する、癌闘病の日々。
ちぃちゃんは、毎日、ちぃちゃんのお母さんのとこに行った。
どんどん痩せていく、ちぃちゃんのお母さん…。
涙を流しながら、ちぃちゃんは、ちぃちゃんのお母さんの体を洗った。
医者からは、好きなもの食べたいものを食べてください。と言われた。
だから、ちぃちゃんは、ちぃちゃんのお母さんが食べたいものを買ってきて、食べさせてあげたりしていた。
それでも、量が食べれなくて、食べたいものを買っても、一口しか食べれないことが続いた。
食べて欲しい気持ちと、無駄になることへの怒りから、喧嘩することが増えていった。
ちぃちゃんのお母さんと喧嘩しても、次の日には、何事もなかったように、ちぃちゃんのお母さんのとこに行っていた、ちぃちゃん。
食べるのも少ししか無理で、体力なんてないから、抗癌剤も2回しか出来なかった。
髪が抜けるようになり、更に痩せていく、ちぃちゃんのお母さん。
その状態で、自宅に連れて帰ったこともあった。
ちぃちゃんのお母さんは、粗相をしてしまって、ちぃちゃんに何度も謝ったらしい。
ちぃちゃんは、大丈夫と声をかけながら、汚れた物の始末をした。
病院に戻り、入院生活が再びスタートした。
カテーテルをつけられ、管だらけになった、ちぃちゃんのお母さん。
それでも、癌の進行は早く、転移しまくっていた。
最後には、骨にまで…。
ちぃちゃんは、担当医に聞いた。
「桜は、見せてあげれますか?」
「無理です。」
「誕生日までは?」
「それも無理です。」
「誕生日、迎えれないんですか?」
「はい。
現状無理です。」
「そうですか…。」
ちぃちゃんのお母さんは、誕生日の3日前、桜を見ることもなく、静かに息を引き取った。
ちぃちゃんは、お葬式でも大泣き。
ちぃちゃんのお母さんのこと好きだったから。
ちぃちゃんのお父さんは、最後の言葉の時、号泣だったらしい。
ちぃちゃんのお父さんは、我慢していたんだろうね。
ちぃちゃんのお母さんが亡くなってから、マスターは呼ぶのを控えていた。
ほとぼりが覚めた頃、マスターは、ちぃちゃんにBARに来るように言った。
久しぶりに会う、ちぃちゃん。
なんて声をかけていいか、分からなかった。
ちぃちゃんのお母さんが亡くなったこと、元旦那が長男に虐待してること、色んな事がありすぎていたから。
ツラそうな顔をしている、ちぃちゃん…。
話しだけでも、聞いてあげたら、楽になる?そう思って声をかけた。
話してる間に、少し笑顔が見れた。
でも、あたしには、それが限界。
マスターに任せたら、ちぃちゃんは笑った。
「(マスターには敵わないか…。)」
そう思った。
その日から、また、ちぃちゃんと出かけるようになった。
そんなある日、ちぃちゃんから連絡があった。
何だろうと思っていると、次女と長男が玄関前に置き去りにされていると…。
あたしは、耳を疑った。
「(子ども達をこんな時間に放置?!)
(ふざけんな!!)
(これだから、脳無しは…!!)」
暴言を吐いたところで、現状変わらないので、警察と児童相談所に連絡するように伝えた。
警察と児童相談所の人が来て、事情を説明したとこ、ちぃちゃんは親権がないから、接触しないでください!と言われてしまったらしい。
「(緊急事態なのに、親権親権うるっさいわ。)」
と思った。
警察が、2人にどうやって来たのか尋ねた。
「おばあちゃんが連れてきた。」
と答える2人…。
「(あんっの脳無し親子!!)
(どんな神経してんの?!)」
あたしの怒りが爆発寸前。
結局、児童相談所の人が、2人を連れて、一晩だけ施設で寝ることにした。
次の日には、また、脳無し親子のとこに連れて行くと言われた。
「(それって、また、虐待されるじゃん!)
(保護しなさいよ!)
(親権剥奪しなさいよ!)」
と思った。
長男は、隣の市から歩いてちぃちゃんの家に向かおうとして、2回ほど警察に保護された。
隣の市から、ちぃちゃんの家まで、かなりの距離がある。
それを、歩いて来ようとしてたってことは、余程、脳無し親子が嫌だったんだろう。
それでも、親権がないからと言う理由で、ちぃちゃんのとこに居られない長男…。
中学になってから、自転車を買ってもらった長男は、自転車でちぃちゃんの家まで来た。
話しを聞けば、脳無しが、長男は要らない!と言ったので、長男はちぃちゃんのとこに来て、ちぃちゃんは受け入れた。
更に、話しを聞けば、真夏にエアコンを付けさせてもらえず、図書館で勉強していた、長男と次女。
食事も満足に食べさせてもらえず、隠れてパンを食べていたこと。
それがバレると、暴力を振るわれていた。
お風呂も、着替えの服も、満足にさせてもらえなかったこと。
虐待のことを聞かされるだけで、胸が苦しくなった。
この日から、長男は、ちぃちゃんの家で暮らすようになったけど、パンを隠して食べてたり、話せなくなった。
そんな長男の話しを聞いて、あたしは、脳無し親子を、心底軽蔑し、怒りしか込み上げてこなかった。
ちぃちゃんは、長男にこう言った。
「パン食べたかったら、隠れて食べなくていいよ。
ここにあるものは、全部、食べていいものだけだから。
気にせず食べなさい。」
長男は、その日から、パンを隠して食べることはなかった。
ちょっとずつ、長男がちぃちゃんの家に慣れた頃、ちぃちゃんが、OD(オーバードーズの略)したり、手首を切ったりしていた。
何度も、救急車で運ばれるちぃちゃん…。
救急隊員には、普通に話せたらしく、ちぃちゃんは病院に運ばれた。
ちぃちゃんは、ちぃちゃんのお母さんが亡くなってから、心の病にかかっていた。
気持ちが落ち込んだ時に、誰もそばに居なかったから、ODをしていたことを知った。
「(あたしが居るだけじゃ、何もならないのかな?)
(役立たずなのかな?)」
そう思ったら、あたしもODをしていた。
あたしの場合は、結構、きつめの薬を飲んでいたから、入院まですることになった。
あたしは、入退院を繰り返し、数えてみたら、10回は入院していた。
入院中、携帯使えなくて、全部、公衆電話を使うようになっていて、久しぶりに、テレカを手にした。
初めて、入院した時は、不安だらけで、しかも、コロナが流行った時と重なって、お見舞いも来てもらえず、食事も個室で、看護師さんが運んでくれたり、下げてくれたりして、人と話すことがなくて、不安すぎて1ヶ月で無理矢理退院した。
ちぃちゃんは、入院が嫌いなので、入院しなかった。
ちぃちゃんが、ふくよかになってきたので、病院で調べてもらったら、甲状腺機能低下症だった。
ちぃちゃんもあたしも薬の影響で、ふくよかになったんだと思っていたから、結果に驚いた。
この病気は、治ることがなくて、ずっと、薬を飲み続けなければならず、ちぃちゃんは落ち込んだ。
更に、数値がずっと悪ければ、甲状腺癌になると聞かされた。
ちぃちゃんは、中々、数値が良くならなかった。
この頃、あたしは、ちぃちゃんが、内緒にしていたことを知った。
それは、ちぃちゃんは、大腸癌になったことがある。ということ。
あたしは、完治しているものだと思っていた。
原因は、旦那さんの浮気とDV。
13年間、ちぃちゃんは耐え続けていた。
この話を聞いた時、あたしは、その旦那に殴ろうかと思ったくらいで、離婚を薦めてた。
でも、ちぃちゃんは、子ども達のためと思って頑張って結婚生活を続けていた。
機嫌が悪いと、物を壊したり、畳を傷つけたり、ちぃちゃんに暴力振るったりして、挙句に旦那が稼いだお金は、自分だけが使い、家に入れなかった。
更に、自分のだけで足りなくて、ちぃちゃんのお金にも手をつけていた。
ちぃちゃんが、限界を迎えた頃、硬いもので殴られ、気絶したちぃちゃん…。
それを見たのは、長女だった。
長女は、もう我慢せずに離婚して。と言った。
この言葉に、ちぃちゃんは、離婚を決意した。
離婚したら、子どもは、全員自分のとこにいると思っていた、ちぃちゃんとあたし。
でも、蓋を開けてみると、前の旦那さんの子である、長女だけが、ちぃちゃんが引き取り、その他の子は、自分の子だからと最悪な元旦那が引き取った。
理由は経済的なこと。
「(経済面で言うと、この旦那、お金入れてませんけど?)
(なんなら、お金せびってますけど?)」
と思った。
「(虐待しなきゃいいけど…。)」
あたしは、不安だった。
そんな時、ちぃちゃんのお母さんが、膵臓癌で倒れた。
膵臓癌は、癌の中で、1番見つかりにくい癌。
癌って分かった時は、手遅れな時が多い。
ちぃちゃんのお母さんもそうだった。
あたしは、緩和ケアに入ることを勧めた。
苦しくないように、好きなことをして過ごせるように。
だけど、ちぃちゃんは、自分で介護することを決めた。
想像を絶する、癌闘病の日々。
ちぃちゃんは、毎日、ちぃちゃんのお母さんのとこに行った。
どんどん痩せていく、ちぃちゃんのお母さん…。
涙を流しながら、ちぃちゃんは、ちぃちゃんのお母さんの体を洗った。
医者からは、好きなもの食べたいものを食べてください。と言われた。
だから、ちぃちゃんは、ちぃちゃんのお母さんが食べたいものを買ってきて、食べさせてあげたりしていた。
それでも、量が食べれなくて、食べたいものを買っても、一口しか食べれないことが続いた。
食べて欲しい気持ちと、無駄になることへの怒りから、喧嘩することが増えていった。
ちぃちゃんのお母さんと喧嘩しても、次の日には、何事もなかったように、ちぃちゃんのお母さんのとこに行っていた、ちぃちゃん。
食べるのも少ししか無理で、体力なんてないから、抗癌剤も2回しか出来なかった。
髪が抜けるようになり、更に痩せていく、ちぃちゃんのお母さん。
その状態で、自宅に連れて帰ったこともあった。
ちぃちゃんのお母さんは、粗相をしてしまって、ちぃちゃんに何度も謝ったらしい。
ちぃちゃんは、大丈夫と声をかけながら、汚れた物の始末をした。
病院に戻り、入院生活が再びスタートした。
カテーテルをつけられ、管だらけになった、ちぃちゃんのお母さん。
それでも、癌の進行は早く、転移しまくっていた。
最後には、骨にまで…。
ちぃちゃんは、担当医に聞いた。
「桜は、見せてあげれますか?」
「無理です。」
「誕生日までは?」
「それも無理です。」
「誕生日、迎えれないんですか?」
「はい。
現状無理です。」
「そうですか…。」
ちぃちゃんのお母さんは、誕生日の3日前、桜を見ることもなく、静かに息を引き取った。
ちぃちゃんは、お葬式でも大泣き。
ちぃちゃんのお母さんのこと好きだったから。
ちぃちゃんのお父さんは、最後の言葉の時、号泣だったらしい。
ちぃちゃんのお父さんは、我慢していたんだろうね。
ちぃちゃんのお母さんが亡くなってから、マスターは呼ぶのを控えていた。
ほとぼりが覚めた頃、マスターは、ちぃちゃんにBARに来るように言った。
久しぶりに会う、ちぃちゃん。
なんて声をかけていいか、分からなかった。
ちぃちゃんのお母さんが亡くなったこと、元旦那が長男に虐待してること、色んな事がありすぎていたから。
ツラそうな顔をしている、ちぃちゃん…。
話しだけでも、聞いてあげたら、楽になる?そう思って声をかけた。
話してる間に、少し笑顔が見れた。
でも、あたしには、それが限界。
マスターに任せたら、ちぃちゃんは笑った。
「(マスターには敵わないか…。)」
そう思った。
その日から、また、ちぃちゃんと出かけるようになった。
そんなある日、ちぃちゃんから連絡があった。
何だろうと思っていると、次女と長男が玄関前に置き去りにされていると…。
あたしは、耳を疑った。
「(子ども達をこんな時間に放置?!)
(ふざけんな!!)
(これだから、脳無しは…!!)」
暴言を吐いたところで、現状変わらないので、警察と児童相談所に連絡するように伝えた。
警察と児童相談所の人が来て、事情を説明したとこ、ちぃちゃんは親権がないから、接触しないでください!と言われてしまったらしい。
「(緊急事態なのに、親権親権うるっさいわ。)」
と思った。
警察が、2人にどうやって来たのか尋ねた。
「おばあちゃんが連れてきた。」
と答える2人…。
「(あんっの脳無し親子!!)
(どんな神経してんの?!)」
あたしの怒りが爆発寸前。
結局、児童相談所の人が、2人を連れて、一晩だけ施設で寝ることにした。
次の日には、また、脳無し親子のとこに連れて行くと言われた。
「(それって、また、虐待されるじゃん!)
(保護しなさいよ!)
(親権剥奪しなさいよ!)」
と思った。
長男は、隣の市から歩いてちぃちゃんの家に向かおうとして、2回ほど警察に保護された。
隣の市から、ちぃちゃんの家まで、かなりの距離がある。
それを、歩いて来ようとしてたってことは、余程、脳無し親子が嫌だったんだろう。
それでも、親権がないからと言う理由で、ちぃちゃんのとこに居られない長男…。
中学になってから、自転車を買ってもらった長男は、自転車でちぃちゃんの家まで来た。
話しを聞けば、脳無しが、長男は要らない!と言ったので、長男はちぃちゃんのとこに来て、ちぃちゃんは受け入れた。
更に、話しを聞けば、真夏にエアコンを付けさせてもらえず、図書館で勉強していた、長男と次女。
食事も満足に食べさせてもらえず、隠れてパンを食べていたこと。
それがバレると、暴力を振るわれていた。
お風呂も、着替えの服も、満足にさせてもらえなかったこと。
虐待のことを聞かされるだけで、胸が苦しくなった。
この日から、長男は、ちぃちゃんの家で暮らすようになったけど、パンを隠して食べてたり、話せなくなった。
そんな長男の話しを聞いて、あたしは、脳無し親子を、心底軽蔑し、怒りしか込み上げてこなかった。
ちぃちゃんは、長男にこう言った。
「パン食べたかったら、隠れて食べなくていいよ。
ここにあるものは、全部、食べていいものだけだから。
気にせず食べなさい。」
長男は、その日から、パンを隠して食べることはなかった。
ちょっとずつ、長男がちぃちゃんの家に慣れた頃、ちぃちゃんが、OD(オーバードーズの略)したり、手首を切ったりしていた。
何度も、救急車で運ばれるちぃちゃん…。
救急隊員には、普通に話せたらしく、ちぃちゃんは病院に運ばれた。
ちぃちゃんは、ちぃちゃんのお母さんが亡くなってから、心の病にかかっていた。
気持ちが落ち込んだ時に、誰もそばに居なかったから、ODをしていたことを知った。
「(あたしが居るだけじゃ、何もならないのかな?)
(役立たずなのかな?)」
そう思ったら、あたしもODをしていた。
あたしの場合は、結構、きつめの薬を飲んでいたから、入院まですることになった。
あたしは、入退院を繰り返し、数えてみたら、10回は入院していた。
入院中、携帯使えなくて、全部、公衆電話を使うようになっていて、久しぶりに、テレカを手にした。
初めて、入院した時は、不安だらけで、しかも、コロナが流行った時と重なって、お見舞いも来てもらえず、食事も個室で、看護師さんが運んでくれたり、下げてくれたりして、人と話すことがなくて、不安すぎて1ヶ月で無理矢理退院した。
ちぃちゃんは、入院が嫌いなので、入院しなかった。
ちぃちゃんが、ふくよかになってきたので、病院で調べてもらったら、甲状腺機能低下症だった。
ちぃちゃんもあたしも薬の影響で、ふくよかになったんだと思っていたから、結果に驚いた。
この病気は、治ることがなくて、ずっと、薬を飲み続けなければならず、ちぃちゃんは落ち込んだ。
更に、数値がずっと悪ければ、甲状腺癌になると聞かされた。
ちぃちゃんは、中々、数値が良くならなかった。
この頃、あたしは、ちぃちゃんが、内緒にしていたことを知った。
それは、ちぃちゃんは、大腸癌になったことがある。ということ。
あたしは、完治しているものだと思っていた。



