幼馴染への三度目の失恋を回避したい 〜激重な片思いを隠さなくなってきた彼に、心臓がもたなくなってきた彼女。〜【完結】

「……あのさ。なんで避けるの?」
 壁際に追い詰められ、なっちゃんが見下ろしてくる。

(……あ)
 なっちゃん、最近ずっと優しい顔を見せてくれることが多かったから。
 久しぶりにこの、イライラして怒っている冷たい顔を見た。

「いや……えっと……ごめんなさい」
 怖い顔に気圧され、私は理由も言わずに反射的に謝ってしまった。

「…………」
「…………」
 しばらくの重い沈黙が落ちる。

「……昨日のライブ、どうだった?」
 唐突に、彼が探るような声で聞いてきた。
「……感動したよ」
 私が素直に伝えると、なっちゃんは不満そうに眉をひそめた。
「それだけ?」
「えーっと……なっちゃんが、本当に歌上手だった」

 さらにもう一歩距離を詰められる。
「……それだけ?」

 時々、非常階段の重い鉄扉の向こうや、廊下に誰も来ていないか耳を澄ませて警戒しながら、この息の詰まるような会話を続ける。

(なんだか、尋問みたい……)
 このままじゃグイグイ追及されそうで、私は一歩踏み込んだ感想を言わなきゃダメなのかなと思い、少し勇気を出して口を開いた。

「……すごく気持ちがこもってたから、好きな人を想って歌ってるのかなって、思ったよ」

 私が視線を落としてそう言うと。
 なっちゃんは、しばらくの間、じっと黙り込んだ。

 そして。
「……好きな人、誰だか知りたい?」
 低い声で、そう問いかけてきた。

 その言葉に、私の心臓がギュッと縮み上がる。
 私は下を向いたまま、か細い声で答えた。

「……知りたくない」
「……なんで」
 短く、鋭く聞かれる。
 私は黙り込んだ。

 ……もう、どう思われてもいいや。
 わかんないけど、正直に答えよう。

 私は腹を括って、絞り出すように言った。

「……イヤ、だから」

 私がそう答えても、なっちゃんは何も言わなかった。

 不安に思って恐る恐る顔を上げると、なっちゃんは、その黒い瞳をこれ以上ないほど大きく見開いて、私を凝視していた。

 またしばらくの長い、長い沈黙のあと。
 なっちゃんが、ゆっくりと口を開いた。

「……めぐ」

「……ん?」
 名前を呼ばれ、不思議に思って返事をする。

「だから。めぐだよ」
「え?」
「……好きな人」

「…………え?」

 思考が、完全に真っ白になった。

 なっちゃんの好きな人が、私?
 なっちゃんが、私を……好き?

「……冗談? ゲーム?」
 気づけば、私の口からそんな言葉がこぼれ落ちていた。
 小学六年のトラウマが、無意識に私の口を動かしていた。
 すると、なっちゃんは思わずといった様子で「ふっ」と吹き出し、すぐに真面目な顔に戻って首を横に振った。
「いや、違うって。……あの時は、ごめん」
 彼は私の目から視線を外さず、ハッキリとした声で言った。
「俺は、めぐが好きなの。……いい加減、気づけって」

「…………」
 心臓が、バクバクと破裂しそうな音を立て始め、足元がぐらぐらと揺れて視界が歪む。

「……めぐは?」
 逃げ場のない真っ直ぐな問いかけ。


「えっ……あっ……わかんない」


 混乱のあまり、私はつい、一番言ってはいけないバカ正直な言葉を口走ってしまった。

「いや……なんだよそれ!」
 なっちゃんが、呆れながら大声でツッコむ。
「俺の好きな人聞くの、嫌だったんでしょ? 俺のことで真っ赤になってトイレに逃げ込むし、髪型もハーフアップにしてくるし!」
「……っ!! やっ、やめてやめて!」
 痛すぎるほどの図星を連続で突かれ、顔面から火を噴きそうになる。
 これ以上言われたら本当に爆発してしまうと、私は慌てて彼の言葉を遮った。

「……ちょっと、待って。今、キャパオーバーなんだよ……」
 私はずっと両手に持ったままだったメロンソーダとコーラのコップを顔の前に掲げ、真っ赤になった頬を必死に隠した。

「…………はあ」
 なっちゃんは、呆れたような、でもどこか安堵したような深いため息をついた。
「……わかった。じゃあ、めぐの頭がクールダウンできるまでは、待つから」
 彼はそう言って、一歩だけ後ろに下がってくれた。

「……戻るか」
 なっちゃんが廊下に出ようとして、ふと振り返る。
「あ、今日の帰り、待ってて」
 それだけを言い残し、彼は部屋の方向へと歩いていってしまった。


 残された非常階段の踊り場。
 私はまだ、自分の顔が凄まじく動揺しまくっている気がして、その場に立ち止まって荒い呼吸を落ち着かせようと必死だった。

 ……なっちゃんが、私を好きなの?
 いつから?
 冗談じゃないの? 本当に?
 じゃあ、あの二曲は……私を想って歌ってくれたの?

「…………っ」
 ……ダメだ。これ以上考えていたら、また動揺してエンドレスにキャパオーバーになりそうだ。

 私は小さく首を振り、自分に気合を入れて、防音扉を開けて喧騒のパーティールームの中へと戻った。

 なっちゃんは、すでに元の席に座って周りの人たちと笑い合っている。
 私はぼーっとした頭のまま葵の隣に腰を下ろし、炭酸が抜けてしまったコーラを彼女に手渡した。

「……遅かったねえ?」
 葵がコーラを受け取りながら、私の赤い顔を見て、意味深に少し微笑みながら言ったのだった。