数日後。
夕食亭の仕事が終わったあと、私はバルスの家の前に立っていた。
――もう、終わりにしないと……そう思っていた。
「こんな時間にどうした?」
「その、少し、話していいですか」
バルスは私の顔を少し見てから、深くため息をつく。
「少しだけなら」
そう言って家の中へと通してくれた。
明らかに迷惑そうな顔に、あぁ、やっぱりなと思う。
ジェイドさんの言葉に、どこかで期待していた気持ちが、静かにしぼんでいく。
でも、これでいい。
これで、ちゃんと区切りをつけられる。
私はポケットの中の指輪を、ぎゅっと握りしめた。
これを――ちゃんと返さないと。
「ごめんなさい、疲れてるよね。私、これを」
そう言って、ポケットから手を取り出す。
「あのね、これ……返しそびれていたから」
握りしめていた手を、少しだけ躊躇してから開く。
指輪を、バルスへと見せる。
バルスは驚いた表情を浮かべて、私と指輪を交互に見てから、
「それは、ミドリにあげたものだ。いらないなら捨てればいい」
と続けた。
捨てる?
……一瞬、意味が分からなかった。
その言葉が、思った以上に胸に刺さる。
確かに返されても困るかもしれない。
でも――私に、それを捨てられるわけがないのに。
「捨てるなんて……私……っ」
涙が次から次へとあふれてくる。
それでも泣き顔を見られたくなくて、手で顔を覆う。
「ご、ごめ……でも……もらえた時、嬉しくって」
「……好きなの」
「……大好きなの……」
――結局。
そのまま、しゃがみ込んで大泣きしてしまう。
私、何やってるんだろう。
……ほんとに。
バルスが何も言葉を発しないことが、私への返事だと思った。
しばらくして、ハンカチで涙をぬぐい、立ち上がる。
惨めで、恥ずかしくて、それでも。
「ごめんなさい。遅くに……おやすみなさい」
一気に言い切って、ドアへと手を伸ばす。
「……オレは……ミドリのそばには相応しくない……」
その言葉に、ドアノブにかけた手が止まる。
胸に、深く突き刺さる。
……また、振られた。
私が悪い。
振られているのに、好きだなんて。
これ以上惨めな自分を見せないように、深呼吸する。
「あの、もう大丈夫です。本当は分かっていたのに、ごめんなさい。困らせて。明日からはちゃんと、ただの友人に戻るから……今日のことは忘れ――」
そのとき。
気づいたときには、後ろから腕に囲われていた。
「……それでも、オレは――ミドリが欲しい」
「……え?」
頭が、ついていかない。
「オレは騎士だ……何かあれば……いつか、ミドリをまた悲しませるかもしれない」
囲っていた腕が、離れようとする。
私はとっさに、その腕を掴んだ。
「それでも、私は……傍にいて……たくさん抱きしめてほしいです」
言った瞬間、自分で自分にダメージを受ける。
抱きしめてほしいって――
ない。ないから。
「い、今のは……忘れ――」
言い終わる前に、身体が持ち上がった。
久しぶりに、バルスの腕の中に抱き上げられる。
そのままソファへと引き寄せられて、また腕の中に囲われる。
額と頬に、そっとキスが落ちた。
ドキドキしすぎて、頭の中が真っ白になる。
それでも――幸せだった。
「……すまない」
少しして、申し訳なさそうに視線を向けられる。
私は彼の胸に顔を埋めて、こぼれそうになる涙を堪える。
それでも顔を上げて、
「もう大丈夫だから……困らせてごめんなさい」
と、精一杯の笑みを浮かべる。
「違う、ミドリ。オレは……」
バルスはため息をついてから、
「オレが怖くはないのか?」
と、以前と同じ問いを口にする。
言いたいことは分かる。
でも、私の想いは揺らがない。
「私は……貴方が好きで、だから傍にいたいと思って。それじゃあ、だめですか?」
「オレは……またお前を手に入れれば、今度こそどんなに嫌がっても、もう二度と離せなくなる」
強く抱きしめられる。
私はその腕にしがみついた。
「じゃあ……傍にいてください。ずっと、ずっと……」
顔を見上げると、そのまま軽く唇が触れる。
彼は小さく苦笑して、
「もう、泣くな」
と、涙をぬぐう。
「だって……」
自分でも分かるくらい、ひどい顔になっている。
そのまま、また彼の胸に顔を埋める。
……もういいや。
どう思われても。
泣かせたのは、バルスなんだから。
しばらくして、
「オレの伴侶になってくれるか?」
と聞かれる。
コクコクと頷くと、額に唇が触れて、腕の中に強く抱き込まれる。
もっと体温を感じたくて、安心したくて、バルスの胸に頬をすり寄せる。
時折、髪を撫でる手があたたかくて、心地いい。
だめだ、泣きすぎたせいで、眠くなってきた。
でも、寝たくない。
もう少し、この時間に触れていたい。
そう思って少し顔を離すと、小さく欠伸が出る。
バルスはふっと笑って、
「眠いなら、寝ていいぞ」
と、私の頭を胸にもたれかけさせる。
ぼんやりとした意識の中で、ただ甘えたくなって、
「……ずっと……そばに……いて……」
――そこで、意識が途切れた。
もう、離れなくていい。
夕食亭の仕事が終わったあと、私はバルスの家の前に立っていた。
――もう、終わりにしないと……そう思っていた。
「こんな時間にどうした?」
「その、少し、話していいですか」
バルスは私の顔を少し見てから、深くため息をつく。
「少しだけなら」
そう言って家の中へと通してくれた。
明らかに迷惑そうな顔に、あぁ、やっぱりなと思う。
ジェイドさんの言葉に、どこかで期待していた気持ちが、静かにしぼんでいく。
でも、これでいい。
これで、ちゃんと区切りをつけられる。
私はポケットの中の指輪を、ぎゅっと握りしめた。
これを――ちゃんと返さないと。
「ごめんなさい、疲れてるよね。私、これを」
そう言って、ポケットから手を取り出す。
「あのね、これ……返しそびれていたから」
握りしめていた手を、少しだけ躊躇してから開く。
指輪を、バルスへと見せる。
バルスは驚いた表情を浮かべて、私と指輪を交互に見てから、
「それは、ミドリにあげたものだ。いらないなら捨てればいい」
と続けた。
捨てる?
……一瞬、意味が分からなかった。
その言葉が、思った以上に胸に刺さる。
確かに返されても困るかもしれない。
でも――私に、それを捨てられるわけがないのに。
「捨てるなんて……私……っ」
涙が次から次へとあふれてくる。
それでも泣き顔を見られたくなくて、手で顔を覆う。
「ご、ごめ……でも……もらえた時、嬉しくって」
「……好きなの」
「……大好きなの……」
――結局。
そのまま、しゃがみ込んで大泣きしてしまう。
私、何やってるんだろう。
……ほんとに。
バルスが何も言葉を発しないことが、私への返事だと思った。
しばらくして、ハンカチで涙をぬぐい、立ち上がる。
惨めで、恥ずかしくて、それでも。
「ごめんなさい。遅くに……おやすみなさい」
一気に言い切って、ドアへと手を伸ばす。
「……オレは……ミドリのそばには相応しくない……」
その言葉に、ドアノブにかけた手が止まる。
胸に、深く突き刺さる。
……また、振られた。
私が悪い。
振られているのに、好きだなんて。
これ以上惨めな自分を見せないように、深呼吸する。
「あの、もう大丈夫です。本当は分かっていたのに、ごめんなさい。困らせて。明日からはちゃんと、ただの友人に戻るから……今日のことは忘れ――」
そのとき。
気づいたときには、後ろから腕に囲われていた。
「……それでも、オレは――ミドリが欲しい」
「……え?」
頭が、ついていかない。
「オレは騎士だ……何かあれば……いつか、ミドリをまた悲しませるかもしれない」
囲っていた腕が、離れようとする。
私はとっさに、その腕を掴んだ。
「それでも、私は……傍にいて……たくさん抱きしめてほしいです」
言った瞬間、自分で自分にダメージを受ける。
抱きしめてほしいって――
ない。ないから。
「い、今のは……忘れ――」
言い終わる前に、身体が持ち上がった。
久しぶりに、バルスの腕の中に抱き上げられる。
そのままソファへと引き寄せられて、また腕の中に囲われる。
額と頬に、そっとキスが落ちた。
ドキドキしすぎて、頭の中が真っ白になる。
それでも――幸せだった。
「……すまない」
少しして、申し訳なさそうに視線を向けられる。
私は彼の胸に顔を埋めて、こぼれそうになる涙を堪える。
それでも顔を上げて、
「もう大丈夫だから……困らせてごめんなさい」
と、精一杯の笑みを浮かべる。
「違う、ミドリ。オレは……」
バルスはため息をついてから、
「オレが怖くはないのか?」
と、以前と同じ問いを口にする。
言いたいことは分かる。
でも、私の想いは揺らがない。
「私は……貴方が好きで、だから傍にいたいと思って。それじゃあ、だめですか?」
「オレは……またお前を手に入れれば、今度こそどんなに嫌がっても、もう二度と離せなくなる」
強く抱きしめられる。
私はその腕にしがみついた。
「じゃあ……傍にいてください。ずっと、ずっと……」
顔を見上げると、そのまま軽く唇が触れる。
彼は小さく苦笑して、
「もう、泣くな」
と、涙をぬぐう。
「だって……」
自分でも分かるくらい、ひどい顔になっている。
そのまま、また彼の胸に顔を埋める。
……もういいや。
どう思われても。
泣かせたのは、バルスなんだから。
しばらくして、
「オレの伴侶になってくれるか?」
と聞かれる。
コクコクと頷くと、額に唇が触れて、腕の中に強く抱き込まれる。
もっと体温を感じたくて、安心したくて、バルスの胸に頬をすり寄せる。
時折、髪を撫でる手があたたかくて、心地いい。
だめだ、泣きすぎたせいで、眠くなってきた。
でも、寝たくない。
もう少し、この時間に触れていたい。
そう思って少し顔を離すと、小さく欠伸が出る。
バルスはふっと笑って、
「眠いなら、寝ていいぞ」
と、私の頭を胸にもたれかけさせる。
ぼんやりとした意識の中で、ただ甘えたくなって、
「……ずっと……そばに……いて……」
――そこで、意識が途切れた。
もう、離れなくていい。



