◇
無事に自分のシフトの時間を終え、僕は喧騒から逃れるように中庭へと向かった。
木陰にある自販機で冷たい緑茶を買い、きつく結んでいたハチマキを外す。
疲労と寝不足で重い身体を、目の前のベンチにドサリと沈め、お茶を一口飲んだ。
この後、葉山たちと他クラスの出し物を回る約束をしているが、一瞬だけ一人で休憩したかった。
スマホを取り出し、『先行ってて。後で合流する』とメッセージを送信しておく。
(……めぐ、どこいるんだよ)
ため息とともに、ふーっと長く息を吐き出す。
ふと、こちらに近づいてくる人影に気づき、顔を上げた。
「……お疲れさま」
静かな声。
そこに立っていたのは、由利さんだった。
「あ、お疲れ」
短く応えると、彼女は隣にそっと腰を下ろした。
(……あ、まずい。また誰かに見られたら、あの面倒な噂に尾ひれがつくんじゃ……)
適当な理由をつけて立ち去ろうかと焦っていた、その時だった。
「……あれ。夏樹?」
前方から、まさかの人物に声をかけられた。
「……光くん」
そこには昨日めぐみの家で久しぶりに会ったばかりの、光くんが立っていた。
大学一年生の光くんは、実は去年までこの高校に通っていたOBでもある。
隣には、同じく卒業生らしき友達が二人、暇そうに立っていた。
「来てたんだ」
「おー。懐かしみに来たわ」
光くんが緩いトーンで返す。
「めぐに会ったの?」
僕が尋ねると、光くんは「うん」と頷いた。
「どこかの屋台で買った、変なお面付けてたわ」
「…………」
その姿が頭に浮かび、思わず「ふっ」と吹き出してしまった。
光くんの視線が、僕の隣にいる由利さんへチラッと向けられる。
僕はハッとして立ち上がり、光くんの元へ駆け寄った。
「……ちょっと」
光くんの腕を掴んで友達から少し引き離し、小声で必死に話しかける。
「……めぐに変なこと言わないでね」
「なに、変なことって」
怪訝な目をする光くんに、慌てて口止めする。
「俺が、女の子と二人でベンチにいたとかさ……そういうの」
「……よくわかんないけど、わかった」
光くんは、僕の事情など特に興味もなさそうに、すんなりと了承してくれた。
(……まず一安心だ)
「じゃあな」
去っていく光くんを見送った。
「……知り合い?」
ベンチに戻ると、由利さんが控えめに尋ねてきた。
「同じクラスの、幼馴染の兄ちゃん。あ、幼馴染っていうのは、バンドで初めて音合わせた日に、プレハブ覗きに来てたやつで……って、覚えてないか」
苦笑いしながら言うと、由利さんは口を開いた。
「あの、髪ふわふわで可愛い子?」
「あー、そう。覚えてたんだ」
(……って。あ)
彼女がめぐみを覚えていたことに驚いていたら、『可愛い子?』という問いに対して普通に肯定していた。
そんな自分に気づき、言葉を詰まらせる。
僕の顔をじっと見つめていた彼女が、静かに問いかけてくる。
「……あの子が好きなの?」
「え!? なぜ!?」
図星を突かれて激しく動揺し、思わず大きな声を出してしまった。
由利さんにめぐみの話をしたのは、今が初めてのはずなのに。
そこまでわかりやすいのか!?
「朝井くんの歌聴いて……絶対、すごく好きな人がいるんだろうなって思ってて」
由利さんは、前を見つめたまま続けた。
「あの子の話をしてる時、すごく嬉しそうな顔してたから。試しに、聞いてみた」
(……試し、かよ……)
いとも簡単にカマかけに引っかかった自分に呆れ、息を吐いた。
その様子で僕の気持ちを把握した彼女は、「そうなんだね」と小さく呟いた。
疲労や寝不足で頭が回らず、今さら気の利いた誤魔化しも思いつかない。
それに、もう隠さなくてもいいかと思い直し、観念して「……あー、うん」と認めた。
すると、由利さんがベンチからスッと腰を上げる。
僕の目の前に立ち、口を開いた。
「私は……朝井くんが好き」
無事に自分のシフトの時間を終え、僕は喧騒から逃れるように中庭へと向かった。
木陰にある自販機で冷たい緑茶を買い、きつく結んでいたハチマキを外す。
疲労と寝不足で重い身体を、目の前のベンチにドサリと沈め、お茶を一口飲んだ。
この後、葉山たちと他クラスの出し物を回る約束をしているが、一瞬だけ一人で休憩したかった。
スマホを取り出し、『先行ってて。後で合流する』とメッセージを送信しておく。
(……めぐ、どこいるんだよ)
ため息とともに、ふーっと長く息を吐き出す。
ふと、こちらに近づいてくる人影に気づき、顔を上げた。
「……お疲れさま」
静かな声。
そこに立っていたのは、由利さんだった。
「あ、お疲れ」
短く応えると、彼女は隣にそっと腰を下ろした。
(……あ、まずい。また誰かに見られたら、あの面倒な噂に尾ひれがつくんじゃ……)
適当な理由をつけて立ち去ろうかと焦っていた、その時だった。
「……あれ。夏樹?」
前方から、まさかの人物に声をかけられた。
「……光くん」
そこには昨日めぐみの家で久しぶりに会ったばかりの、光くんが立っていた。
大学一年生の光くんは、実は去年までこの高校に通っていたOBでもある。
隣には、同じく卒業生らしき友達が二人、暇そうに立っていた。
「来てたんだ」
「おー。懐かしみに来たわ」
光くんが緩いトーンで返す。
「めぐに会ったの?」
僕が尋ねると、光くんは「うん」と頷いた。
「どこかの屋台で買った、変なお面付けてたわ」
「…………」
その姿が頭に浮かび、思わず「ふっ」と吹き出してしまった。
光くんの視線が、僕の隣にいる由利さんへチラッと向けられる。
僕はハッとして立ち上がり、光くんの元へ駆け寄った。
「……ちょっと」
光くんの腕を掴んで友達から少し引き離し、小声で必死に話しかける。
「……めぐに変なこと言わないでね」
「なに、変なことって」
怪訝な目をする光くんに、慌てて口止めする。
「俺が、女の子と二人でベンチにいたとかさ……そういうの」
「……よくわかんないけど、わかった」
光くんは、僕の事情など特に興味もなさそうに、すんなりと了承してくれた。
(……まず一安心だ)
「じゃあな」
去っていく光くんを見送った。
「……知り合い?」
ベンチに戻ると、由利さんが控えめに尋ねてきた。
「同じクラスの、幼馴染の兄ちゃん。あ、幼馴染っていうのは、バンドで初めて音合わせた日に、プレハブ覗きに来てたやつで……って、覚えてないか」
苦笑いしながら言うと、由利さんは口を開いた。
「あの、髪ふわふわで可愛い子?」
「あー、そう。覚えてたんだ」
(……って。あ)
彼女がめぐみを覚えていたことに驚いていたら、『可愛い子?』という問いに対して普通に肯定していた。
そんな自分に気づき、言葉を詰まらせる。
僕の顔をじっと見つめていた彼女が、静かに問いかけてくる。
「……あの子が好きなの?」
「え!? なぜ!?」
図星を突かれて激しく動揺し、思わず大きな声を出してしまった。
由利さんにめぐみの話をしたのは、今が初めてのはずなのに。
そこまでわかりやすいのか!?
「朝井くんの歌聴いて……絶対、すごく好きな人がいるんだろうなって思ってて」
由利さんは、前を見つめたまま続けた。
「あの子の話をしてる時、すごく嬉しそうな顔してたから。試しに、聞いてみた」
(……試し、かよ……)
いとも簡単にカマかけに引っかかった自分に呆れ、息を吐いた。
その様子で僕の気持ちを把握した彼女は、「そうなんだね」と小さく呟いた。
疲労や寝不足で頭が回らず、今さら気の利いた誤魔化しも思いつかない。
それに、もう隠さなくてもいいかと思い直し、観念して「……あー、うん」と認めた。
すると、由利さんがベンチからスッと腰を上げる。
僕の目の前に立ち、口を開いた。
「私は……朝井くんが好き」



