君が遺した、夜明けのしおり。

あの日、私は告げられた。いわゆる、余命宣告。

「星野薫さん。貴方は、子児がんです。7割から8割が治るとされていますが」

されていますが?その先のことなんて、分かってる。

「余命、1年です」

それって。本人の前で、言うんだ……。ドラマとかで見るやつは、

『患者様のご家族の皆様。患者様は、余命◯◯です』

家族に言うんだよね。とはいえ、私だって、真実を知りたい。知りたいけど、知りたくない。そんな二つのジレンマに陥っていた。

「……そうですか」

そう言う他無かった。何もかも無理だと思った。諦めの連続。

小さい時に両親にお願いしてやり始めたバレエやスイミングだって、大好きな読書だって、出来なくなるんだ。

前読んだ本で、『人は常に死に向かって生きていく』って書いてあったけど、いくらなんでも、ゴールが早すぎるよ。人生って、こんなにあっけなく終わるものなの?

「余命を伸ばすこともできます。抗がん剤治療などで」

でも、それには辛い副作用がある。吐き気や脱毛、倦怠感など。

それよりも。辛いことが、私にはある。

イジメ。いじめ。虐め。苛め。

私が世界で一番嫌いな言葉。


私の学校には、スクールカーストが激しい。それは外部からも懸念されている。


私は、上位の子、神楽坂綺花ちゃんに、意地悪されてる。

『ねえねえ、これ、ダッサくなーい?この筆箱が親の形見とか、センス悪っ!』

亡きお父さんからもらった筆箱をバカにされ、私は言い返した。

『それはお父さんからもらったものなの。お父さんをバカにしないで』

自分でも、怖いくらい冷たい声が出た。でも、それは思った以上に小さい声だった。

『小さくて聞こえない〜。透明人間だったりしてぇ?』

それに合わせて、取り巻きの子達がクスクス笑う。

『……』

私はまた言い返すことなんてできっこなくて、黙った。


思い出すと胸が苦しくなるけれど、過去を悔やんでも仕方がない。


イジメられてない。意地悪されてるだけ。

イジメられてる人は、弱い人だ。私は弱くなんかない。自分の思うことをやってきた。誰も振り回さず、誰にも振り回さず。

……残りの1年間、どうしようかな。

急に弱気になってしまった自分を励ますようにくるっと思考を変える。

治療は辛いだろう。骨折した時の何倍も痛いだろう。いっそ、もう、死のうかな。

ちょっとストップストップ!思考は変わったが、もっとどんより暗くなってしまった。


お医者さんから色々説明を受けて、私は「ありがとうございました」と病院を出る。

その時、お母さんから電話が来た。

《もしもし、お母さん?》

《もしもし、薫。ごめんね、一緒に病院行けなくて》

《気にしてないよ。お母さん、お仕事終わったの?》

《うん、終わった。いつもよりスムーズに行けた。前の診断、小児がんだったんだね》

《……うん。これからどうしていけばいいか、分からなくて。困ってるの》

《薫なら大丈夫。1年間を、最高にすればいいの》

《最高?どういう?》

まだこの時点では、お母さんの言った言葉の意味は理解できていなかった。

《まあまあ、知らないけど。楽観的よ、楽観的っ。まあ、薫は、今の状況じゃ、なれないよね》

そうだよという苦い唾を飲み込み、

《頑張るから》

《程々にね》


《お母さん、今から電車乗るからまたね。ご飯、作り置きしておいたの。食べて》

《ありがと。私も今から帰ります》

電話を切って、(傘を持ってきてなかったから)ごうごうと音を鳴らす雨にうたれながら家路に就いた。

『ガチャリ』

玄関に腰を下ろす。いつもより床がひんやりしている。

お母さんが作ってくれた生姜焼きを食べ終わり、時計を見る。

「もう11時か」

お風呂に入って歯磨きをして寝る支度を済ませる。

『ガチャリ』

ドアが開く。お母さんが帰ってきたみたい。スーツ姿で

「たっだいま〜!あ、寝ようとしてた?ごめんね」

最近、お母さんはよくごめんねを口にする。お父さんがいた時は、こんな表情しなかったよ。私が、心配させているから。

「ごめんねって、言わないでっ……」

気づかないうちに、涙が出ていた。涙を拭おうとするけれど、次から次へと出てくるから焦ったい気持ちになる。

ダメだよ、私。お母さんをさらに心配させる。

焦っていた私を抱きしめたお母さんも、涙をこぼしていた。

「うんっ……。大好きだよ」

お母さんの温もりに包まれたら、雷だって、雨だって、怖くなかった。


それでも、充分、おそろしさはあったんだけれど——。

起きたら、怖さと嬉しさで、枕が涙でぐっしょり濡れていた。