幼馴染への三度目の失恋を回避したい 〜激重な片思いを隠さなくなってきた彼に、心臓がもたなくなってきた彼女。〜【完結】

 プリントを拾い上げためぐみは、それを机に戻しながら「ふう」と小さくため息をついた。
「文化祭、めっちゃ楽しみ! だけど、終わったらすぐ期末テストだから、今のうちに勉強進めとかなきゃだよねえー」
 ぶつぶつと言いながら、彼女は僕の部屋の中をウロウロと歩き回る。

「……そういえば」
 ふと立ち止まり、めぐみがこちらを見た。
「今日プレハブにいたピアノの人、先輩?」
 由利さんのことだ。
「いや、一年だよ。高校からの外部入学だって」
 僕はシャープペンシルを回しながら答えた。
「コンクールとかもたくさん出てるらしくて、ピアノめちゃくちゃ上手かった」
「へえ!」

 めぐみは感心したように声を上げた後、自分の肩にかかる、くるんとした毛先を指で掴んでじっと眺めた。
「……髪、めちゃくちゃサラサラな子だったよねえ」
 ぽつりと、ひどく羨ましそうに呟く。

「……羨ましいの?」
 僕が尋ねると、めぐみは「うん」と大きく頷いた。
「コンプレックスだもん。ストパーかけてみたいけど、生え際はクルクルのまま生えてくるわけだから、そんなのとんでもない髪型になっちゃうし……」
 自分の髪をいじりながら、ぶつぶつと不満を並べている。
 僕は、少しだけ呆れたようにため息をついた。
「……そのままでいーじゃん」
「えー?」
 めぐみが、心底不服そうな、納得のいかない声を出す。

(……全然伝わってねーな)

 僕は回していたシャープペンシルを机に置き、くるりと椅子を回転させてめぐみの方へ身体ごと向き直った。

「……だから」
 彼女の大きな瞳を、真っ直ぐに捉える。

「……めぐは、それがいーんじゃん」

 少しだけトーンを落として、ハッキリとそう言った。

 すると、めぐみは少しだけ目を見開き、ふいに瞬きを止めた。
 いつもは無防備な彼女の頬が、ほんのりと赤く染まり、明らかに照れているような表情を見せる。

(え……珍しい)

 いつもなら流されるか勘違いされるところだが、今回は僕の言葉が、意図した通りにまっすぐ伝わった気がした。
 胸の奥に、じわじわと嬉しい感情が込み上げてくる。

 よし、この調子で少しずつ――と、僕が内心で手応えを感じていた、その瞬間だった。

 ハッと気がついた。
 めぐみが今、どこにいるのかということに。

 ウロウロと部屋を歩き回っていた彼女は、いつの間にか、僕のベッドの縁にちょこんと腰掛けていたのだ。

「……っておい! そんなとこ座んなよ!」

 僕は動揺のあまり、変に大きな声を出してしまった。
 めぐみはきょとんとした顔で瞬きをした後、「えっ? あっ、ごめん」と慌ててベッドから立ち上がった。

 女子が男子の部屋に一人で入ってきて、よりによってベッドに座るなんて……ありえないだろ!
 こいつには危機管理能力というものがないのか!?

 心の中で盛大にツッコミを入れながら、ドッと疲労感が押し寄せる。

 だが、そこまで考えて、僕の思考は最悪の方向へと急旋回した。
(……いや、待てよ)

 もしかして、僕が彼女にとって『危機管理をする必要が一切ない相手』だからなのか?
 つまり、僕のことを一ミリも異性として見ていないから、平気でベッドになんて座れるということじゃ……。

「…………」
 そこまで想像したところで、ギュッと目を瞑り、その思考を頭から全力で振り払った。

 いや、やめとけ。ネガティブになっても虚しいだけだ。
 さっきの照れたような可愛い顔だけを記憶に留めておくんだと、自分に強く言い聞かせながら、僕は嫌なものを振り払うように再びノートへと向き直ったのだった。