「バイバーイ! お疲れー!」
部活が終わり、駅の方角へと向かう吹奏楽部のメンバーに手を大きく振り、私は一人、帰路についた。
私の住むマンションは、学校から徒歩十五分ほどの場所にあるのだ。
賑やかな話し声が遠ざかり、ふと辺りが静かになった。
初夏の少し湿気を帯びたぬるい風が、火照った頬を撫でていく。
見慣れた長い一本道に差し掛かると、パッと視界が開けた。
「うわあ……」
思わず感嘆の声が漏れる。
空一面が、燃えるような鮮やかなオレンジ色に染まっていた。
薄紫色の雲が混ざり合い、まるで水彩画のように美しいグラデーションを作っている。
その夕焼け空の下、だいぶ前のほうを歩く見慣れた広い背中を見つけた。
……あれは、なっちゃんだ。
気づいたら私は、弾かれたように駆け出していた。
肩から下げたスクールバッグが揺れないように両手でしっかりと押さえ、ローファーの音を響かせて追いかける。
なっちゃんは耳にイヤホンをつけているらしく、私の慌ただしい足音にまったく気づく気配がない。
息を切らしながら真後ろまで追いつき、思い切ってその背中越しに肩をポンッと叩いた。
「……なっちゃん!」
ビクッ! と、なっちゃんの肩が大きく跳ねる。
彼は驚いたように振り返りながら、イヤホンをスッと外した。
「……っ、めぐか。ビックリしたー」
少し見開かれた黒い瞳が私を捉える。
「へへ、お疲れ!」
私は荒くなった息を整えながら笑い、自然となっちゃんの隣に並んで歩き始めた。
(……なっちゃんとこうして並んで帰るの、すっごく久しぶりだな)
ふと、そんな感慨が胸に湧き上がる。
小学生の頃は毎日登校班で一緒だったけれど、中学生になってからは、遠くに彼の姿を見つけても、変な噂が立って彼に迷惑をかけないよう、わざと歩くペースを落として距離を開けていた。
高校に入ってからは、部活の終わる時間が違うせいか、こうして帰りのタイミングが重なったことは今まで一度もなかったのだ。
「バンドのほう、どう?」
オレンジ色の光に照らされた横顔を見上げながら尋ねると、なっちゃんは前を向いたまま、「まあ、ぼちぼち」と短く答えた。
「練習時間、ちゃんと取れてるの? 毎日部活あるじゃん」
「うん、放課後はやっぱり難しいからさ。昼休みにプレハブによく集まってる」
「そっかあ。大変だね。でも本番、すっごく楽しみ! なっちゃんの歌、初めて聴くし……どんな曲やるのかなあ。ロック? それともポップス?」
私が一人でワクワクしながら予想を口にしていると、なっちゃんはフッと短く息を吐いて笑った。
歩きながら、こっそり隣に視線を向ける。
夕焼けの強いオレンジ色の光が、なっちゃんの輪郭をくっきりと縁取っていた。
少し伸びた前髪も、涼しげな目元も、広い肩幅も。
夕暮れの中に溶け込んで、なんだかハッとするほど綺麗だった。
(あ……)
私は無意識のうちにスクールバッグからスマホを取り出していた。
カメラを起動し、数歩前を歩きかけていた彼の背中に向かって声をかける。
「なっちゃん」
「ん?」
彼が不思議そうに振り返った、その瞬間。
パシャッ。
静かな通学路に、軽快なシャッター音が響いた。
「……えっ、急に何」
撮られたことに気づいたなっちゃんが、少し焦ったように目を丸くする。
「この前、織くんに教えてもらった撮り方だよ〜」
私はえへへと笑って誤魔化しながら、手元のスマホの画面を確認した。
夕焼けの逆光気味の空をバックに、振り返った瞬間のなっちゃんが写っている。
驚きつつも、その黒い瞳はカメラのレンズ越しに私を捉えていた。
(……カッコよく撮れてる)
そう口に出して褒めようとしたけれど。なぜだか急に恥ずかしくなってしまい、言葉を飲み込んで心の中にこっそりと留めた。
画面を見つめて黙り込んだ私を見て、なっちゃんは少し不服そうに言った。
「……お前のことも撮る」
「えっ!」
突然の宣言に、私は思わず素頓狂な声を上げた。
なっちゃんは自分のズボンのポケットからスマホを取り出し、カメラを起動して私に向ける。
「コツってなんなの」
「ええっと……スマホを少し上に傾けて、上に少し余白を作って〜……だったかな」
記憶を探りながら教えると、なっちゃんはその通りにスマホの角度を微調整した。
レンズを真っ直ぐに向けられると、急になんだかそわそわして落ち着かなくなり、頬の筋肉が硬直していくのがわかる。
「…………」
なっちゃんはスマホの画面をじっと見つめたまま、一向にシャッターを切らない。
「……ちょっと、なっちゃん。早く撮ってよ」
私が文句を言うと、スマホの向こう側から、ため息混じりの声が降ってきた。
「いや、笑ってよ」
「えー? 写真はいつも真顔のなっちゃんに言われたくないんだけど!」
私が思わずツッコミを入れると、なっちゃんも「……うるさい」と苦笑いのような声を漏らした。
自分でもおかしな状況に思えてきて、ついフフッと笑いがこぼれてしまった。
パシャッ。
すかさず、なっちゃんの指がシャッターを切る。
「……ふーん、たしかに」
画面を確認したなっちゃんが、感心したように小さく呟いた。
「え、見せて!」
背伸びをして彼のスマホを覗き込む。
そこには、燃えるようなオレンジ色の空を背景に、少しだけ照れたように、でも自然な笑顔を浮かべている私の姿が写っていた。
部活が終わり、駅の方角へと向かう吹奏楽部のメンバーに手を大きく振り、私は一人、帰路についた。
私の住むマンションは、学校から徒歩十五分ほどの場所にあるのだ。
賑やかな話し声が遠ざかり、ふと辺りが静かになった。
初夏の少し湿気を帯びたぬるい風が、火照った頬を撫でていく。
見慣れた長い一本道に差し掛かると、パッと視界が開けた。
「うわあ……」
思わず感嘆の声が漏れる。
空一面が、燃えるような鮮やかなオレンジ色に染まっていた。
薄紫色の雲が混ざり合い、まるで水彩画のように美しいグラデーションを作っている。
その夕焼け空の下、だいぶ前のほうを歩く見慣れた広い背中を見つけた。
……あれは、なっちゃんだ。
気づいたら私は、弾かれたように駆け出していた。
肩から下げたスクールバッグが揺れないように両手でしっかりと押さえ、ローファーの音を響かせて追いかける。
なっちゃんは耳にイヤホンをつけているらしく、私の慌ただしい足音にまったく気づく気配がない。
息を切らしながら真後ろまで追いつき、思い切ってその背中越しに肩をポンッと叩いた。
「……なっちゃん!」
ビクッ! と、なっちゃんの肩が大きく跳ねる。
彼は驚いたように振り返りながら、イヤホンをスッと外した。
「……っ、めぐか。ビックリしたー」
少し見開かれた黒い瞳が私を捉える。
「へへ、お疲れ!」
私は荒くなった息を整えながら笑い、自然となっちゃんの隣に並んで歩き始めた。
(……なっちゃんとこうして並んで帰るの、すっごく久しぶりだな)
ふと、そんな感慨が胸に湧き上がる。
小学生の頃は毎日登校班で一緒だったけれど、中学生になってからは、遠くに彼の姿を見つけても、変な噂が立って彼に迷惑をかけないよう、わざと歩くペースを落として距離を開けていた。
高校に入ってからは、部活の終わる時間が違うせいか、こうして帰りのタイミングが重なったことは今まで一度もなかったのだ。
「バンドのほう、どう?」
オレンジ色の光に照らされた横顔を見上げながら尋ねると、なっちゃんは前を向いたまま、「まあ、ぼちぼち」と短く答えた。
「練習時間、ちゃんと取れてるの? 毎日部活あるじゃん」
「うん、放課後はやっぱり難しいからさ。昼休みにプレハブによく集まってる」
「そっかあ。大変だね。でも本番、すっごく楽しみ! なっちゃんの歌、初めて聴くし……どんな曲やるのかなあ。ロック? それともポップス?」
私が一人でワクワクしながら予想を口にしていると、なっちゃんはフッと短く息を吐いて笑った。
歩きながら、こっそり隣に視線を向ける。
夕焼けの強いオレンジ色の光が、なっちゃんの輪郭をくっきりと縁取っていた。
少し伸びた前髪も、涼しげな目元も、広い肩幅も。
夕暮れの中に溶け込んで、なんだかハッとするほど綺麗だった。
(あ……)
私は無意識のうちにスクールバッグからスマホを取り出していた。
カメラを起動し、数歩前を歩きかけていた彼の背中に向かって声をかける。
「なっちゃん」
「ん?」
彼が不思議そうに振り返った、その瞬間。
パシャッ。
静かな通学路に、軽快なシャッター音が響いた。
「……えっ、急に何」
撮られたことに気づいたなっちゃんが、少し焦ったように目を丸くする。
「この前、織くんに教えてもらった撮り方だよ〜」
私はえへへと笑って誤魔化しながら、手元のスマホの画面を確認した。
夕焼けの逆光気味の空をバックに、振り返った瞬間のなっちゃんが写っている。
驚きつつも、その黒い瞳はカメラのレンズ越しに私を捉えていた。
(……カッコよく撮れてる)
そう口に出して褒めようとしたけれど。なぜだか急に恥ずかしくなってしまい、言葉を飲み込んで心の中にこっそりと留めた。
画面を見つめて黙り込んだ私を見て、なっちゃんは少し不服そうに言った。
「……お前のことも撮る」
「えっ!」
突然の宣言に、私は思わず素頓狂な声を上げた。
なっちゃんは自分のズボンのポケットからスマホを取り出し、カメラを起動して私に向ける。
「コツってなんなの」
「ええっと……スマホを少し上に傾けて、上に少し余白を作って〜……だったかな」
記憶を探りながら教えると、なっちゃんはその通りにスマホの角度を微調整した。
レンズを真っ直ぐに向けられると、急になんだかそわそわして落ち着かなくなり、頬の筋肉が硬直していくのがわかる。
「…………」
なっちゃんはスマホの画面をじっと見つめたまま、一向にシャッターを切らない。
「……ちょっと、なっちゃん。早く撮ってよ」
私が文句を言うと、スマホの向こう側から、ため息混じりの声が降ってきた。
「いや、笑ってよ」
「えー? 写真はいつも真顔のなっちゃんに言われたくないんだけど!」
私が思わずツッコミを入れると、なっちゃんも「……うるさい」と苦笑いのような声を漏らした。
自分でもおかしな状況に思えてきて、ついフフッと笑いがこぼれてしまった。
パシャッ。
すかさず、なっちゃんの指がシャッターを切る。
「……ふーん、たしかに」
画面を確認したなっちゃんが、感心したように小さく呟いた。
「え、見せて!」
背伸びをして彼のスマホを覗き込む。
そこには、燃えるようなオレンジ色の空を背景に、少しだけ照れたように、でも自然な笑顔を浮かべている私の姿が写っていた。


