「……海緒」
名前を呼んだ俺の声は、自分でも驚くほど微かに震えていた。
隣を歩く彼女の体温が、夜の冷気の中でやけに近くに感じる。
『私はずっとここにいますよ。どうかしましたか?』
たったそれだけの変化も見落とさないとでも言うように、海緒は足を止めて俺を覗き込んだ。
その瞳には、一点の曇りもない。
「俺は……今まで生きてきた人生の中で、海緒に出会えて、本当によかったって思ってる」
喉の奥が熱い。心臓がうるさすぎて、自分の声がちゃんと届いているのかさえ分からなくなる。
『……? ありがとう……ございます……?』
唐突すぎる告白に、海緒は戸惑ったように眉を下げた。何を言っているんだろう、という困惑が隠しきれていないけれど、それでも彼女はゆっくりと、丁寧に言葉を返してくれる。
(――ここで止まるな、俺。ちゃんと言え!!)
逃げ出したくなる自分を、心の奥で怒鳴りつける。
中途半端な言葉で誤魔化すのは、もう終わりだ。
俺は意を決して、彼女の真っ直ぐな瞳を正面から見据えた。
「俺、海緒が好きだよ。……出会った時から、ずっと」
一度言葉にしてしまえば、あとは堰を切ったように想いがあふれ出した。
ずっと胸の奥に閉じ込めて、大切に、時に苦しく守り続けてきた感情。それをすべて、目の前の彼女へとぶつけた。
『……っ』
海緒の大きな瞳が、驚きで見開かれる。
白磁のような彼女の頬が、みるみるうちに鮮やかな朱に染まっていくのが、月明かりの下でもはっきりと分かった。
その瞬間、静まり返っていた丘の上を、二人を祝福するかのように優しい夜風が吹き抜けた。
海緒のポニーテールがさらりと揺れ、彼女がいつも纏っている甘い香りが、風に乗って俺の鼻先を掠める。
「後輩としてじゃない。一人の女の子として、海緒のことが好きなんだ」
風の音にかき消されないよう、俺はもう一度、今度はより確かな声で告げた。
頬を赤く染めたまま立ち尽くす彼女を見つめながら、俺は彼女から返ってくる答えを、逃げずに待った。



