『俺様王子が不器用についた最初で最後の優しい嘘。』

「おい、空音。足の出し方が甘いんだよ。もっと俺に合わせろ」
 

放課後のグラウンド裏。二人三脚の特訓は、二日目に入っても雪弥くんのペースで進んでいた。


 私の腰をがっしりと引き寄せる彼の腕は、昨日よりも力強い。密着した制服越しに、彼の体温がダイレクトに伝わってきて、私は練習どころじゃなかっ
た。


「……っ、神崎くん、近いよ! そんなに密着しなくても歩けるでしょ!」


「あ? 二人三脚は心臓を一つにする競技なんだよ。これくらい離れてたら、息が合うわけねーだろ。……それとも何、俺に触られるのが嫌なわけ?」


 雪弥くんはわざと足を止めて、私を壁際まで追い詰めるように顔を近づけた。夕焼けのオレンジ色が彼の茶色い瞳に反射して、吸い込まれそうなほど綺麗
で。


「いや、じゃないけど……」


「なら黙ってろ。……空音、お前は俺の言うことだけ聞いてりゃいいんだよ」


 そう言って、彼は満足げに私の頭を乱暴に撫でた。


 この人は、いつだって自信満々で、自分の思い通りに世界を動かしている。そう思っていた。


 けれど、事件は休憩中に起きた。


「……あ。神崎くん、飲み物買ってくるね」


 私が結んでいた赤い紐を解こうと屈んだとき、雪弥くんが不自然に固まっていることに気づいた。


 彼は、自分の足元に結ばれた『赤い紐』を、まるで見知らぬ物体を見るような、怯えた目で見つめていた。


「……雪弥くん?」


 私が彼の名前を呼んでも、反応がない。


 ただ呆然と、自分の足を見つめている。その表情は、全校生徒を従える王子のそれではなく、真っ暗な森に放り出された子供のようだった。


「……これ。……なんで、結んでるんだ?」


「え……? 二人三脚の練習、してたでしょ?」


「二人……さんきゃく……?」


 雪弥くんが、自分のこめかみを強く指で押さえた。


 十秒。いや、永遠にも感じられるような、空白の時間。


 やがて、彼は大きく息を吐き出すと、何事もなかったかのように私を見下ろして、いつもの不敵な笑みを貼り付けた。


「……あー、わりー。ちょっと、紐の結び方が複雑すぎて見入ってただけだ。……ったく、お前が不器用な結び方するからだろ。次は俺がやってやるから、そこどけ」


 いつもの意地悪な口調。


 でも。私を押しのけて紐を解く彼の指先が、驚くほど冷たくなっていて、小刻みに震えているのを、私は見てしまった。


「空音。……さっきの、気にするな」


 彼は顔を上げないまま、低く、命令するように言った。


「俺は神崎雪弥だ。……お前の憧れの、完璧な男なんだよ。……だから、今の顔は忘れろ。いいな?」


 その「命令」は、傲慢な自信から出たものじゃなく、今にも崩れそうな自分を必死に繋ぎ止めるための、悲しい「嘘」に見えた。


 雪弥くん、あなたの中で、一体何が起きているの?