「仕立て直しをお願いします」
バルスが持っていた袋から、彼の制服の上着を取り出す。
「わかりました」
50代くらいの男性の店主は、丁寧に上着の状態を確かめてから口を開いた。
「このくらいだと、1週間ぐらいだね」
「わかりました。じゃあ、お願いします」
代金を支払い、バルスとともに店を出る。
差し出された腕に、そっと手を添えた。
「明日、食べたいものとかある?」
「そうだな」
少し考え込んでから、
「バツーレが食いたいな」
と答える。
「本当に好きだね。まぁ、私も好きだけど」
一緒に出歩くとき、彼は私の歩幅に合わせて、かなりゆっくりと歩いてくれている。
普段の彼の速さは、私が駆け足に近いくらいなのに。
「副師団長」
後ろから声をかけられる。
「あぁ、ドリュー……っと?」
振り返ると、狼族と猫族のカップルが仲良さそうに立っていた。
猫族の女性は、シルバーの髪に猫耳を持ち、思わず目を引く可愛らしい顔立ちをしている。
「はい、先日結婚しました。妻のミレーです」
嬉しそうに、バルスへと紹介する。
「そうか、良かったな」
「主人がお世話になっております」
ミレーがそう言うのを、ドリューが誇らしげに見つめている。
「あぁ。ドリューにはよく働いてもらっている」
バルスがそう返すと、ドリューは嬉しそうに笑った。
それから、私のほうへと視線を向ける。
「奥様、お久しぶりです」
「最近、食事亭に来なくなったと思っていたから、そういうことだったのね。おめでとうございます」
「あの、ミドリといいます。よろしくね、ミレーさん」
「あ、よろしくお願いします」
少し緊張した様子で、それでも嬉しそうに微笑んでくれる。
「こいつ、この街に知り合いがほとんどいなくて。もしよければ、奥様に相談相手になってもらえませんか?」
ドリューの言葉に、ミレーが慌てて腕を引く。
「ミレーさんさえよければ、私も嬉しいです」
「……はい、こちらこそ、よろしくお願いします」
はにかみながらも、しっかりと頷いた。
「良かったな、ミレー。じゃあ、副師団長、奥様、失礼します」
二人は丁寧に頭を下げ、仲良さそうに去っていく。
「ドリューさん、嬉しそう。奥さんを紹介したくてしょうがないって感じ」
私がくすっと笑うと、
「休みのたびに隣町に通って、やっと口説き落としたらしいからな」
とバルスは苦笑する。
「頑張ったんだぁ。ミレーさん、すごく可愛いし」
「ドリューにはもったいないって、隊の連中に散々からかわれてた」
その様子を思い出したのか、少し楽しげな表情になる。
「そっかぁ。じゃあ、なおさら自慢だね」
私も笑いながら答えた。
今度会ったら、二人の話をいろいろ聞いてみよう。
そんな楽しみが増えたことが、少し嬉しい。
――でも。
自慢の奥さん、か。
なんとなく視線を前に向けたまま、そんな言葉が頭に残る。
私の場合は、逆だなと思う。
自慢できるのは、私じゃなくて――旦那さんのほう。
バルスだって、望めばいくらでも相応しい人を選べたはずなのに。
私さえこの世界に来なければ、きっと。
すごく綺麗な奥さんと、可愛い子どもに囲まれて、そんな分かりやすく幸せな人生を歩いていたんじゃないかって。
……そんなことを、ふと思ってしまう。
横にいるバルスへと視線を向ける。
彼も気づいたのか、こちらを見る。
「どうかしたか?」
「ううん、なんでも。ただ……」
言いかけて、口を閉じる。
自分で、自分の言葉に少しだけ傷つきそうになった。
「なんだ?」
訝しげな視線が向けられる。
「……なんでもないの。はは」
誤魔化すように笑う。
しばらく黙って歩いていると、ふいにバルスが私の顔を覗き込んできた。
「え、あ、なに?」
小さく肩が跳ねる。
「また、くだらないこと考えているだろ」
呆れたような声。
「そんなこと……」
言いかけて、視線に負ける。
結局、小さく頷いた。
「その……バルスって、えっと……私の、何がいいのかなって」
言いながら、顔が熱くなる。
「今さらか」
苦笑混じりに返される。
「だって、ミレーさん、可愛いと思うでしょ? 一般的に」
「まぁ、一般的にはな」
「そうなると、趣味が悪いわけじゃないし……」
「……あのな」
深くため息をついてから、
「ミドリは俺の伴侶だ。何がと言われても困る」
そう言って、少しだけ言葉を切る。
「言葉が欲しいなら――全部だ、それ以外ない」
頭の中が、一瞬で真っ白になる。
「……はぁ」
間の抜けた声が漏れた。
「それに、自分の妻を趣味が悪いなんて言われるのは心外だな」
何も言えなくなって、思わず視線を逸らす。
……ずるい。
そんな言い方、反則だと思う。
「で、明日はバツーレを作ってくれるのか?」
何事もなかったみたいに話を戻すバルスに、思わず笑ってしまった。
「うん、食材買って帰らないと。――美味しく作れたらいいなぁ」
そう答えながら、私はもう一度だけ、彼の腕にそっと手を添えた。
バルスが持っていた袋から、彼の制服の上着を取り出す。
「わかりました」
50代くらいの男性の店主は、丁寧に上着の状態を確かめてから口を開いた。
「このくらいだと、1週間ぐらいだね」
「わかりました。じゃあ、お願いします」
代金を支払い、バルスとともに店を出る。
差し出された腕に、そっと手を添えた。
「明日、食べたいものとかある?」
「そうだな」
少し考え込んでから、
「バツーレが食いたいな」
と答える。
「本当に好きだね。まぁ、私も好きだけど」
一緒に出歩くとき、彼は私の歩幅に合わせて、かなりゆっくりと歩いてくれている。
普段の彼の速さは、私が駆け足に近いくらいなのに。
「副師団長」
後ろから声をかけられる。
「あぁ、ドリュー……っと?」
振り返ると、狼族と猫族のカップルが仲良さそうに立っていた。
猫族の女性は、シルバーの髪に猫耳を持ち、思わず目を引く可愛らしい顔立ちをしている。
「はい、先日結婚しました。妻のミレーです」
嬉しそうに、バルスへと紹介する。
「そうか、良かったな」
「主人がお世話になっております」
ミレーがそう言うのを、ドリューが誇らしげに見つめている。
「あぁ。ドリューにはよく働いてもらっている」
バルスがそう返すと、ドリューは嬉しそうに笑った。
それから、私のほうへと視線を向ける。
「奥様、お久しぶりです」
「最近、食事亭に来なくなったと思っていたから、そういうことだったのね。おめでとうございます」
「あの、ミドリといいます。よろしくね、ミレーさん」
「あ、よろしくお願いします」
少し緊張した様子で、それでも嬉しそうに微笑んでくれる。
「こいつ、この街に知り合いがほとんどいなくて。もしよければ、奥様に相談相手になってもらえませんか?」
ドリューの言葉に、ミレーが慌てて腕を引く。
「ミレーさんさえよければ、私も嬉しいです」
「……はい、こちらこそ、よろしくお願いします」
はにかみながらも、しっかりと頷いた。
「良かったな、ミレー。じゃあ、副師団長、奥様、失礼します」
二人は丁寧に頭を下げ、仲良さそうに去っていく。
「ドリューさん、嬉しそう。奥さんを紹介したくてしょうがないって感じ」
私がくすっと笑うと、
「休みのたびに隣町に通って、やっと口説き落としたらしいからな」
とバルスは苦笑する。
「頑張ったんだぁ。ミレーさん、すごく可愛いし」
「ドリューにはもったいないって、隊の連中に散々からかわれてた」
その様子を思い出したのか、少し楽しげな表情になる。
「そっかぁ。じゃあ、なおさら自慢だね」
私も笑いながら答えた。
今度会ったら、二人の話をいろいろ聞いてみよう。
そんな楽しみが増えたことが、少し嬉しい。
――でも。
自慢の奥さん、か。
なんとなく視線を前に向けたまま、そんな言葉が頭に残る。
私の場合は、逆だなと思う。
自慢できるのは、私じゃなくて――旦那さんのほう。
バルスだって、望めばいくらでも相応しい人を選べたはずなのに。
私さえこの世界に来なければ、きっと。
すごく綺麗な奥さんと、可愛い子どもに囲まれて、そんな分かりやすく幸せな人生を歩いていたんじゃないかって。
……そんなことを、ふと思ってしまう。
横にいるバルスへと視線を向ける。
彼も気づいたのか、こちらを見る。
「どうかしたか?」
「ううん、なんでも。ただ……」
言いかけて、口を閉じる。
自分で、自分の言葉に少しだけ傷つきそうになった。
「なんだ?」
訝しげな視線が向けられる。
「……なんでもないの。はは」
誤魔化すように笑う。
しばらく黙って歩いていると、ふいにバルスが私の顔を覗き込んできた。
「え、あ、なに?」
小さく肩が跳ねる。
「また、くだらないこと考えているだろ」
呆れたような声。
「そんなこと……」
言いかけて、視線に負ける。
結局、小さく頷いた。
「その……バルスって、えっと……私の、何がいいのかなって」
言いながら、顔が熱くなる。
「今さらか」
苦笑混じりに返される。
「だって、ミレーさん、可愛いと思うでしょ? 一般的に」
「まぁ、一般的にはな」
「そうなると、趣味が悪いわけじゃないし……」
「……あのな」
深くため息をついてから、
「ミドリは俺の伴侶だ。何がと言われても困る」
そう言って、少しだけ言葉を切る。
「言葉が欲しいなら――全部だ、それ以外ない」
頭の中が、一瞬で真っ白になる。
「……はぁ」
間の抜けた声が漏れた。
「それに、自分の妻を趣味が悪いなんて言われるのは心外だな」
何も言えなくなって、思わず視線を逸らす。
……ずるい。
そんな言い方、反則だと思う。
「で、明日はバツーレを作ってくれるのか?」
何事もなかったみたいに話を戻すバルスに、思わず笑ってしまった。
「うん、食材買って帰らないと。――美味しく作れたらいいなぁ」
そう答えながら、私はもう一度だけ、彼の腕にそっと手を添えた。



