左手に龍はまだ来ない

その日の夜。

「幹太、宿題は終わったの?」

「はぁ、うるせえんだよ。ばばあ!」

……ふむ。

漫画の主人公も、だいたいこんな口調だ。
なるほど。
なかなかに、かっこいい。

その瞬間、背後から不穏な気配を感じた。
俺は反射的に振り返る。

そこには――。

背中から「ゴーッ」と音が出ていそうな表情のママが立っていた。

なんだ?
母親が何者かに取り込まれたのか?
俺の隠された力に気づいた存在の仕業か?

「かーんーたー……。
今、ばばあって言った?」

低い。
声が、低すぎる。

「母親に向かって?」

次の瞬間、俺は震え上がった。

「あんた、しばらくご飯はメザシだけだから」

それからしばらく、俺の食卓には
白いご飯と、メザシが一匹だけ乗っていた。

俺は学習した。

この世で一番怒らせてはいけない存在は、
母親だ。