「バルス、どうだ?」
ジェイルは、包帯だらけのバルスへ声をかけた。
バルスは不機嫌そうに顔をしかめる。
「どうもこうも、ない」
そう言いながら起き上がろうとして、すぐに苦痛に顔を歪めた。
「お前さぁ、やせ我慢はやめろって。寝てろ」
そう言うジェイルも、バルスほどではないが、決して軽くはない怪我を負っている。
「ったく……少し前まで生死を彷徨ってたんだぞ。それと、見舞いが来てる」
その言葉に、バルスの表情がわかりやすく変わった。
ジェイルはその様子を面白そうに眺める。
「お前が誰を期待したのか知らないけど、アンナさんだ」
くくっと笑う。
バルスの顔には、落胆と怒りがはっきりと浮かんだ。
ジェイルはその視線から逃げるように手をひらひらと振る。
「じゃあな。もう少し傷が癒えるまでは大人しくしてろよ。明後日には王都に戻れるんだから」
そう言って、部屋を後にした。
現在、バルスたちがいるのは、ローレンツ国から死守した東の砦だった。
長期化するかと思われた戦争は、4か月で終結した。
元凶であった国王が、内部のクーデターによって失脚したためだ。
現在は、新国王との和平交渉が進められている。
戦争が終わって2週間。
半分以上の騎士と、動ける負傷者はすでにそれぞれの持ち場へ戻っている。
砦に残っているのは、バルスのような重傷者だけだった。
第10師団は、死亡者も重傷者も他の隊より多く、軽傷者に至っては、ほぼ全員が何らかの傷を負っていた。
扉がノックされる。
入ってきたアンナは、バルスの姿を見るなり、ほっとしたように息をついた。
「わざわざ、ここまで悪いな、姉貴。心配かけた」
バルスがそう言うと、アンナは呆れたように肩をすくめる。
「まったく、本当よ」
そう言ってから、ふっと表情を緩めた。
「でも、本当に無事で良かったわ」
少しだけ声を落として続ける。
「2週間だけだけど、看病で王都に滞在する予定よ」
「家族は大丈夫なのか? 俺はもう少し動けるまでは王都の療養所にでも入るつもりだったから」
「だめよ」
ぴしゃりと言い切る。
「たまには面倒ぐらい見させなさい。家のことはお義母さんに頼んできたし、ギルも子どもたちも“行ってこい”って言ってくれたの」
有無を言わせない口調だった。
バルスは苦笑しながら、観念する。
昔から、アンナには頭が上がらない。
10歳も年上の姉は、幼い頃からずっとそんな存在だった。
年に一度、両親の墓参りで村へ帰るときには、必ず顔を出していた。
「それに――」
アンナが少し楽しそうに笑う。
「バルスの伴侶になってくれる女性に会えるのを楽しみにしていたのよ。私の義妹になるんだもの」
その言葉に、バルスの表情が曇る。
「……悪いけど、その話はもうなくなった」
アンナは一瞬だけ驚いた顔を見せたが、それ以上は何も聞かなかった。
「……そう」
それだけを静かに返す。
戦争の前。
珍しく、仕事のついでだと言って弟が村に立ち寄ったことがあった。
そのとき、照れくさそうに見せられた一枚の写真。
そこに写っていたのは、弟よりも一回りほど小柄な人族の女性だった。
黒髪に黒い瞳。
この国では珍しい顔立ちで、柔らかな雰囲気を持っていた。
彼女の話をする弟は、どこか甘く、普段とはまるで違って見えた。
婚姻式の招待状も届いていた。
だが、戦争で延期になり――そして、なくなった。
理由は、聞かなくても分かる気がした。
昔から責任感の強い弟だ。
戦場に立つ以上、自分が命を落とす可能性を考えたのだろう。
だから、自分から手放した。
おそらく、それが答えだ。
アンナは小さく息をつく。
(……もう、伴侶を望まないつもりなのかもしれないわね)
そう思いながらも、その考えは口には出さない。
――けれど。
あのときの表情からは、彼女を手放せるとは、どうしても思えなかった。
ジェイルは、包帯だらけのバルスへ声をかけた。
バルスは不機嫌そうに顔をしかめる。
「どうもこうも、ない」
そう言いながら起き上がろうとして、すぐに苦痛に顔を歪めた。
「お前さぁ、やせ我慢はやめろって。寝てろ」
そう言うジェイルも、バルスほどではないが、決して軽くはない怪我を負っている。
「ったく……少し前まで生死を彷徨ってたんだぞ。それと、見舞いが来てる」
その言葉に、バルスの表情がわかりやすく変わった。
ジェイルはその様子を面白そうに眺める。
「お前が誰を期待したのか知らないけど、アンナさんだ」
くくっと笑う。
バルスの顔には、落胆と怒りがはっきりと浮かんだ。
ジェイルはその視線から逃げるように手をひらひらと振る。
「じゃあな。もう少し傷が癒えるまでは大人しくしてろよ。明後日には王都に戻れるんだから」
そう言って、部屋を後にした。
現在、バルスたちがいるのは、ローレンツ国から死守した東の砦だった。
長期化するかと思われた戦争は、4か月で終結した。
元凶であった国王が、内部のクーデターによって失脚したためだ。
現在は、新国王との和平交渉が進められている。
戦争が終わって2週間。
半分以上の騎士と、動ける負傷者はすでにそれぞれの持ち場へ戻っている。
砦に残っているのは、バルスのような重傷者だけだった。
第10師団は、死亡者も重傷者も他の隊より多く、軽傷者に至っては、ほぼ全員が何らかの傷を負っていた。
扉がノックされる。
入ってきたアンナは、バルスの姿を見るなり、ほっとしたように息をついた。
「わざわざ、ここまで悪いな、姉貴。心配かけた」
バルスがそう言うと、アンナは呆れたように肩をすくめる。
「まったく、本当よ」
そう言ってから、ふっと表情を緩めた。
「でも、本当に無事で良かったわ」
少しだけ声を落として続ける。
「2週間だけだけど、看病で王都に滞在する予定よ」
「家族は大丈夫なのか? 俺はもう少し動けるまでは王都の療養所にでも入るつもりだったから」
「だめよ」
ぴしゃりと言い切る。
「たまには面倒ぐらい見させなさい。家のことはお義母さんに頼んできたし、ギルも子どもたちも“行ってこい”って言ってくれたの」
有無を言わせない口調だった。
バルスは苦笑しながら、観念する。
昔から、アンナには頭が上がらない。
10歳も年上の姉は、幼い頃からずっとそんな存在だった。
年に一度、両親の墓参りで村へ帰るときには、必ず顔を出していた。
「それに――」
アンナが少し楽しそうに笑う。
「バルスの伴侶になってくれる女性に会えるのを楽しみにしていたのよ。私の義妹になるんだもの」
その言葉に、バルスの表情が曇る。
「……悪いけど、その話はもうなくなった」
アンナは一瞬だけ驚いた顔を見せたが、それ以上は何も聞かなかった。
「……そう」
それだけを静かに返す。
戦争の前。
珍しく、仕事のついでだと言って弟が村に立ち寄ったことがあった。
そのとき、照れくさそうに見せられた一枚の写真。
そこに写っていたのは、弟よりも一回りほど小柄な人族の女性だった。
黒髪に黒い瞳。
この国では珍しい顔立ちで、柔らかな雰囲気を持っていた。
彼女の話をする弟は、どこか甘く、普段とはまるで違って見えた。
婚姻式の招待状も届いていた。
だが、戦争で延期になり――そして、なくなった。
理由は、聞かなくても分かる気がした。
昔から責任感の強い弟だ。
戦場に立つ以上、自分が命を落とす可能性を考えたのだろう。
だから、自分から手放した。
おそらく、それが答えだ。
アンナは小さく息をつく。
(……もう、伴侶を望まないつもりなのかもしれないわね)
そう思いながらも、その考えは口には出さない。
――けれど。
あのときの表情からは、彼女を手放せるとは、どうしても思えなかった。



