『お前以外、愛せない』        ――元カノがいたはずの俺様王子くん、私への執着が暴走中!?ーー

文化祭当日。

体育館の舞台袖は、熱気と緊張感に包まれていた。


 けれど、私と春兎の間には、どこか冷たい、張り詰めた空気が漂っている。


 脚本担当の月夜くんが書いた結末は、原作よりもずっと残酷だった。


『愛し合う二人は、すれ違ったまま毒を仰ぎ、二度と目覚めることはない――』


「……空音。お前、本当にこのまま死ぬ役やるの?」


 衣装に着替えた春兎が、私の腕を強く掴んだ。


 ロミオの格好をした彼は、息を呑むほど綺麗で、だけど今にも壊れそうなほど瞳が揺れている。


「役だもん、春兎。……ジュリエットは、ロミオと結ばれない運命なんだよ」


「……運命なんて、知るかよ」


 春兎は私の肩に顔を埋め、震える声で囁いた。


「舞台の上で、お前が死んだふりをするだけで、俺は狂いそうなんだ。……頼むから、俺を置いていかないでくれ」


 物語は、最終局面。


 毒を飲んで横たわる私(ジュリエット)の元に、ロミオである春兎が駆け寄るシーン。


 スポットライトを浴びた春兎は、演技とは思えないほど絶望的な表情で私を抱き上げた。


「ああ、ジュリエット。なぜこんなにも冷たい。俺の心臓はお前のために動いているというのに」


 春兎の目から、一筋の涙が私の頬に落ちた。


 台本にはない、彼の本物の涙。


 彼は懐から、小道具の「毒の瓶」を取り出す。


 あとはこれを飲み干して、私の隣で倒れれば、物語は終わる。


 客席からは、すすり泣く声が聞こえてきた。


 けれど――。


 春兎は瓶を口にする直前、震える声で、台本にないセリフを絞り出した。


「……嫌だ。お前がいない世界なんて、一秒もいらない。だけど、お前が死ぬ物語なんて、俺は認めない」


 春兎は毒の瓶を舞台の袖へ投げ捨てた。


 バリン、と乾いた音が響き、舞台監督の月夜くんが驚いて立ち上がるのが見えた。


 春兎は、動かなくなったはずの私の唇に、触れるか触れないかの距離で顔を寄せた。


「空音、目を開けろ。……俺を、一人にするな」


 幕が下り始める中、春兎はジュリエットを抱きしめたまま、物語を「終わらせること」を拒絶した。


 舞台の上では「結ばれない二人」として。


 だけど、現実の春兎の腕の中では、痛いくらいの執着が私を締め付けていた――。