「仕事大変でしたか?」
バルスのため息が気になって、私は思わずそう声をかけた。
つい、そのまま彼の体へ視線を走らせる。
怪我は――なさそうだ。
それだけで、胸の奥が少しゆるむ。
彼の所属する第10師団は、半獣人だけで構成された部隊だ。
戦争が起きた時や、魔獣が発生した時には、最前線に立つことも多い。
それは半獣人を軽んじているからじゃない。
彼ら、特に狼族の身体能力はずば抜けているし、本人たちもそれを誇りにしている。
だからこそ成り立つ配置なのだと、私でも分かる。
「いや」
返ってきたのは、短い一言だけだった。
「あの、その……あんまり無茶しないでくださいね」
こんなこと、私に言う権利なんてないって分かっている。
私が望む形で、ずっとそばにいられるわけじゃないことも。
それでも。
生きていてくれれば。
こうして姿を見られれば。
今は、それだけで十分だと思うようにしている。
「あぁ、まあ、気を付ける」
そう返した彼の顔が、ほんの少しだけやわらいだ気がした。
視線を落とすと、尾が横に揺れている。
――あ、今、嬉しいって思ってくれた。
それだけで、私まで嬉しくなってしまう。
「あの、その……明日はお休みですよね?」
今日、任務から帰ってきたばかりだし――たぶん、と思いながら尋ねる。
「……あぁ」
短い返事を聞いて、私は小さく頷く。
「明日、バルスの誕生日でしょ?」
バルスは少し驚いたように目を瞬かせてから、苦笑した。
「そういえば、そうだな。忙しかったから忘れていた。……別にいいぞ、もう祝ってもらう年でもないからな」
「でも、私もバルスから毎年いろいろもらってますし。この間の誕生日にもらったネックレス、あれ、すごく高価なものだってミレーヌさんから聞いて……」
「でね、その、何か欲しいものあるかなと思って。もちろん、あまり高価なものは無理ですけど」
言いながら、少しだけ不安になる。
こういうの、重いって思われないかな、とか。
気にしすぎかな、とか。
バルスは一瞬、視線を外した。
――欲しいものなら、目の前にある。
そんなことを考えた自分に、内心で苦笑する。
口にしたところで、困らせるだけだ。
「では、久々に夕食でも作りに来てくれないか」
少しだけ間を置いて、そう言った。
私はぱっと顔を上げる。
「はい。……でも、そんなことでいいの? それなら、ついでに甘すぎないケーキも焼いてきますね」
「あぁ。だが、ミドリは仕事じゃないのか」
「明日もお休みなんで。大丈夫です」
「そうか。じゃあ、頼む」
その言葉に、私はぶんぶんと首を振る。
「他に、何か欲しいものがあったら、本当に言ってくださいね」
少し念を押すように言うと、バルスはまた小さく苦笑した。
バルスは趣味があるわけじゃない。
仕事が忙しくて、使う暇がないというのもある。
――だから。
使うとすれば、ミドリへの贈り物くらいだ。
そんなこと、口にできるはずもない。
「じゃあ、明日、夕方ごろに来ますね」
「あぁ、待っている」
その言葉だけで、私にとって明日が特別なものになる。
「……じゃあ、私、そろそろ帰ります」
本当は、もう少しそばにいたい。
でも、任務から帰ってきたばかりで疲れているだろうから。
これ以上長居したら、迷惑になるだけだろうな。
そう思って立ち上がると、バルスがこちらを見た。
「ミドリ」
「はい?」
「……また、明日」
「……はい、じゃあ、また」
明日、また、一緒にいられる。
今の私には、それだけで十分だと思えた。
……きっと、これでいいはずなのに。
胸の奥に、消せないものが残る。
バルスのため息が気になって、私は思わずそう声をかけた。
つい、そのまま彼の体へ視線を走らせる。
怪我は――なさそうだ。
それだけで、胸の奥が少しゆるむ。
彼の所属する第10師団は、半獣人だけで構成された部隊だ。
戦争が起きた時や、魔獣が発生した時には、最前線に立つことも多い。
それは半獣人を軽んじているからじゃない。
彼ら、特に狼族の身体能力はずば抜けているし、本人たちもそれを誇りにしている。
だからこそ成り立つ配置なのだと、私でも分かる。
「いや」
返ってきたのは、短い一言だけだった。
「あの、その……あんまり無茶しないでくださいね」
こんなこと、私に言う権利なんてないって分かっている。
私が望む形で、ずっとそばにいられるわけじゃないことも。
それでも。
生きていてくれれば。
こうして姿を見られれば。
今は、それだけで十分だと思うようにしている。
「あぁ、まあ、気を付ける」
そう返した彼の顔が、ほんの少しだけやわらいだ気がした。
視線を落とすと、尾が横に揺れている。
――あ、今、嬉しいって思ってくれた。
それだけで、私まで嬉しくなってしまう。
「あの、その……明日はお休みですよね?」
今日、任務から帰ってきたばかりだし――たぶん、と思いながら尋ねる。
「……あぁ」
短い返事を聞いて、私は小さく頷く。
「明日、バルスの誕生日でしょ?」
バルスは少し驚いたように目を瞬かせてから、苦笑した。
「そういえば、そうだな。忙しかったから忘れていた。……別にいいぞ、もう祝ってもらう年でもないからな」
「でも、私もバルスから毎年いろいろもらってますし。この間の誕生日にもらったネックレス、あれ、すごく高価なものだってミレーヌさんから聞いて……」
「でね、その、何か欲しいものあるかなと思って。もちろん、あまり高価なものは無理ですけど」
言いながら、少しだけ不安になる。
こういうの、重いって思われないかな、とか。
気にしすぎかな、とか。
バルスは一瞬、視線を外した。
――欲しいものなら、目の前にある。
そんなことを考えた自分に、内心で苦笑する。
口にしたところで、困らせるだけだ。
「では、久々に夕食でも作りに来てくれないか」
少しだけ間を置いて、そう言った。
私はぱっと顔を上げる。
「はい。……でも、そんなことでいいの? それなら、ついでに甘すぎないケーキも焼いてきますね」
「あぁ。だが、ミドリは仕事じゃないのか」
「明日もお休みなんで。大丈夫です」
「そうか。じゃあ、頼む」
その言葉に、私はぶんぶんと首を振る。
「他に、何か欲しいものがあったら、本当に言ってくださいね」
少し念を押すように言うと、バルスはまた小さく苦笑した。
バルスは趣味があるわけじゃない。
仕事が忙しくて、使う暇がないというのもある。
――だから。
使うとすれば、ミドリへの贈り物くらいだ。
そんなこと、口にできるはずもない。
「じゃあ、明日、夕方ごろに来ますね」
「あぁ、待っている」
その言葉だけで、私にとって明日が特別なものになる。
「……じゃあ、私、そろそろ帰ります」
本当は、もう少しそばにいたい。
でも、任務から帰ってきたばかりで疲れているだろうから。
これ以上長居したら、迷惑になるだけだろうな。
そう思って立ち上がると、バルスがこちらを見た。
「ミドリ」
「はい?」
「……また、明日」
「……はい、じゃあ、また」
明日、また、一緒にいられる。
今の私には、それだけで十分だと思えた。
……きっと、これでいいはずなのに。
胸の奥に、消せないものが残る。



