次の日の朝。
「おはよ、美緒〜!」
教室に入った瞬間、
姫香が勢いよく手を振った。
「おはよ」
席に座りながら返すと、
姫香は机をぐいっと近づけてくる。
「ねえ聞いて。」
その顔が、
昨日より明らかに嬉しそうで。
「……なに?」
「さっき神崎くんと話した!」
「え?」
思わず顔を上げる。
「朝、校門のところで会ったの!
“おはよう”って言ってくれてさ〜!」
姫香は幸せそうに笑いながら、
机に突っ伏した。
「もう無理、かっこいい……」
その様子に、
胸の奥がちくりと痛む。
でも私は、
気づかないふりをした。
「よかったじゃん」
「ね!今日絶対もっと話す!」
そんな話をしていると、
教室の前扉が開く。
「あ、おはよう」
入ってきたのは神崎くんだった。
途端に、
教室の空気が少し変わる。
女子たちの声が、
わかりやすく弾んだ。
神崎くんはクラスを見渡したあと、
私たちの方に気づいて軽く笑う。
「おはよう、佐々木さん。鈴川さんも」
“鈴川さんも”。
その言葉だけなのに、
姫香の顔がぱっと明るくなった。
「お、おはよ!」
少し裏返った声に、
私は思わず吹き出しそうになる。
神崎くんはそんな姫香を見て、
小さく笑った。
「今日の放課後、
委員会のプリントまとめるんだけどさ。」
そう言いながら、
自然と私を見る。
「佐々木さん、少し残れる?」
「あ、うん」
返事をした瞬間。
「じゃあ私も残ろっかな!」
姫香がぱっと顔を上げた。
神崎くんは少し驚いたあと、
笑った。
「鈴川さんも手伝ってくれるの?」
「もちろん!」
姫香は嬉しそうに頷く。
「美緒ひとりだと絶対無理するし」
「……しないし」
「するのー」
神崎くんは、
そんな私たちを見て小さく笑った。
「じゃあ放課後よろしく」
そう言って自分の席へ戻っていく。
その背中を、
姫香はしばらく目で追っていた。
「姫香?」
「……んーん、なんでもない」
そう言って笑った顔が、
少しだけ嬉しそうに見えた。
胸の奥が、
また小さく痛んだ。
⸻
放課後。
「うわ、プリント多……」
机の上の紙の束を見て、
姫香がげんなりした声を出す。
「鈴川さん、もう帰る?」
神崎くんが笑いながら聞くと、
「いや頑張ります!」
姫香はぴしっと背筋を伸ばした。
思わず小さく笑うと、
「佐々木さん笑った。」
不意にそう言われて、
顔を上げる。
神崎くんがこっちを見ていた。
「……そんな珍しい?」
「ちょっと。」
からかうみたいに笑われて、
なんとなく視線を逸らす。
その時。
「ねえ神崎くん、字きれい!」
向かい側で、
姫香が目を輝かせた。
「ほんとだ、すご」
「え、恥ずかしいんだけど」
楽しそうに笑うふたりを見ながら、
私は配られたプリントを静かに揃えた。
プリントをまとめ終わった頃には、
教室に残っているのは私たちだけだった。
「姫香、先帰ってるね〜!」
「うん、おつかれ」
「神崎くんもばいばーい!」
ぱたぱたと手を振って、
姫香は教室を出ていく。
扉が閉まった瞬間、
教室が急に静かになった。
「……静か。」
神崎くんが小さく笑う。
「さっきまでうるさかったもんね」
「鈴川さんいると一気に明るくなるよね」
そう言いながら、
神崎くんは配布用のプリントを揃えていく。
私もその隣で、
余った紙をまとめた。
「佐々木さんってさ。」
「え?」
「ちゃんとしてるよね」
突然そんなことを言われて、
思わず手を止める。
「別に、普通だよ」
「いや、普通にできることじゃないと思う」
神崎くんはさらっと言った。
「ちゃんと周り見てるし。」
その言葉に、
胸の奥が少しだけ落ち着かなくなる。
「……神崎くんの方が、
みんな見てると思うけど」
そう返すと、
神崎くんは少しだけ笑った。
「俺はただ、
話しかけてるだけ。」
窓の外から、
運動部の声が聞こえる。
夕方の教室は、
やけに静かだった。
「でも。」
神崎くんがふとこっちを見る。
「佐々木さんといると、
なんか落ち着く。」


