幼馴染への三度目の失恋を回避したい 〜激重な片思いを隠さなくなってきた彼に、心臓がもたなくなってきた彼女。〜【完結】

「……ただいま」

 自分の家の玄関のドアを開け、疲労からくる気だるさのまま小声で呟く。
 重いリュックを廊下におろそうと視線を落とした瞬間、ピタリと動きが止まった。

 すでに仕事から帰宅している母のパンプスの隣に、見慣れたローファーが行儀よく並んでいたからだ。

「あ! なっちゃんおかえり〜!」

 リビングの奥から、我が家のようにくつろいだ、弾むような声が響いてくる。

「……なんで俺より先にいるんだよ」
 リビングの扉を開けながら、僕は彼女に気の抜けたツッコミを入れた。

 テーブルの向こう側に、母と楽しそうに談笑するめぐみがいたのだ。

「なっちゃん遅かったね。またバスケ部でだべってたでしょ〜」
 めぐみはそう言うと、両手で顔の前に大きな箱を掲げてみせた。

 宿泊施設の売店に積まれていた、ご当地クッキーだ。

「これ! なっちゃんママに届けにきたの。なっちゃん、おうちにお土産買ってなさそうだなーと思って」
「めぐちゃん、わざわざありがとう〜。ホント、さすが女の子は気が利くわあ」
 母はクッキーの箱を受け取りながら、チラリとこちらへ恨みがましい視線を送ってくる。

 たしかに、中学生になって以降、僕がわざわざ家族に土産を買って帰った記憶はない。

 テーブルの上にはすでに温かい紅茶が淹れられており、ふわりとアールグレイの香りと、クッキーの甘いバターの匂いが混ざり合って漂っていた。


「あ、そういえばあの荷物どこにやったかしら……」

 母は何かの用事を思い出したのか、独り言を呟きながらリビングを出て行った。

 二人きりになったタイミングを見計らって、僕は足元のリュックのジッパーを開ける。

 ガサゴソと中を探り、手のひらサイズの小さな箱を取り出す。
「…………」
 それを無言で、めぐみの目の前にスッと差し出した。

「?」
 めぐみは不思議そうに目をパチパチとさせ、箱と僕の顔を交互に見比べる。

 これも同じ売店に売っていた、少しだけ高価なご当地チョコレートだ。

「……やるよ」
 そっぽを向いたまま短い言葉を投げると、彼女は「えっ、私に?」と人差し指で自分を指し、目を真ん丸にした。
「……光くんとでも食べたら」
 照れ隠しで、咄嗟にめぐみの兄の名前を盾にして誤魔化す。
 すると次の瞬間、彼女の顔にパアッと花が咲いた。
「えーっ! これ、すっごく美味しそうで気になってたんだけど、量が少なそうだから迷ってやめたやつ! もらっていいの!?」
 キラキラした瞳に、小さく頷く。
「ありがとう〜! やったあ!」
 椅子の上で弾むように身を乗り出し、小さな箱を両手で大切そうに包み込んで無邪気に喜んでいる。

 あまりにも素直な反応に、僕は思わず頬を緩めた。

「……そんな好きか、チョコ」
 少しからかうように尋ねる。
「え? 違うよー」
 めぐみは、きょとんとした顔で僕を見つめ返した。

「なっちゃんの気持ちが、嬉しいんだよ」

「……っ」

 あまりにもさらりと言ってのけたその言葉に、僕の心臓がドクンと大きく跳ねた。

(……こいつ。こんな恥ずかしいセリフを、よくそんなストレートに言えるな……)

 顔の温度が一気に上がっていくのを感じる。

「…………」
 何も言い返せず、完全に言葉を失って黙り込む。

 そんな僕の顔を覗き込み、めぐみは悪戯っぽく目を細めた。
「……あれ。なっちゃん、照れてる?」

「……取り上げるぞ」
 僕がむっとしてチョコの箱に手を伸ばすと、彼女は「やだー!」とケラケラ笑いながら箱を胸元に隠した。

 思い切りの笑顔を作った彼女の頬に、可愛らしい笑窪が浮かび上がっている。

 その笑顔を見た瞬間、不思議なほどに胸の奥が温かさで満たされていくのを感じた。

 ――なんだ。

 好きな人に優しくして、その人がそれに笑顔で応えてくれる。

 ただそれだけのことが、こんなにも幸せな気持ちになるものだったのか。

 今まで僕は、僕に恋愛感情を向けない彼女や、僕の想いに気づきもしない彼女の鈍感さに、勝手に傷つき、勝手にイライラしてばかりいた。

 けれど、複雑にこじらせて、不機嫌な態度で壁を作っていたのは、他でもない僕自身だったのだ。

 もっと、シンプルでいいのかもしれない。
 難しく考えるのはやめよう。

 まずは、めぐみのこの笑顔を一つでも多く引き出せるように、素直に行動してみよう。

 甘い紅茶の香りが漂う部屋の中で、僕は小さく、けれど確かな決意を固めるのだった。