スッと、頭からヘッドホンが唐突に宙に浮き、私の世界からメロディが消えた。
お兄ちゃんがいきなり部屋に入ってきたのかと、驚いてパッと背後を振り向くと。
信じられないことに……そこには、息を切らしたなっちゃんが立っていた。
「……ええっ!? なっちゃん!? え!?」
思考が完全に停止し、目を限界まで見開く。
「えっ、なんで!? なんでうちに……!」
「お前がさっさと帰るから……」
パニックになって混乱しながら、彼の手元にある自分のヘッドホンを見た。
シャカシャカと微かに音漏れしている。
(……っ! やばい、流れてる曲を聞かれたらまずい!!)
ハッと我に返り、私は慌ててヘッドホンを取り返そうと手を伸ばした。
「……かっ……返してっ!!」
けれど、なっちゃんはひょいっと腕を高く上げ、私の手からそれを遠ざけてしまった。
なっちゃんの背の高さに敵うわけがない。
彼が、ヘッドホンから漏れる音に耳を澄ませるのがわかった。
「……へー。これ聴いてたんだ」
そして、ポツリと呟いた。
(バレた……)
ただ曲を気に入っただけなら、そう答えればよかったのに。
「なっちゃんが誰かを想って歌っていた曲を、一人で泣きそうになりながら聴いていた」という自分の図星の感情までバレたような気がしてしまった。
(やばい、やばい……っ!)
顔が一気にカーッと熱くなるのを感じる。
耳の先まで、なんなら手の先まで沸騰したように熱い。
今の自分の顔が、なっちゃんから見て一体どんな無様なことになっているのかわからないけれど。
私の顔を見たなっちゃんの目が、驚いたように大きく見開かれた。
(……これ以上、ここにいられない……!!)
「…………っ!!」
逃走本能が発動し、私はなっちゃんの脇をすり抜けて、部屋のドアから廊下へと猛ダッシュした。
(とにかく、どこか隠れられる場所!!)
廊下に出て、目の前にあった、鍵付きのちょうどいい密室。
私はそこに飛び込み、内側からガチャッ! と乱暴に鍵を閉めて、完全に閉じこもった。
――そこはまさかの、トイレだ。
「!? おい、めぐ!?」
ドアの向こうから、ドアノブをガチャガチャと回す音と、なっちゃんの焦ったような声が聞こえてくる。
私は便座の蓋の上に座り込み、両手で真っ赤になった自分の顔を覆って、ひたすら息を潜めた。
しばらくの間、外から「めぐ」「出てこい」「おい」となっちゃんの声が聞こえていたけれど。
絶対に開けるものかという私の粘り勝ちだった。
やがてなっちゃんは諦めたのか、お兄ちゃんに一言二言何か声をかけて、玄関から外へ出ていくドアの音が聞こえた。
それでもすぐには出ずに、私はその後五分くらいはトイレの中で警戒していた。
すっかり静かになったのを確認し、そーっとドアの鍵を開けて外に出る。
抜き足差し足でリビングを覗き込むと、ソファでお兄ちゃんがスマホをいじっていた。
「……なっちゃん、帰った?」
こっそりと尋ねると、お兄ちゃんはこちらを見て、「うん」と頷いた。
「てか、何あれ。トイレに立て籠もるとか、どういう状況?」
お兄ちゃんは呆れたように、苦笑いをしている。
「べ、別に! 何でもないから!」
私は早口で誤魔化し、再び自分の部屋へと逃げ帰ったのだった。



