幼馴染への三度目の失恋を回避したい 〜激重な片思いを隠さなくなってきた彼に、心臓がもたなくなってきた彼女。〜【完結】

 全員が揃い、最後の合わせが始まった。
 スティックのカウントとともに、プレハブの中に大音量が響き渡る。

 練習当初に比べ、五人の息はずっと合っていた。

 ボーカル、ギター、ベース、ドラム、そしてピアノ。
 それぞれの音がぶつかり合うことなく滑らかに重なり合い、ひとつの大きなメロディを作っていく。

 マイクに声を伝えていると、背後から彼らの奏でる音に大きく包み込まれるような不思議な感覚になる。
 僕はただ純粋に歌うことの喜びに夢中になっていた。

 二曲目を合わせ終え、最後の音が綺麗に消え去る。
 静寂が訪れた直後、誰からともなく拍手が起こり、五人全員で笑い合いながら拍手をした。

「いやー、久しぶりに人前で演奏できるって考えるだけでワクワクするわ!」
 嶋が満足げにドラムセットから身を乗り出す。
「由利さんのピアノは相変わらず最高だし……なんか朝井は、日に日に上達してるし!」
「マジ? よかった」
 手放しで褒められ、僕は少し照れながらホッと安堵の息を吐き出した。

「明日はマジで楽しもうな!」
 嶋の明るい掛け声で、僕たちの最後のバンド練習は最高の雰囲気で幕を閉じたのだった。

 ◇

「……おー。すげえ変わってんじゃん」
 自分の教室に戻ってくると、壁に等間隔で吊るされた赤提灯のせいか、この三十分少し抜けていただけで、すっかり夏祭りのお囃子が聞こえてきそうな雰囲気に仕上がっていた。

「お、帰ってきた」
 入り口の近くで段ボールを運んでいた葉山が声をかけてくる。
「わりい」
「おー」

 密室での練習で思いきり汗をかいた僕は、自分のリュックからペットボトルを取り出し、ぬるくなった水をゴクゴクと喉に流し込んだ。

「朝井の歌、明日十七時だっけ!? 俺らみんなで観に行くからな!!」
 近くで作業していた男子たちが、ニヤニヤしながら囃し立ててくる。
「……おう」
「なっちゃんカッコよすぎて、惚れちゃうかも〜!」
 わざとらしく両手を頬に当てて身悶えするふりをする葉山を、僕はペットボトルに口をつけたまま、じろっと冷たい横目で睨みつけた。

 空になったペットボトルをしまいながら、教室の中をぐるりと見渡す。
 めぐみの姿がない。

 壁の装飾を黙々と進めている金森を見つけ、僕はさりげなく近づいた。

「……めぐは?」
 小さく尋ねると、金森は手を止めて僕を見上げ、教えてくれた。
「めぐなら、上の空き教室に机と椅子、運んでくれてるよ」
「……なるほど」
 短く返し、僕はサッと教室を飛び出した。


 階段を二段飛ばしで駆け上がり、上の階へと向かう。

(ここか……?)
 廊下から、普段は使われていない空き教室の窓をそっと覗き込んだ。

 無造作に「1−5」と書き殴られた紙が壁に貼られたスペースに、めぐみが一人で、うちのクラスから運び出した机と椅子を並べている姿が見えた。
 どうやら、指定されたスペースにすべてを収めるため、試行錯誤しているらしい。

 ガラッ、と引き戸を開けると、彼女がパッとこちらを振り返った。
「あ……なっちゃん。練習終わったの?」
「うん」
 歩み寄りながら、区切られた白線の内側を見下ろす。

「……スペース狭いな。全部置けんの? これ」
「ねー。でも、クラスの教室は広く使いたいから、なるべくこっちに置きたいよね」
 机を眺めながら、うーんと考えこむ彼女。
「これ、三段重ねるのは無理かなあ」
 めぐみはそう言うと、目の前にある机の縁を掴み、「よいしょっ」と無謀にも持ち上げようとした。
 グラッと机のバランスが崩れる。
「おい、危ないって!」
 僕は咄嗟に手を伸ばし、彼女が持ち上げようとしていた机を横からガシッと奪い取った。

「……俺やるから、貸して」
「……あ、ありがと」
 めぐみは小さくお礼を呟いた。

 角度を少し工夫すると、一番上にも机を重ねられた。
 残りも僕が上に重ねていき、なんとか規定のスペースにうちのクラスの机と椅子をすべて収めることに成功した。

「おー、ぴったり」
「よかったあ!」

 安堵の息を吐きながら、ふと隣を見ると、めぐみが自分の手のひらを顔の前にかざして、じっと見つめていた。

「なに、怪我した?」
 尋ねると、彼女は眉を寄せて自分の手を擦った。
「んー……なんか机の木のトゲ刺さったかも。ちょっとチクチクする」
「……見せて」
 僕は無意識のうちに手を伸ばし、めぐみの小さな手を掴んで手元に引き寄せた。
「えっ」
 少し驚いたような彼女の声を聞き流し、手のひらをのぞき込む。

 目を凝らしてみたが、トゲのようなものは見当たらなかった。
 ただ、古い木のささくれで引っ掻いたような、小さな赤い傷跡がうっすらとできている。

「……トゲはないけど、少し擦りむいてそう。あとでちゃんと水で洗えよ」
 そう言いながら顔を上げた瞬間。

 めぐみは、自分の手のひらではなく――至近距離で、なぜか僕の顔をじっと見つめていた。

 そのまま、視線が絡み合う。

「…………」

 彼女の大きな瞳に吸い込まれそうになり、僕はパッと手を離すことも、「何?」と強がることもできず、ただ無言で固まってしまった。

 夕暮れの空き教室。
 遠くから聞こえる文化祭準備の喧騒が、急に薄い膜の向こう側に行ってしまったように遠く感じる。

(……今しかない)

 彼女に視線を逸らされる前に、僕は少しだけ乾いた唇を開いた。

「……明日」
 自分でも驚くほど、低くて真剣な声が出た。

「……真ん中あたりで観てくれない? ライブ」

 その言葉を聞いためぐみは、数秒間、瞬きもせずに僕の目を見つめ返した。
 そしてふっと目尻を下げて、柔らかく微笑んだ。

「……うん」

 その小さな、けれど確かな頷きに、僕の心臓はうるさいくらいに高鳴りを早めていったのだった。