幼馴染への三度目の失恋を回避したい 〜激重な片思いを隠さなくなってきた彼に、心臓がもたなくなってきた彼女。〜【完結】

「……ンン!! ゴホッ……ゴホンッ!」

 その時、私の前の席から、鼓膜をつんざくような大きな咳払いが聞こえてきた。

 なっちゃんだ。

 真新しいネイビーのブレザーに包まれた広い背中が、微かに揺れている。

(……風邪でも引いちゃったのかな)

 合宿の時に持っていったレモン飴が、たしかまだ残っていたはずだと思い出す。
 私は急いで自分のスクールバッグを引き寄せ、中をゴソゴソと漁り始めた。

 その時、ガラッと教室の前側のドアが開き、授業担当とは別の先生が足早に入ってきた。

「えー、今日は先生が家庭の用事で急遽こられなくなってしまったので、この時間は自習とします!」

 それだけ言い残すと、先生は嵐のように去っていった。
 教室に「よっしゃー!」という歓声が響き渡る。

 バッグの底から見覚えのある黄色い個包装を見つけ出した私は、なっちゃんの広い背中をトントンと指先で叩いた。

「なっちゃん、これ!」
 振り返ったなっちゃんの大きな手のひらに、レモン味ののど飴をぽいっと乗せる。

 彼は、自分の手のひらに置かれた飴玉をじっと見て、数秒間固まっていた。

 やがて何かを察したのか、深く息を吐き出して目を伏せた。
「……あー。ありがと」
 どこか呆れたような、疲れたような声でそう言うと、のど飴をブレザーのポケットにしまった。

「…………」
 合宿帰りの夜にチョコレートをくれた時はなんだか優しかったのに、またいつものぶっきらぼうななっちゃんに戻ってしまっている。
 ちょっと寂しい。

 私は気を取り直し、自分の椅子をズルズルと引きずって、斜め後ろにいる葵の机の隣へと移動した。
「ねえねえ、夏の合奏の曲さあ」
 葵はトロンボーンを担当している。
 背が高くてクールな彼女が長いスライドを操る姿は、惚れ惚れするほどカッコいいのだ。

 ぽかぽかとした春の陽光が差し込む教室の中、消しゴムのカスやノートの紙の匂いに包まれながら、みんなそれぞれが思い思いの時間を過ごしていた。