幼馴染への三度目の失恋を回避したい ――激重な片思いを隠さなくなってきた彼に、心臓がもたなくなってきた彼女。【完結】

 なっちゃんのライブの後、クラスのみんなは興奮冷めやらぬ状態だった。
「このまま一日目の打ち上げいこーぜ!」と盛り上がっていたけれど、私はどうしてもそんな気分になれなかった。
 隣にいた葵に「ごめん。今日はちょっと疲れちゃったから帰るね」と言い訳をして、そっと輪を抜け出して帰路についた。

 ◇

 ガチャリと鍵を開け、家に入る。
 玄関には、履きつぶされた大きなスニーカーが無造作に脱ぎ捨てられていた。

(お兄ちゃん、いるのか)

 そう思いながら、ローファーを雑に脱ぐ。

「……ただいまあ」

 リビングに向かって力なく声をかけると、奥から「んー」と気怠げな返事が返ってきた。
 お父さんはもちろん、お母さんもまだ帰ってきていないようだ。

 洗面所で手だけ洗い、自分の部屋へ向かう。

 スクールバッグを床にポンッと置き、制服のままベッドに沈み込んだ。

「…………」

 数秒間、うつ伏せのままでいたあと、ゆっくりと起き上がり、サイドテーブルに置いていたヘッドホンを手に取った。
 スマホを操作して、ある音楽を流し始める。

 なっちゃんがさっきステージで歌っていた――あのラブソングの原曲。

 そっと目を閉じた。
 スポットライトを浴びてマイクを握りしめる姿が、瞼の裏へ鮮明に蘇る。

 二曲目のあのバラードを、大切に、切なげに歌い上げていたなっちゃん。
 その瞳はまっすぐ前を見ていたものの、結局、一度も目は合わなかった。

 あの表情は、誰を想って歌っていたんだろうか。

『好きな人とか、いるの?』

『……いるよ』

 マンションの階段での、あのやりとり。
 そして、『由利さんと手を繋いでいたらしい』という噂が、脳裏をよぎる。

 なっちゃんは中等部まで、誰かに想いを寄せられることはあっても、彼自身の好きな人についての話は聞いたことがなかった。
 ということは、最近好きになった人、なのかな。

 なっちゃんの歌、本当に上手だった。
 きっとたくさん練習したのだろう。
 いつも、何事にも真面目に取り組む彼ではあるけれど――『頑張りたい理由』が、何かあったのだろうか。

 彼らが出番を終えて舞台袖にはけたあと、ステージの成功を喜び合う姿が、私のいた場所からも少しだけ見えた。
 あの、凛としていて大人びている由利さんが、ふわりと表情を崩してなっちゃんを見つめていた。
 なっちゃんがどんな顔で彼女に応えていたのかは、こわくて見ることができなかった。

 なぜだか、胸が苦しくて仕方ない。
 息をするのも辛いくらい、胸の奥がギュッと締め付けられる。

 そして、こんな痛みを感じたのは二度目だと気づいた。

 遠い記憶が蘇る。
 小学六年生の修学旅行、キャンプファイヤーの夜。
 なっちゃんから『付き合おう』は『冗談』だったと言われ、胸にチクリと細い針が刺さったような痛みを感じた、あの時。

 でも、それとは比べ物にならないくらい、今のほうがずっと痛い。

 頬杖をつき、耳元で流れる甘いメロディを聴きながら、ぼうっと前を見つめていた。
 その時。

 不意に、頭からヘッドホンがスッと外され、私の世界からメロディが消えた。
 お兄ちゃんがいきなり部屋に入ってきたのかと、驚いて背後を振り向く。


 しかし、そこには――息を切らしたなっちゃんが立っていた。