お酒のせいにできない

「福原、これ、メニュー表。好きなの頼んで」

 渡されたメニュー表に遼の指が触れる。目が離せない。宝石みたいに綺麗な指だと、ありきたりで陳腐な感想しか湧かないのがもどかしい。こんなに好きで、こんなに魅せられているのに。

 触りたい。触ってみたい。アルコールを含んでいるせいか、不埒な衝動が胸を突き上げてきた。手がうずうずと制御できない別の意志を持って動き出しそうになる。意識がその手に向くと、チューハイを飲む動作が止まった。結菜の口内に入れなかったチューハイが零れ落ちた。弾かれたように目が覚めた。

 慌ててジョッキを置き、口元を隠す。顎から首へ、冷たく濡れた細い道筋が作られた。俯くと、服にも水滴が落ちており、点々と色が濃くなっていた。

「え、ちょ、結菜、どした? 大丈夫?」

「だいじょうぶ……」

 異変に気づいて心配してくれる友人に短く答え、結菜は傍らに置いていたバッグを漁った。とにかく口周りを拭かなければ。

 手で口を覆ったままハンカチを取り出そうとするが、片手ではチャックを上手く開けられない。どうしてチャック付きのバッグに入れてきてしまったのかと、過去の自分を恨みそうになった。

 言うことを聞かないチャックに悪戦苦闘していると、横から何かを差し出された。見ると、折り畳まれたハンカチだった。

「これ、使っていいよ」

 顔を上げる。遼と目が合う。結菜は遼とハンカチを交互に見遣り、ピシッと硬直した。ハンカチを持つ指。反応できないまま凝視してしまう。

 二人の間で数秒の沈黙が落ちた。遼の親切心を素直に受け取らず後回しにし、自分の欲求を優先する結菜。遼の指に集中しすぎて、失態を犯してしまったばかりなのに。