◇
「バイバーイ! お疲れー!」
部活を終えて、駅へと向かう吹奏楽部のメンバーに大きく手を振り、一人で帰路についた。
友達は電車通学の子が多いけれど、私の住むマンションは、学校から歩いて十五分ほどの場所にある。
賑やかな話し声が遠ざかり、静かになった。
初夏の湿気を帯びたぬるい風が、火照った頬を撫でていく。
見慣れた長い一本道に差し掛かると、パッと視界が開けた。
「うわあ……」
思わず、感嘆の声が漏れる。
空一面が、燃えるようなオレンジ色に染まっていたのだ。
薄紫色の雲が混ざり合う部分は、まるで水彩画のように美しいグラデーションを作り出している。
その夕焼けの下、だいぶ前方に、見慣れた姿を見つけた。
あれは――なっちゃんだ。
気づいたら、弾かれたように駆け出していた。
肩から下げたスクールバッグを両手で押さえ、ローファーの音を響かせる。
なっちゃんは耳にイヤホンをつけているようで、私の足音にまったく気づかない。
息を切らしながら真後ろまで追いつくと、その広い背中をポンッと叩いた。
「……なっちゃん!」
ビクッ! と、その肩が大きく跳ねる。
驚いて振り返ったなっちゃんは、イヤホンをスッと外した。
「……っ、めぐか。ビックリしたー」
見開かれた黒い瞳が、私を捉える。
「へへっ、お疲れ!」
荒くなった息を整えながら笑い、自然となっちゃんの横に並んで歩き始めた。
(……なっちゃんと帰るの、すっごく久しぶりだな)
そんな感慨が湧き上がる。
小学生の頃は、毎日登校班で一緒だったけれど。
中学生になってからは、遠くになっちゃんの姿を見つけても、変な噂が立って迷惑をかけないよう、歩くペースを落として距離を保っていた。
高校に入ってからは、部活の終わる時間が違うせいか、こうして帰りのタイミングが重なったことはなかったのだ。
「バンドのほう、どう?」
影を見つめながら尋ねると、なっちゃんは「まあ、ぼちぼち」と短く答えた。
「練習時間、ちゃんと取れてるの? 毎日部活あるじゃん」
「うん、放課後はやっぱり難しいからさ。昼休みにプレハブによく集まってる」
「そっかあ、大変だね。でも、すっごく楽しみ! なっちゃんの歌、初めて聴くし……どんな曲やるのかなあ。ロック? それともポップス?」
ワクワクしながら予想を口にしていると、なっちゃんはフッと小さく笑った。
歩きながら、こっそりと隣を盗み見る。
なっちゃんの輪郭を、茜色が縁取っていた。
少し伸びた前髪も、涼しげな目元も、広い肩幅も。
夕暮れの中に溶け込んで、なんだかハッとさせられるほど綺麗だった。
(あ……)
無意識のうちに、バッグからスマホを取り出していた。
カメラを起動し、少しだけ前を歩いていた背中に声をかける。
「なっちゃん」
「ん?」
なっちゃんが不思議そうに振り返った、その瞬間。
パシャッ。
静かな通学路に、軽快なシャッター音が響く。
「……えっ、急に何?」
撮られたことに気づいたなっちゃんが、やや焦ったように目を丸くする。
「織くんに教えてもらった撮り方だよ〜」
えへへ、と笑って誤魔化しながら、手元の画面を確認した。
陽が強く逆光気味だけれど、鮮やかな空をバックに、振り返った瞬間のなっちゃんが写っている。
その黒い瞳は、驚きながらも、カメラのレンズ越しに私を捉えていた。
(……カッコよく撮れてる)
そう褒めようとしたけれど、なぜだか急に恥ずかしくなってしまい、心の中に留めておくことにした。
「…………」
写真を見つめて黙り込んだ私を見て、なっちゃんは少し不服そうに言った。
「……お前のことも撮る」
「えっ!」
突然の宣言に、素頓狂な声を上げた。
なっちゃんは自分のズボンのポケットからスマホを取り出し、カメラを起動して私に向けた。
「コツってなんなの」
「ええっと……スマホを少し上に傾けて、上に少し余白を作って〜……だったかな」
記憶を探りながら教えると、なっちゃんはその通りに角度を微調整した。
レンズを真っ直ぐに向けられると、そわそわして落ち着かなくなり、頬の筋肉が固まっていくのがわかる。
「…………」
なっちゃんは画面をじっと見つめたまま、一向にシャッターを切らない。
「……ちょっと、なっちゃん。早く撮ってよ」
私が文句を言うと、スマホの向こう側から、ため息混じりの声を出された。
「いや、笑ってよ」
「えー? 写真はいつも真顔のなっちゃんに言われたくないんだけど!」
思わずツッコミを入れると、なっちゃんも「……うるさいな」と苦笑いを漏らした。
少しバツが悪そうな顔を見て、ふふっと笑いがこぼれてしまった。
パシャッ。
すかさず、なっちゃんの指がシャッターを切る。
「……ふーん。たしかに」
画面を確認したなっちゃんが、感心したように小さく呟いた。
「え、見せて!」
背伸びをして、一緒に覗き込む。
そこには――燃えるような夕空を背景に、少し照れながらも自然な笑顔を浮かべている私が写っていた。
「バイバーイ! お疲れー!」
部活を終えて、駅へと向かう吹奏楽部のメンバーに大きく手を振り、一人で帰路についた。
友達は電車通学の子が多いけれど、私の住むマンションは、学校から歩いて十五分ほどの場所にある。
賑やかな話し声が遠ざかり、静かになった。
初夏の湿気を帯びたぬるい風が、火照った頬を撫でていく。
見慣れた長い一本道に差し掛かると、パッと視界が開けた。
「うわあ……」
思わず、感嘆の声が漏れる。
空一面が、燃えるようなオレンジ色に染まっていたのだ。
薄紫色の雲が混ざり合う部分は、まるで水彩画のように美しいグラデーションを作り出している。
その夕焼けの下、だいぶ前方に、見慣れた姿を見つけた。
あれは――なっちゃんだ。
気づいたら、弾かれたように駆け出していた。
肩から下げたスクールバッグを両手で押さえ、ローファーの音を響かせる。
なっちゃんは耳にイヤホンをつけているようで、私の足音にまったく気づかない。
息を切らしながら真後ろまで追いつくと、その広い背中をポンッと叩いた。
「……なっちゃん!」
ビクッ! と、その肩が大きく跳ねる。
驚いて振り返ったなっちゃんは、イヤホンをスッと外した。
「……っ、めぐか。ビックリしたー」
見開かれた黒い瞳が、私を捉える。
「へへっ、お疲れ!」
荒くなった息を整えながら笑い、自然となっちゃんの横に並んで歩き始めた。
(……なっちゃんと帰るの、すっごく久しぶりだな)
そんな感慨が湧き上がる。
小学生の頃は、毎日登校班で一緒だったけれど。
中学生になってからは、遠くになっちゃんの姿を見つけても、変な噂が立って迷惑をかけないよう、歩くペースを落として距離を保っていた。
高校に入ってからは、部活の終わる時間が違うせいか、こうして帰りのタイミングが重なったことはなかったのだ。
「バンドのほう、どう?」
影を見つめながら尋ねると、なっちゃんは「まあ、ぼちぼち」と短く答えた。
「練習時間、ちゃんと取れてるの? 毎日部活あるじゃん」
「うん、放課後はやっぱり難しいからさ。昼休みにプレハブによく集まってる」
「そっかあ、大変だね。でも、すっごく楽しみ! なっちゃんの歌、初めて聴くし……どんな曲やるのかなあ。ロック? それともポップス?」
ワクワクしながら予想を口にしていると、なっちゃんはフッと小さく笑った。
歩きながら、こっそりと隣を盗み見る。
なっちゃんの輪郭を、茜色が縁取っていた。
少し伸びた前髪も、涼しげな目元も、広い肩幅も。
夕暮れの中に溶け込んで、なんだかハッとさせられるほど綺麗だった。
(あ……)
無意識のうちに、バッグからスマホを取り出していた。
カメラを起動し、少しだけ前を歩いていた背中に声をかける。
「なっちゃん」
「ん?」
なっちゃんが不思議そうに振り返った、その瞬間。
パシャッ。
静かな通学路に、軽快なシャッター音が響く。
「……えっ、急に何?」
撮られたことに気づいたなっちゃんが、やや焦ったように目を丸くする。
「織くんに教えてもらった撮り方だよ〜」
えへへ、と笑って誤魔化しながら、手元の画面を確認した。
陽が強く逆光気味だけれど、鮮やかな空をバックに、振り返った瞬間のなっちゃんが写っている。
その黒い瞳は、驚きながらも、カメラのレンズ越しに私を捉えていた。
(……カッコよく撮れてる)
そう褒めようとしたけれど、なぜだか急に恥ずかしくなってしまい、心の中に留めておくことにした。
「…………」
写真を見つめて黙り込んだ私を見て、なっちゃんは少し不服そうに言った。
「……お前のことも撮る」
「えっ!」
突然の宣言に、素頓狂な声を上げた。
なっちゃんは自分のズボンのポケットからスマホを取り出し、カメラを起動して私に向けた。
「コツってなんなの」
「ええっと……スマホを少し上に傾けて、上に少し余白を作って〜……だったかな」
記憶を探りながら教えると、なっちゃんはその通りに角度を微調整した。
レンズを真っ直ぐに向けられると、そわそわして落ち着かなくなり、頬の筋肉が固まっていくのがわかる。
「…………」
なっちゃんは画面をじっと見つめたまま、一向にシャッターを切らない。
「……ちょっと、なっちゃん。早く撮ってよ」
私が文句を言うと、スマホの向こう側から、ため息混じりの声を出された。
「いや、笑ってよ」
「えー? 写真はいつも真顔のなっちゃんに言われたくないんだけど!」
思わずツッコミを入れると、なっちゃんも「……うるさいな」と苦笑いを漏らした。
少しバツが悪そうな顔を見て、ふふっと笑いがこぼれてしまった。
パシャッ。
すかさず、なっちゃんの指がシャッターを切る。
「……ふーん。たしかに」
画面を確認したなっちゃんが、感心したように小さく呟いた。
「え、見せて!」
背伸びをして、一緒に覗き込む。
そこには――燃えるような夕空を背景に、少し照れながらも自然な笑顔を浮かべている私が写っていた。



