安倍家の養子になりまして

それは雪が降り積もった冬の日だった。
私は一人で森に入ったは良いけど、雪によって変わった山は、いつもと違い、まるで知らない土地だった。
「.......どこだろう、ここ.......」
雪をザクザクと歩けば歩くほど、裸足の足は冷たい。
踏み跡は雪にすぐに消され、最初からなかったことにされる。
このまま歩いていたら危険だと思い、途中で見つけた洞窟で身を隠す。
「あら、どうしたの?そんなところで」
雪のように白い髪は、洞窟の薄い光を受けて淡く発光しているように見える。肌もまた驚くほど白く、外の世界の寒さとは別の次元にいるみたいだった。
「.....ご両親は?」
女性は私と視線を合わせて尋ねてきたので、フルフルと首を振る。
女性は、その小さな動きを見て、わずかに目を伏せた。
「そう........」
女性の名前は『葛ノ葉』と言うらしくて、京で家族三人で住んでいるらしい。
葛ノ葉さんに連れられて山を下りると、真っ先に案内してくれたのは葛ノ葉さんのお家。
「母上.....!」
パタパタと駆け寄ってきたのは、同い年くらいの小さな男の子だった。まだ少年とも言えない年頃で、息を切らしながら葛葉の前に立つ。
「母上、今日は雪が激しいからあれほど山は危険だって注意したのに.....!」
「ごめんねぇ、童子丸(どうじまる)
軽くいなすような声だったが、その言葉には確かな優しさがある。
童子丸と呼ばれた少年は、そこでようやく私に気づいた。
「母上、この子は?」
「山で迷っていたの」
その言葉に、童子丸くんの視線が一気に私へ向いた。
ついさっきまで葛葉さんに向けていた強い口調とは違い、今度は戸惑いと驚きが入り混じった目だった。
「大丈夫?」
「え?」
「おいでよ、早く温めないと痛くなるよ」
童子丸くんに手首を掴まれ、引きずるようにして中に入れられた。
あっという間にテキパキと桶にお湯が張られ、足を突っ込まされる。指先まで凍っていた感覚が、ゆっくりとほどけていく。
「ね、名前なんて言うの?」
桃花(とうか)
「へぇ、良い名前だね」
童子丸くんに名前を褒められていると、厨の方から葛ノ葉さんが握り飯を持って来た。
「お腹空いたでしょ〜。ほら、食べて食べて」
そう言って置かれた握り飯は、山のように盛られていた。
「母上.....」
童子丸くんの声は、半ば呆れたようでいて、どこか慣れた響きでもあった。
葛葉さんは、まるでその反応すら楽しんでいるように、軽く手を振る。
「あ、童子丸も食べる?」
「うん」
三人で握り飯を食べていると、バタバタと勢い良く戸が開いたかと思うと、狩衣姿の男性がヘロヘロと入ってきた。
「あら、お父さん!どうしたの、そんな汚れて」
「野良猫に餌あげてたら引っ掻かれてしまったよー......」
狩衣姿の男性は、そう言いながら縁側に倒れ込むように座り込んだ。
「父上、部屋には入って来ないでね」
「童子丸〜、冷たい〜」
「せめて泥を払ってから」
童子丸くんの冷静な一言に、男はしょんぼりと肩を落とした。
​「ほらほら、お父さんも。そんなところでいじけてないで、早く着替えておいで。握り飯がなくなっちゃうわよ」
​葛ノ葉さんがクスリと笑いながら、声を掛けると、男性は「葛ノ葉の握り飯……!」と目を輝かせ、子供のように大急ぎで裏手へ泥を洗い流しに向かった。

「帰る場所がないなら、ここに住む?」
裏手で泥を洗い流した男性がそう聞いてきた。
「え.....でも」
「まぁ、良いじゃない!童子丸も同年代のお友達ができて良かったわね」
「うん」
あれ?知らない間に両親と家が決まりそう.....。
私は握り飯を持ったまま、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
こうして、私は安倍家の養子になった。