幼馴染への三度目の失恋を回避したい 〜激重な片思いを隠さなくなってきた彼に、心臓がもたなくなってきた彼女。〜【完結】

 マンションの自分の階に到着し、玄関のドアの前に立った。
「……ん?」
 リュックのいつものポケットに手を入れるが、鍵が見当たらない。

(どこ入れたっけ……)
 舌打ちをしながら、ナイロンの生地をガサゴソと漁っていると。

「……なっちゃん」

 不意に、少し上から声が降ってきた。

 驚いて振り向くと、上の階へと繋がる階段の真ん中あたりに、めぐみがちょこんと体育座りをしてこちらを見下ろしていた。

「……え、どうしたの」

 彼女はすでに制服から着替えており、ミントグリーンのTシャツにジーパンというラフな格好だった。
 薄暗いマンションの共有灯の下で見る彼女の顔は、いつもより少し元気がないように見えた。

 僕の声に、めぐみは立ち上がって階段をトントンと降りてくる。
 そして、僕の目の前まで来た。
「……あのさあ」
 先ほどの元気のなさは気のせいだったのか、いつもの明るい声で切り出してきた。

「なっちゃん、彼女できたの?」

「…………はっ!?」
 あまりにも想像もしていなかった言葉の被弾に、僕は思わず素っ頓狂な声で聞き返してしまった。

「だからー、彼女できたの? って」
 彼女は大きな瞳で僕を見上げながら、まったく同じ質問を繰り返す。
(……何の話?)
 一体どこからそんな突拍子もない話が湧いて出たのか、完全に頭が追いつかない。
「……できてないけど」
 混乱しながらも、事実のままを短く答える。
「……そうなんだー」
 めぐみはあっさりと頷いた。
 そして、さらに爆弾を投下してきた。

「じゃあ、好きな人とかいるの?」

「…………!?」
 息が、止まるかと思った。

 どうしよう。
 なんて答えたらいいんだ、これ。

 僕の脳内コンピューターが、かつてないほどのフル回転で異常な警告音を鳴らし始める。

「いる」と答えたら?
 彼女は、僕が別の誰かを好きだと勝手に勘違いし、応援モードに入ってしまうかもしれない。

 じゃあ、「いない」と答えたら?
「めぐみも含め、誰も好きじゃない」という宣言になってしまい、彼女が僕の気持ちに気づくための最大の障壁を自ら作ってしまうかもしれない。

 突然、究極の二択を突きつけられている。

 この選択を誤れば、これまでの地道な前進がすべて水泡に帰し、一気にゲームオーバーになるような気がして、リュックを握る手にじっとりと嫌な汗が滲んだ。

 ふと、さっき教室で知ってしまった織田の気持ちが蘇る。
(このまま曖昧にしてたら……本当に、持っていかれるかもしれない)
 得体の知れない焦りが、背中をぞわりと駆け上がる。

 僕は、目の前のめぐみの顔をじっと見つめた。

 めぐみは、一体どういう気持ちで僕にこんなことを聞いてきているんだろう。
 その大きな瞳を見つめ返しても、彼女の意図や奥底にある気持ちを探りきれなかった。

 脳が答えを出す前に、口が勝手に動いていた。

「……いるよ」

 空気が、ピタリと止まった。

 めぐみは、その大きな瞳を一切揺らさずに、僕を見つめ返した。
「……へえ! そうなんだ」
 トーンの変わらない、いつもの明るい声。
「……ただ、急に聞いてみたくなったの。それだけ! じゃあねっ」
 めぐみはそれだけ言うと、くるりと背を向け、小走りで階段を駆け上っていってしまった。

「???」

 完全に混乱の渦に置き去りにされた僕の頭上で、ギー、ガチャン! と、めぐみが自分の家のドアを開けて中に入る音が響いた。

(一体……なんだったんだ、今の)

「えーっ! だれだれ!?」とか言って、無神経に目を輝かせて食いついてくるかもしれない、と身構えていた。
 いや、もしそう聞かれたら、それは百パーセント自分ではないと思っている証拠……つまり脈なしということだから、聞かれなくて本当によかったのだが。

 でも……何も聞かれなかったら聞かれなかったで、めちゃくちゃ怖い。
 僕の回答は、これで合っていたのか……?

「いない」と嘘をついて逃げることもできたはずなのに。
 僕を真っ直ぐに見つめるめぐみの顔を見たら、嘘がつけなかった。

 激しい不安と動揺で心臓をバクバクさせながら、僕は再びリュックを激しく漁った。

 いつもと違うポケットに紛れ込んでいた冷たい金属の鍵をようやく見つけ出し、逃げ込むように自分の家へと入ったのだった。