クラスの準備作業を一時的に抜けさせてもらい、僕は教室を出て軽音部のプレハブへと向かった。
文化祭は明日と明後日の二日間あるが、僕たちの出番は、一日目の夕方だ。
今日のこれが、本番前の最後の練習となる。
「朝井くん」
廊下を歩いている途中、同じように教室から出てきた由利さんに声をかけられた。
「あ、お疲れ」
短く挨拶をして、二人で連れ立ってプレハブの重い防音扉を開ける。
狭い室内には、嶋だけが先に着いていて、スティックで軽くドラムを叩きながらリズムの確認をしていた。
「おす」
僕が挨拶をすると、嶋は顔を上げ、一緒に現れた僕ら二人を見てニヤリと笑った。
「おー! 噂のお二人さんじゃん」
「……ん?」
不意に投げられた言葉に、僕は眉をひそめた。
「何、噂って」
「いや、なんか今日、クラスの女子から聞かれたんだよ。お前らが付き合ってるかどうか。付き合ってんの?」
「は!? 付き合ってねーよ」
予想外の話に、僕は思わず素っ頓狂な声で否定した。
(なんでそうなるんだよ。この練習くらいしか接点ないぞ)
横に立つ由利さんに目をやった。
彼女は少し俯き加減になっていて、流れた長い黒髪のせいでその表情はうかがえなかった。
こういう根も葉もない噂とかは、一番苦手そうだよな。
「なんだ。じゃあ違うって言っとくわ」
嶋がケラケラ笑いながら、再びドラムを軽く叩き始める。
その軽いスネアの音を聞きながら、僕はマイクスタンドの準備に取り掛かろうとして――ピタリと、手が止まった。
(……待てよ)
背筋に、ぞわりと冷たい汗が伝うのを感じた。
まさか。
この前、僕の家の前の階段で、めぐみが急に聞いてきた変な質問。
『なっちゃん、彼女できたの?』
『好きな人とかいるの?』
あれは、僕の恋愛事情にただ興味を持ったわけではなく……嶋が女子から聞かれたのと同じ、この由利さんとの噂をどこかで耳にしたからだったのか……!?
だとしたら、あの時僕が『いるよ』と答えたことによって、めぐみの中で『あ、やっぱり噂通り、由利さんのことが好きなんだな』と完全に誤解されてしまったのではないか?
「…………」
最悪の可能性に思い至り、急激に焦りがこみ上げてくる。
今すぐめぐみのところに行って訂正したい衝動に駆られたが、もう他のメンバーたちもプレハブに入ってきてしまっていた。
マイクのケーブルを握る手に、じっとりと汗が滲む。
動揺で心ここにあらずになっていた僕は、その時、ピアノの前に座る由利さんが、俯いたままそっとこちらに視線を向けていたことには、まったく気がついていなかった。
文化祭は明日と明後日の二日間あるが、僕たちの出番は、一日目の夕方だ。
今日のこれが、本番前の最後の練習となる。
「朝井くん」
廊下を歩いている途中、同じように教室から出てきた由利さんに声をかけられた。
「あ、お疲れ」
短く挨拶をして、二人で連れ立ってプレハブの重い防音扉を開ける。
狭い室内には、嶋だけが先に着いていて、スティックで軽くドラムを叩きながらリズムの確認をしていた。
「おす」
僕が挨拶をすると、嶋は顔を上げ、一緒に現れた僕ら二人を見てニヤリと笑った。
「おー! 噂のお二人さんじゃん」
「……ん?」
不意に投げられた言葉に、僕は眉をひそめた。
「何、噂って」
「いや、なんか今日、クラスの女子から聞かれたんだよ。お前らが付き合ってるかどうか。付き合ってんの?」
「は!? 付き合ってねーよ」
予想外の話に、僕は思わず素っ頓狂な声で否定した。
(なんでそうなるんだよ。この練習くらいしか接点ないぞ)
横に立つ由利さんに目をやった。
彼女は少し俯き加減になっていて、流れた長い黒髪のせいでその表情はうかがえなかった。
こういう根も葉もない噂とかは、一番苦手そうだよな。
「なんだ。じゃあ違うって言っとくわ」
嶋がケラケラ笑いながら、再びドラムを軽く叩き始める。
その軽いスネアの音を聞きながら、僕はマイクスタンドの準備に取り掛かろうとして――ピタリと、手が止まった。
(……待てよ)
背筋に、ぞわりと冷たい汗が伝うのを感じた。
まさか。
この前、僕の家の前の階段で、めぐみが急に聞いてきた変な質問。
『なっちゃん、彼女できたの?』
『好きな人とかいるの?』
あれは、僕の恋愛事情にただ興味を持ったわけではなく……嶋が女子から聞かれたのと同じ、この由利さんとの噂をどこかで耳にしたからだったのか……!?
だとしたら、あの時僕が『いるよ』と答えたことによって、めぐみの中で『あ、やっぱり噂通り、由利さんのことが好きなんだな』と完全に誤解されてしまったのではないか?
「…………」
最悪の可能性に思い至り、急激に焦りがこみ上げてくる。
今すぐめぐみのところに行って訂正したい衝動に駆られたが、もう他のメンバーたちもプレハブに入ってきてしまっていた。
マイクのケーブルを握る手に、じっとりと汗が滲む。
動揺で心ここにあらずになっていた僕は、その時、ピアノの前に座る由利さんが、俯いたままそっとこちらに視線を向けていたことには、まったく気がついていなかった。


