そして隣のシャルロットは、一見、普段と変わらないように見えた。しかし今の私にはわかる。彼女は落ち着いて見せているだけだ。かすかに微笑みを保ったまま、状況を把握しようと忙しなく目を動かしている。
「それで――。いったいシモン殿下とスカーレットの婚約とはどういうことだね」
陛下は組んだ腕を指先でトントンと叩き、苛立ちを隠そうともせずシモン様に問いかけた。
妹シャルロットを王妃とし、私を彼らの「尻拭い役」として王宮に閉じ込める。その計画が崩れたことへの怒りだろう。
「そのままの意味ですよ」
シモン様は穏やかに微笑み、お茶を一口飲むと、優雅に答える。
「スカーレットとオーエン様の婚約は、破棄されることが決まっています。殿下はそこにいるシャルロット嬢と婚姻を結ぶのでしょう? でしたらスカーレットと私が婚約しても、何の問題もないはずです」
その物腰は丁寧なのに、続く言葉は容赦がなかった。
「まさか妹の尻拭いをさせるために、元聖女であるスカーレットを王宮に閉じ込めておくつもりだった……というわけではありませんよね? 陛下が、そんな非人道的な処遇をお考えになるはずがない」
陛下の眉がぴくりと動いたが、表情は保たれている。
しかし、怒りを抑えきれなかったのはお父様のほうだった。
「そんな勝手な婚約、父親の私に相談もなくできると思うのですか! いくら殿下がカリエントの第一王子であろうと、筋というものがある! 大切な娘を簡単に国から出すことなど――!」
(大切な娘……ね。よくそんなことが言えたものだわ)
その言葉に、私は鼻で笑いそうになるのを必死でこらえた。
陛下の口元がわずかに上がる。おそらく、自分の代わりに父が怒るというこの展開も、彼の計算通りなのだろう。
「それにまだ書類上はスカーレットとオーエン殿下は婚約中です。無効の手続きを取っておりませんからな」
「ほう。それならシャルロット嬢はどうするのです?」
シモン様の静かな問いに、お父様は言葉を詰まらせる。
「そ、それは……」
「つまり、どのみちスカーレットとの婚約は破棄される。矛盾はありませんよね。それに――」
シモン様がすっと立ち上がり、父の前に立ちはだかった。
その姿を見て、私は胸の奥で小さく息を吸う。
(ああ……これで、ようやく私はこの国から出られる……)
さんざん私を利用し、聖女の力を搾り取り、最後まで私を「都合の良い駒」として扱った人たち。
彼らがこの先どんな混乱に飲まれようと、それは私の関与することではない。
もちろん――無実の国民のことを思えば、胸は痛む。
だけど。
(私はもう、私だけが我慢する人生を終わりにする。これからは私の人生を、自分の手で取り戻すの!)
膝の上で強く握りしめた手を、そっと広げる。シモン様の頼もしい背中を見ながら、ゆっくり深呼吸すると、不思議と心が落ち着いてきた。
私が国を離れれば、人々は私を「国を捨てた悪女」と罵るだろう。
でも――
(望むところよ。それなら、私は悪女になってこの国を去りましょう)
復讐の幕が静かに上がる。
その予感に、私は誰にも見られないように小さく唇を吊り上げた。



