夜、寝る前になると、私はいつも通りバルスからの手紙を開いていた。
何度も読み返しているのに、今日も同じように。
読み終えるたびに、ちゃんと振られたのだと実感するのに――それでも、やめられなかった。
あの手紙には、他に好きな女性ができたから別れてほしいと書いてあった。
私には、その言葉の真実はわからない。
けれど、私と結婚する気がもうないことだけは、はっきりと伝わってきた。
紙に残る文字を、指先でなぞる。
整った、癖の少ない字。
それだけで、なぜかバルスの気配を思い出してしまう。
苦しくなるのに――それでも、少しだけ安心してしまう。
だから、また読み返してしまう。
バルスは、本当に真面目で、真摯な人だ。
生半可な気持ちで、あんなことを書ける人じゃない。
だから――
戦争で命を落として、私を悲しませないためについた嘘なのかもしれないと思った。
本当に、他に好きな人ができたのかもしれないとも思った。
あるいは、単純に、私がそういう対象ではなくなっただけなのかもしれないとも思った。
考えても、仕方がない。
振られたことに変わりはないのだから。
それでも、考えてしまう。
あの日。
気づけば私は、自分のベッドで眠っていた。
いつの間にか運ばれていたらしく、傍らにはこの手紙が置かれていた。
あれが、最後だった。
それ以来、一度も会っていない。
私は手紙をそっと閉じて、指先でなぞるようにしてから、視線を落とす。
胸元にかかるネックレス。
そこに通したままの、婚約指輪。
本当なら、もう返さなければいけないものなのに。
返す機会は、来なかった。
指輪を祈るように両手で握りしめる。
どうか、無事でいてほしい。
それだけが、今の私の願いだった。
――――――――――
食堂の片付けが終わり、少し遅い夕食も済ませたあと、ミドリは軽く伸びをして立ち上がった。
「では、そろそろ部屋に戻りますね」
できるだけ普段と変わらない調子でそう言うと、ミレーヌがこちらを見る。
「……もう寝るの?」
「はい。今日は忙しかったですし」
「そうね。今日は少し遅かったものね」
少しだけ間が空く。
「明日の食材、いいものが手に入りましたね」
沈黙を埋めるように、ミドリは明るく言った。
「本当ね。アンドレがさっき、嬉しそうに仕込みしてたわよ」
ミレーヌはそう答えながら、わずかに視線を逸らした。
それでも、何も言わない。
「では、おやすみなさい」
「……おやすみ」
ミレーヌと、居間にいたリースが声をかける。
ミドリは軽く頭を下げてから、背を向けて歩き出した。
いつも通り。
何も変わっていないように。
そのまま、振り返らずに部屋へ戻っていく。
「見ていられないわ……」
ミレーヌは、ミドリが部屋へ引き上げていくのを見届けてから、母であるリースに声をかけた。
リースも小さくため息をつき、ミドリの部屋の方へ視線を向ける。
「そうね……。バルス君のために、色々頑張っていたものね」
その言葉に、ミレーヌは苛立ちを隠さなかった。
「ほんと、勝手よ。男って。好きなら、どうして別れるなんて選択ができるのよ」
怒りの矛先は、国境近くにいるであろうバルスへ向けられている。
「気持ちはわかるけど……きっとバルスも、今ごろつらい思いをしていると思うよ」
背後から声がして、ミレーヌは振り向いた。
明日の料理の仕込みを終えたアンドレが、居間へ戻ってきていた。
「自業自得でしょ」
ミレーヌは、吐き捨てるように言い切る。
アンドレは苦笑し、それでもすぐに表情を曇らせた。
「国境付近では小競り合いが始まっている。大きな戦争になるかもしれない。バルスは、今、その最前線に立っているのだろうし」
その現実に、ミレーヌは唇を噛んだ。
「そんなこと、分かってるわ。バルスたちがこの国を守るために頑張ってくれてることも……」
そこまで言って、言葉が続かなかった。
「……でも、だったら、なおさらミドリのために……」
最後までは言えなかった。
――――――――――
あれから3か月。
国境付近では小競り合いが続き、いつ本格的な戦争が始まるのか分からない状況が続いている。
ただ、この国も隣国の同盟国と手を組み、いざとなれば十分に勝算はあるとされているためか、人々は大きく取り乱すこともなく、その推移を見守っていた。
それでも、小競り合いの中で、少しずつ戦死者は出始めている。
名簿が出るたびに、彼の名前がないことに、私は心の底から安堵した。
彼の奥さんになる夢は叶わなかった。
それでも――生きて帰ってきてくれさえすれば、それでいいと思った。
たとえ、バルスの心が私になかったとしても。
帰ってきたら、せめて一言だけでもいい。
「お帰りなさい」と、そう言えたら――それでいい。
……そう思っているはずなのに。
どうしても、願ってしまう。
――あの腕の中に、もう一度だけでも戻れたら。
何度も読み返しているのに、今日も同じように。
読み終えるたびに、ちゃんと振られたのだと実感するのに――それでも、やめられなかった。
あの手紙には、他に好きな女性ができたから別れてほしいと書いてあった。
私には、その言葉の真実はわからない。
けれど、私と結婚する気がもうないことだけは、はっきりと伝わってきた。
紙に残る文字を、指先でなぞる。
整った、癖の少ない字。
それだけで、なぜかバルスの気配を思い出してしまう。
苦しくなるのに――それでも、少しだけ安心してしまう。
だから、また読み返してしまう。
バルスは、本当に真面目で、真摯な人だ。
生半可な気持ちで、あんなことを書ける人じゃない。
だから――
戦争で命を落として、私を悲しませないためについた嘘なのかもしれないと思った。
本当に、他に好きな人ができたのかもしれないとも思った。
あるいは、単純に、私がそういう対象ではなくなっただけなのかもしれないとも思った。
考えても、仕方がない。
振られたことに変わりはないのだから。
それでも、考えてしまう。
あの日。
気づけば私は、自分のベッドで眠っていた。
いつの間にか運ばれていたらしく、傍らにはこの手紙が置かれていた。
あれが、最後だった。
それ以来、一度も会っていない。
私は手紙をそっと閉じて、指先でなぞるようにしてから、視線を落とす。
胸元にかかるネックレス。
そこに通したままの、婚約指輪。
本当なら、もう返さなければいけないものなのに。
返す機会は、来なかった。
指輪を祈るように両手で握りしめる。
どうか、無事でいてほしい。
それだけが、今の私の願いだった。
――――――――――
食堂の片付けが終わり、少し遅い夕食も済ませたあと、ミドリは軽く伸びをして立ち上がった。
「では、そろそろ部屋に戻りますね」
できるだけ普段と変わらない調子でそう言うと、ミレーヌがこちらを見る。
「……もう寝るの?」
「はい。今日は忙しかったですし」
「そうね。今日は少し遅かったものね」
少しだけ間が空く。
「明日の食材、いいものが手に入りましたね」
沈黙を埋めるように、ミドリは明るく言った。
「本当ね。アンドレがさっき、嬉しそうに仕込みしてたわよ」
ミレーヌはそう答えながら、わずかに視線を逸らした。
それでも、何も言わない。
「では、おやすみなさい」
「……おやすみ」
ミレーヌと、居間にいたリースが声をかける。
ミドリは軽く頭を下げてから、背を向けて歩き出した。
いつも通り。
何も変わっていないように。
そのまま、振り返らずに部屋へ戻っていく。
「見ていられないわ……」
ミレーヌは、ミドリが部屋へ引き上げていくのを見届けてから、母であるリースに声をかけた。
リースも小さくため息をつき、ミドリの部屋の方へ視線を向ける。
「そうね……。バルス君のために、色々頑張っていたものね」
その言葉に、ミレーヌは苛立ちを隠さなかった。
「ほんと、勝手よ。男って。好きなら、どうして別れるなんて選択ができるのよ」
怒りの矛先は、国境近くにいるであろうバルスへ向けられている。
「気持ちはわかるけど……きっとバルスも、今ごろつらい思いをしていると思うよ」
背後から声がして、ミレーヌは振り向いた。
明日の料理の仕込みを終えたアンドレが、居間へ戻ってきていた。
「自業自得でしょ」
ミレーヌは、吐き捨てるように言い切る。
アンドレは苦笑し、それでもすぐに表情を曇らせた。
「国境付近では小競り合いが始まっている。大きな戦争になるかもしれない。バルスは、今、その最前線に立っているのだろうし」
その現実に、ミレーヌは唇を噛んだ。
「そんなこと、分かってるわ。バルスたちがこの国を守るために頑張ってくれてることも……」
そこまで言って、言葉が続かなかった。
「……でも、だったら、なおさらミドリのために……」
最後までは言えなかった。
――――――――――
あれから3か月。
国境付近では小競り合いが続き、いつ本格的な戦争が始まるのか分からない状況が続いている。
ただ、この国も隣国の同盟国と手を組み、いざとなれば十分に勝算はあるとされているためか、人々は大きく取り乱すこともなく、その推移を見守っていた。
それでも、小競り合いの中で、少しずつ戦死者は出始めている。
名簿が出るたびに、彼の名前がないことに、私は心の底から安堵した。
彼の奥さんになる夢は叶わなかった。
それでも――生きて帰ってきてくれさえすれば、それでいいと思った。
たとえ、バルスの心が私になかったとしても。
帰ってきたら、せめて一言だけでもいい。
「お帰りなさい」と、そう言えたら――それでいい。
……そう思っているはずなのに。
どうしても、願ってしまう。
――あの腕の中に、もう一度だけでも戻れたら。



