放課後になり、私は葵と一緒に部活へ向かっていた。
階段を上るにつれて、チューニング中の管楽器の音が大きくなってくる。
最上階にある音楽室の重い防音扉を開けると、真鍮の金属臭とバルブオイルの甘い匂いに包まれた。
先輩たちは、まだほとんど集まっていないようだ。
早めに来ていた一年生の同期たちが、各々のケースから楽器を取り出しつつ、円になってお喋りをしていた。
「あっ、きたきた。めぐ!」
私に気づいた一人が、輪の中から手招きした。
「ねえ、めぐって朝井夏樹くんと幼馴染でしょ?」
「え? そうだけど」
突然飛び出したなっちゃんの名前。
不思議に思いつつ、アルトサックスのケースを開けながら頷く。
するとその子は、声をひそめて身を乗り出してきた。
「朝井くん、八組の由利さんと付き合ってるって、ホント?」
「……えっ?」
予想外すぎる言葉に、手に取ったリードを落としそうになった。
「由利さん……って、どんな子?」
「黒髪ロングで、儚げな美人の子」
(あ……)
脳裏にスッと、ある人物が浮かんだ。
プレハブの防音室で見かけた、あの大人っぽい子のことかもしれない。
文化祭で、なっちゃんと同じバンドでピアノを担当すると聞いている。
思わず、隣でトロンボーンを組み立てている葵を見たが、『当然私も知らないなあ』という顔で、小さく肩をすくめていた。
「えっ……わかんない。どうなんだろう」
なっちゃんからは、そんな話はこれっぽっちも聞いていない。
いや、でも……なっちゃんのことだ。
仮に誰かと付き合ったとしても、私に報告なんてしないかもしれない。
『わざわざ言うわけないでしょ』
脳内で、冷ややかな呆れ声が再生される。
(うわ……すごく言いそう)
「なんかさ、同じクラスの朝井くんファンの子が、すっごく悲しそうに騒いでてさ。手を繋いで歩いてたらしいとか、昼休みに二人で一緒にいるところをよく見るとか……」
「…………」
昼休みに一緒にいるのは、なっちゃんから直接聞いた通り、バンドの練習に向かっているだけかもしれない。
でも……どうなんだろう。
手を繋いでた、か……。
あのなっちゃんが、女の子と……手を?
なんだか……想像できない。
「ほら、一年生! 音出し始めるよ!」
気がつくと、この短い間に先輩たちがどっと入ってきていた。
噂話をしていた子たちも「やばっ」と散らばり、私も慌てて合奏の準備に戻った。
譜面台を立てて、定位置に座る。
さっき聞いたばかりの話が、頭の片隅に張り付いていた。
『付き合ってる』
『手を繋いで歩いてたらしい』
その日の合奏で、私は二度も音を外してしまった。
階段を上るにつれて、チューニング中の管楽器の音が大きくなってくる。
最上階にある音楽室の重い防音扉を開けると、真鍮の金属臭とバルブオイルの甘い匂いに包まれた。
先輩たちは、まだほとんど集まっていないようだ。
早めに来ていた一年生の同期たちが、各々のケースから楽器を取り出しつつ、円になってお喋りをしていた。
「あっ、きたきた。めぐ!」
私に気づいた一人が、輪の中から手招きした。
「ねえ、めぐって朝井夏樹くんと幼馴染でしょ?」
「え? そうだけど」
突然飛び出したなっちゃんの名前。
不思議に思いつつ、アルトサックスのケースを開けながら頷く。
するとその子は、声をひそめて身を乗り出してきた。
「朝井くん、八組の由利さんと付き合ってるって、ホント?」
「……えっ?」
予想外すぎる言葉に、手に取ったリードを落としそうになった。
「由利さん……って、どんな子?」
「黒髪ロングで、儚げな美人の子」
(あ……)
脳裏にスッと、ある人物が浮かんだ。
プレハブの防音室で見かけた、あの大人っぽい子のことかもしれない。
文化祭で、なっちゃんと同じバンドでピアノを担当すると聞いている。
思わず、隣でトロンボーンを組み立てている葵を見たが、『当然私も知らないなあ』という顔で、小さく肩をすくめていた。
「えっ……わかんない。どうなんだろう」
なっちゃんからは、そんな話はこれっぽっちも聞いていない。
いや、でも……なっちゃんのことだ。
仮に誰かと付き合ったとしても、私に報告なんてしないかもしれない。
『わざわざ言うわけないでしょ』
脳内で、冷ややかな呆れ声が再生される。
(うわ……すごく言いそう)
「なんかさ、同じクラスの朝井くんファンの子が、すっごく悲しそうに騒いでてさ。手を繋いで歩いてたらしいとか、昼休みに二人で一緒にいるところをよく見るとか……」
「…………」
昼休みに一緒にいるのは、なっちゃんから直接聞いた通り、バンドの練習に向かっているだけかもしれない。
でも……どうなんだろう。
手を繋いでた、か……。
あのなっちゃんが、女の子と……手を?
なんだか……想像できない。
「ほら、一年生! 音出し始めるよ!」
気がつくと、この短い間に先輩たちがどっと入ってきていた。
噂話をしていた子たちも「やばっ」と散らばり、私も慌てて合奏の準備に戻った。
譜面台を立てて、定位置に座る。
さっき聞いたばかりの話が、頭の片隅に張り付いていた。
『付き合ってる』
『手を繋いで歩いてたらしい』
その日の合奏で、私は二度も音を外してしまった。



